第7話 好きな人が幸せならそれでいい
先程のさとみの姿を見て亜沙美は自己嫌悪に陥っていた。
自分が考えた事に巻き込んで、傷付けてしまった。
こんな事で自分が直人を好きでいていいものなのか、やはり初めから素直に言っておけば彼女も傷付かずに済んだのでは無いか。
亜沙美は自分の行動の愚かさ、そして事の重大さに気付き、押し潰されそうになった。
そんな姿を由香が見ていた。
「竹下さん、ちょっと良いですか?」
「あなたは…」
「第三営業部経理の鈴木由香です」
鈴木由香 二十六歳
直人、さとみと同じ大学出身でさとみとは親友。
学生の頃からさとみの想いを知っていて応援している。
「鈴木さん、何故ここに?」
「すみません、先程まで保坂と一緒だったんです。それで竹下さんに会いに会社に行くと言い出したので心配になって見に来たんです」
「そう、だったの……」
亜沙美は下を向く。
「その様子だともうわかってるみたいですね」
「えっ、ええ…鈴木さんはどこまで知っているの?」
「いえ、私は何も知らないんです、急に竹下さんに会いに行くというのもわかりませんでした。でも先程の様子で何かあったんだろうなというのはわかりました。……教えていただけますよね?」
由香の問いかけに亜沙美は何も言わずに頷き、入り口にいる警備に挨拶し、社内の誰もいないロビーのソファーに向かった。
「…ここでいいわね」
二人はソファーに座ると亜沙美は今までの事を全て話した。
そしてそのせいでさとみを傷付けてしまったと後悔している事も話した。
由香は少しイラついていた。
「竹下さん、ここは上司と部下ではなく女同士として話をしてもいいですか?」
由香は前のめりになる。
「えっ、ええ、もちろん」
由香の気迫に圧されるように亜沙美は由香の提案を許可した。
由香は姿勢を直し、深呼吸したあと
「思い上がらないでください!さとみがフラれたのは藤堂さんがあなたを好きだから!あなたの計画や考えは全く関係無い!さとみを侮らないでいただきたい!!」
亜沙美は驚いた、今までの由香とは全く違う印象と言葉の強さ。そして何より直人が自分を好きだという言葉は脳内を貫通した。
「藤堂くんが…、私を?」
亜沙美は信じられなかった、その言葉に驚いていた。
「それ以外考えられないでしょう。わざわざ偽物のカップルになって周りにバレたらどうするんですか?藤堂さんが竹下さんに何の感情も無かったらそんなリスク背負いませんよ」
由香は大きな手振りをしながら亜沙美に伝える。
「で、でも彼は恩があるからって…」
亜沙美は戸惑いしかなかった。
「恩だけでそこまでは出来ません。本当に気付いていないんですか?」
「そ、そんな、じゃあ私が考えた事って」
亜沙美はまた下を向き、額に手をあてた。
「はっきり言って無駄です。確かに自信が無くて不安でそういうことを考える気持ちはわかります。今の関係が壊れるかもしれないと考えると素直になるのも怖いでしょう。でも今までの藤堂さんの行動を思い返しても自分に好意が無いと言い切れますか?恩だけで藤堂さんがあなたに付き合っていたと」
亜沙美は今までの事を思い返した。確かに由香が言っている通りだった。
直人はいつもそばにいて、いつも助けてくれて、いつも自分をわかってくれていた。
亜沙美は上を向き、腕で目を隠した。
その口元は少し歪みを見せた。
「それじゃ尚更、保坂さんに悪いことを……」
今すぐにでも泣きそうな表情を亜沙美は見せた。
「……本当にさとみに悪いと思ってるならすぐにでもお互い素直になって一秒でも早く幸せになってください、そしてさとみが見せた女の意地を無駄にしないであげてください、その時が来ればさとみももちろん私も二人を祝福できると思います」
「……」
亜沙美は何も言えなかった。
少しの沈黙の後、由香は少し冷静になり
「すみません、色々と言い過ぎてしまいました」
「ううん。鈴木さん、ありがとう」
亜沙美は泣いていた、由香の言葉に救われた気がした。
「すぐにでも連絡するわ、直接会って想いを伝えてみる」
「はい、そうしてください」
「ありがとう」
そう言って亜沙美はオフィスへ向かった。
亜沙美が見えなくなったあと、由香はソファーに深く腰掛け背もたれにおもいっきり寄っ掛かり、天井を見上げた。
「さとみに悪いと思ってるのは私も同じなのに…。最低だな、私。自分を責めて言いたい事を竹下さんに言っちゃったかな……」
その後、目を隠すように右腕を乗せ呟いた。
「竹下さん…。竹下亜沙美さん…」
由香の目から一筋の涙が流れた。
「……本当にさとみは強いな」
由香はハハッと笑ったあと
「よし、パフェでも食べて帰るか。さとみはまだその辺にいるかな?」
勢いよく立ち上がりスマホを片手に外へ出て行った。
「叶わぬ恋の相手が幸せならそれでいいんだよな、うん」
由香は一人言に自分で納得し、さとみに電話をかけながら歩き始めた。
由香の歩く道々を朝日が明るく照らしていた
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