第9話 遅いよ

直人が公園に近付くと亜沙美が見えた、亜沙美も気が付くと何故か直人に向かって走っていった。


「何なに何なに、怖い怖い怖い怖い!!」

直人は少し身を引いている。

亜沙美の目が真剣な事も怖さに拍車がかかっていた。



その後、直人は少し身を仰け反っていたが亜沙美は手前で減速し、そのまま直人に抱きついた。



「えっ?……ちょっ」

直人は戸惑っている。


「遅い!」

亜沙美はそのまま顔を上に向け、怒っているようにそれでいて嬉しいかのように直人を叱責した。


「あっ、すみません…」

その表情を上手く読み取れない直人はそう言うしかなかった。


「遅い遅い遅い遅い遅い!!!」

「だからすみませんって…」

容赦無く続く亜沙美の言葉を直人は流すしかなかった。

しかし、その見上げる表情が直人にとっては魅力的すぎて目線をずらした。



亜沙美は更に強く抱きしめ

「会いたかった……」

その言葉に直人は亜沙美も同じよう気持ちだったんだとわかった。


「……はい」

直人も亜沙美を抱きしめた。


そして

「竹下さん、好きです」

直人は想いを告げた。



「えっ?」

「えっ?」

亜沙美がきょとんとした顔をしたので、直人は不安になり、同じ言葉を繰り返した。



「えっ?何で言っちゃうの?」

「えっ?……えっ?」

直人は戸惑った。


「私が言おうとしてたのにー」

亜沙美はわかりやすく顔がむくれた。


「あっ、すみません…」

「はい、やり直しね!」

亜沙美は公園の方に歩いていった。


「ええ!?そこから!?」

その後ろ姿に直人は思わず言ってしまった。



亜沙美は途中で振り返り

「よーい、ハイ!」

と手を叩くと同時に走り出し、同じように直人に抱き付いた。



「遅い!」

「えっ?本当にそこから?」


亜沙美は直人の両腕を掴み直してから体を離し

「ダメ?」

首を傾げた。


「ダメです」

「ケチ…」

亜沙美はむくれた。


その姿がとても愛しく直人は思わず笑ってしまった、亜沙美もつられて笑い、二人で大笑いした。




「ご飯食べた?」

「食べてないです」

「じゃあ食べに行こ、私もうお腹空いちゃって」

「はい、行きましょう」

直人は右肘を曲げ亜沙美を見た、そのまま二人は腕を組みながら近くのファミレスに歩いていった。





食事をしながら二人は亜沙美の実家に行く時の事を話していた。



「帰ろうとしてるのは明後日の大晦日から二日までなんだけど、とりあえず大晦日に一緒に行って挨拶してそのまま藤堂くんは帰るって考えてたんだけど…。さすがにいきなりうちの実家に泊まるのはハードル高いでしょ?」

亜沙美はスマホに登録しているスケジュールを確認しながら話した。


「そう、ですね。いきなりはちょっと…」

「うん、だから三日にはこっち帰ってくるから、そしたらまた会お?」


「はい!ところで竹下さんの実家ってどこなんですか?」

「ん?板橋区」

「近い!予想以上に近かったです」

「もっと遠いと思ってた?まぁ会おうと思ったら会えるね」



二人とも料理を食べ終わり食後のコーヒーを飲んでいた。

「…あの、一つ良いですか?」

「ん?なに?」

「お互いの呼び方変えませんか?」

「おっ、そこ行っちゃう?」

亜沙美はにやけた。


「…は、はい」

「じゃあ、何て呼んで欲しいのかな?」

亜沙美は少し身を乗り出し直人の顔をじっと見た。


直人は一瞬照れたが何かを察知した。

「逆に何て呼びたいですか?」


「そうきたか…ちっ」

亜沙美の座り位置が元に戻った。

「えっ?舌打ち?」


「アハハ、ちょっとここで主導権握ろうとしたのに」

「やっぱり…そうはいきませんよ。僕がどれだけ竹下さんの事をわかってるか」

亜沙美は少し驚いた顔をしたあと、すぐににやけた。

「エヘヘー、じゃあ私が何て呼びたいか当ててみて」


「またそんな、えーとじゃあシンプルに直人」

「ブー」

「ナオ」

「ブー」

「ナオちゃん」

「ブー」

直人の答えは全てハズレとされた。


「いやもうわからないです。答えは何ですか?」

「藤堂」

「名字で!?」

「アハハ、うそうそ。ナオって呼ぶ、いい?」

「はい」


「ナオ」

「はい」

「ナオ」

「はい」

「ナオ」

「いや、呼びすぎですって」

「フフー、嬉しくって。じゃあナオは私のこと何て呼ぶ?」

「じゃあ当ててください」


亜沙美は少し上を向いたあと

「んー、先輩?」

「ブー」

「亜沙美様?」

「…ブー」

「女王様?」

「当てる気ゼロじゃないですか」


「女王様は惜しかったでしょ?」

「一番遠いですよ!」

「じゃあ、何て呼びたいのかな?」

「あ…亜沙美」

「へぇー、亜沙美って呼びたいんだー」


ニヤニヤしながらまた身を乗り出した。

「は、はい…」

「呼んでみて」

「あ、亜沙美」

「ん?」

「亜沙美」

「んー?」

亜沙美は徐々に直人に近づいていった。


「亜沙美」

「んーー?」

「いやもういいですって!」

「ハハハハハ」

亜沙美は笑いながら座り直した。


「はい、じゃあ私からも提案」

「はい、何ですか?」

「ナオは敬語禁止」

「あっ、はい」


「はい!ダメー、今のは見逃すけど次からは私に敬語使ったらビンタね」

「罰が強くないですか!?あっ!」

直人は口に手を当てた。


亜沙美は笑顔で右手を振り上げる。

「えっ?」

「うそだよ、うそ。でも今から敬語やめてくれたら嬉しいな」


「は…う、うん、わかった」

「うん、その調子」

「でも会社では敬語使うからビンタはしないでね」


「そう…ね、フフッ、じゃないとナオの顔の左側だけフッ、腫れちゃうもんね。ハハハ」

「笑いながら言わないでよ、しかも全部利き腕前提だし」

「ちょっと想像したら面白くなっちゃって」

亜沙美はクックックと体を震わせている。



亜沙美は時計を見た。

「それじゃそろそろ行こっか」

「うん、そうだね」


直人が会計を済まし、店を出た。

「ごちそうさま、ありがと」

「どういたしまして」


外は風が強くなっており、ずっと暖かい所にいた二人は尚更寒く感じた。

「ナオ、手繋ぎたい」

「ん?はい」

直人は右手を出して手を繋ぎ、亜沙美はそのまま直人のコートのポケットに手を入れた。


二人は顔を見合せてから笑顔になり、そのまま街を歩いていった。

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