第10話 予期せぬ挨拶

十二月三十日


直人と亜沙美はイタリアンレストランにランチを食べに来ていた。


食事をしているときに直人は亜沙美に気になったことを聞いてみた。


「明日の準備は大丈夫なの?」

「っ!…!!」

亜沙美は口いっぱいにパスタを頬張っていたため、話しかけられたことで吹き出しそうになってしまった。


「あっ、ごめん…」

直人は謝りつつも笑っていた。



亜沙美は直人を睨みながら話せるところまで咀嚼した。

「もー。…準備?あぁ、旅行に行くわけじゃないし、服とかはまだ実家にいくらかあるから持っていくのはいつものカバンだけかな」

テーブルにある紙ナプキンで口を拭きながら答える。


直人はその姿をハハッと笑顔を作りながら見た後

「そうなんだ。…ところでこの後お土産を買いに行きたいんだけど何がいいとかある?」

亜沙美の実家に行く準備を進めたかった。



「…お土産?」

「挨拶に行くわけだから」


「あっ、そうか。うーん」

亜沙美は考えたが特に何がいいとかは思いつかなかった。


「好きなお菓子とかそういうのは?」

「あっ、ゼリー!お母さんもお父さんも果物が入ったゼリーが好き」

「じゃあ、それ買いに行こう」


「うん!デパート行けばあるよね、きっと。……ねぇ、ナオ」

亜沙美は何かを企んでいる。


「ん?」


「私、ナオがいっぱい食べてるところみたいなぁ」

「そんなわかりやすい罠ある!?」

「やっぱり?」

「食べるけど」

直人は口いっぱいにパスタを頬張った。


「ねぇ、ナオ!」


直人は冷静にパスタを飲み込み

「なに?」

「…つまんない」

亜沙美はむくれた。


「そりゃそうでしょ、知ってるんだから」

「だよねぇ」

二へッと笑った亜沙美は食事を再開した。




店を出た二人は少し歩いたところにあるデパートに向かう。


その途中で亜沙美のスマホが鳴った。

「あっ、電話、ちょっといい?」

「ん?うん」


亜沙美は繋いでいた手を離し、スマホをバッグから取り出した。

「お母さんからだ。もしもし?……えっ?お父さんが!?うん、うん。わかった!」

電話を切った亜沙美は慌てた様子を見せていた。


「ど、どうしたの?」

「お、お父さんが病院に運ばれたって!」

「え!?…何か大きな病気で?」

亜沙美の顔が不安でいっぱいになるところを見た直人はもしかしたらという思いで聞き返した。



「わからない、そこまでは聞けなかったし、お母さんも慌ててる感じだったから。とりあえず来れるなら来なさいって」


「うん!すぐに行こう!!」

直人は駅の方を指さした。


「えっ?いいの?一緒に来てくれるの?」

「当たり前だよ、僕も行かないと」

「ありがとう!じゃあ一緒に来て」

二人は駅まで走り、亜沙美が母親から聞いた病院へ急いだ。



電車の中で亜沙美は不安な顔をしていた、状況がわからないという事が大きかった為だ。


その様子を見た直人は大丈夫と言おうとしたが根拠も無い上、軽々しく言うものではないと思い、何も言わずに亜沙美の手を握り目を合わせて頷いた。



駅に着いた二人はそばに止まっているタクシーに乗り込んだ。



タクシーを降り、病院の入り口に近付いたときに横から亜沙美を呼ぶ声が聞こえた。

「亜沙美!」


その声に亜沙美は振り向き

「…お母さん!」

亜沙美は駆け寄ると焦る様子で

「お父さん!お父さんは!?」

「あぁ、大丈夫大丈夫。悪いねぇ呼んじゃって、私も焦っちゃって」

亜沙美とは対照的に母親は落ち着いていた。



「えっ?どういうこと?」

「階段を踏み外して手首骨折ですって、全く昼間から酔っぱらって、その帰りに店の階段から落ちるなんて」


父親は連休にかこつけて昼間から近所の人達と馴染みの店で飲んでいた、ただそこの店は建物の二階にあり、酔っていたことも災いし帰る時に踏み外してしまった。


その結果、右手首骨折。本来救急車で運ばれていたら救急隊員から連絡が入るが飲み仲間が直接病院に連れていった為、連絡も説明不足で母親も焦って亜沙美に連絡してしまった。



「えっ?じゃあ大丈夫なの?」

「まぁ大丈夫ではないけど、焦って連絡する事もなかったかなぁ、なんて」

「もう!すごく心配したんだからね!」

亜沙美は額に手をあててから、真っ直ぐと母親を見て少し強い口調になった。



その時、母親が亜沙美の後方にいる男性に気が付いた。

「そちらの方は?」


亜沙美は直人の方を見たあとに再度母親に視線を合わせ

「お付き合いしてる藤堂直人さん、明日一緒に来る予定だったからお土産とか買いに行こうとしてたんだよ」


母親は口に手をあて、驚いている。

「おやまぁ、えっ?本当にいたの?私はてっきり強がりでウソついてるのかと……」


そんな母親に直人が近づき

「初めまして、藤堂直人と申します。亜沙美さんとお付き合いをさせていただいております」

と挨拶をした。


「あらあら、まぁご丁寧に。母の祐子です」

直人は自分で驚いていた。明日の事を考えて色々と緊張しており上手く挨拶出来るか心配していたが、今までのドタバタで緊張がどこかにいっていたため自然と挨拶が出来た。


「先程、亜沙美さんにご連絡があった時に一緒にいたもので自分も行かなくてはと思いまして、突然で申し訳ありませんがお伺いいたしました」

「いえいえこちらこそ急にお出でいただく事になってしまって」

直人と祐子がお互いにお辞儀をした。



「今、お父さんは?」

「寝てる、酔ってたからね。手術が必要みたいだけど4日の入院で大丈夫そうよ」


話を聞いた亜沙美は

「じゃあ今回の挨拶は見送ろっか?今の状態で話しても、ね。お父さんも今の状態で来られても嫌でしょ」

「多分ね、お父さんの中で娘の彼氏に会うときの事とか想像してただろうから」


祐子はクスクス笑いながら。

「ほら、ドラマみたいな事言いたいとかあるでしょ」


「お前に娘はやらん!みたいな?」

亜沙美もクスクス笑いだした。


「まっ、そういうことだからお父さんが万全の時にでもまたいらしてちょうだい。直人さんわざわざ来ていただける予定がこんなことになってしまってすみませんでした」

祐子は改めて直人に頭を下げた。


「いえいえ僕は全然大丈夫なので」

直人は手を横に振り、小さく頭を数回下げた。



「あー、でも私は正月来ようかな。お雑煮とか食べたいし。ナオはいつも正月何してるの?」

「元旦だけ朝から帰ってその日の夜には家に帰ってるよ」


「あっ、そういえば実家どこ?」

「ん?北区」


それを聞いた亜沙美は吹き出して笑った。

「ハハハ!近いじゃん、じゃあじゃあ元旦の夜にうち来て泊まりなよ。お母さんいいでしょ?」

「ちょっとそんな勝手に決めるんじゃありません。ほら、直人さん困った顔してるじゃない」


「あぁ!いえいえ僕がというよりも急にお邪魔して泊めていただくのも何か悪いですし」


「んー、じゃあ二日に来るっていうのは?」

「僕は大丈夫だけど…」

「あら、うちも大丈夫よ?」

「じゃあ、決まりね!じゃあ私は一旦お父さんの様子見てくるよ」

亜沙美はそのまま病院内へ入っていった。



その姿を見送ると裕子は直人に話し始めた。

「…大変でしょう、あの子と付き合うのは。振り回されていませんか?」

「いえいえ!そんなことはないですよ」


「どうかあの子の事、よろしくお願いします」

祐子は頭を下げた。


「こちらこそよろしくお願いします」

直人も頭を下げた。




帰り道

「あぁーもう、骨折とかびっくりしたよ」

「でも骨折でもリハビリとか色々と大変でしょ、しばらくは動かすのも大変だろうし」

「うん、そうなんだけどね」


紫がかった夕焼けを見ながら電車に揺られていると直人の肩に亜沙美が寄っ掛かりそのまま寝てしまっていた。

直人はなるべく身動きを取らないように体を緊張させた。


降りる駅が近付いたときに亜沙美を起こした。


「あっ、ごめん寝ちゃってた」

亜沙美のその顔を直人はとても愛しく思い、毎日毎朝見れたらどれだけ幸せか。より一層亜沙美の事を大切に想うようになった。


「ん?大丈夫だよ」

直人は少し笑いかけ亜沙美の手を握り電車を降りた。

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