第6話 せめて凛々しく、その姿美しく
年末 連休初日
直人は休日出勤の為デスクに座っていた。
といってももう特にやることもなく電話対応やメールチェックのみで暇を持て余していた
フロアには各営業部に一人~二人が出勤していたが、皆も同様に暇そうにしていた。
第三営業部にはさとみともう一人、さとみの大学時代からの友人の由香が出勤していた。
「さとみ、ちょっと……」
由香が小声で話しかける。
「うん?」
「今日、藤堂さん誘っちゃえば?」
「えっ!?」
「ほら、今は一人でいるし、竹下さんもいないじゃん」
さとみは直人の方をチラッと見る。
「うん、そうだよね。行けるとき行かないと負けちゃうから!想いを伝えないと! 」
「ん?負ける?待った!告白するつもりじゃないだろうな?」
「私、行ってくる!!」
「あっ、ちょっと!今言ってもダメだって…」
由香は少し後悔した、こんなことになるなんて。
少し時間が経つとさとみは笑顔で帰って来た。
「オッケーだった」
「はっ!?」
由香は目を見開いて驚いている。
「今夜、学生の時によく行ってた店行きませんかって言ったら懐かしがって行こうって話になったよ」
由香は一瞬焦ったがすぐに理解した。
「あっ、あぁ、食事がって事ね、ビックリした。って学生の時行ってた店ってあのレストランバーみたいな店?」
「そう!あそこのハンバーグ食べたいって事と懐かしい話もいっぱいしましょうって約束してきた!」
「うん、良かったね」
由香はとりあえずこれで良いのかな?と思っていたが、なんかさとみが暴走しそうな気もする。
「何時から約束したの?」
「午後六時にキャンパスの最寄り駅で待ち合わせ」
「そう、まぁここから近いしね、歩いてもいけるし」
由香はこっそりついていこうと決めた。
昼過ぎ
「さとみ、もう私一人で充分だからもう帰っていいよ。色々準備することあるでしょ?」
「えっ?いいの?いや、悪いよ」
「いいからいいから、着替えとか色々時間かかるでしょ?」
「……うん、ありがとう。今度なんか奢るね」
「ほいよー」
由香はブランブラン手を振り、さとみを送る。
「さてと、そんじゃ私も……」
由香はパソコンのモニター電源をオフにした。
さとみはまず近くのヘアーサロンですぐに予約できるところをアプリで探し、向かった。
その後、家に帰るとクローゼットから前に可愛いと思って衝動買いした洋服と白のコートとピンクのマフラーを取り出した。
「よし!」
さとみは着替えを済まし鏡の前でメイクを入念に直し右から見た顔左から見た顔を確認して再度
「よし!」
と家を出る準備をした。
時間には少し余裕があるが早めに着いた方がいいと考え出発した。
待ち合わせ場所に到着したのが約束の20分前だったがすでにそこにはもう直人がいた。
「……あっ、藤堂さん!」
「あれ?早くない?」
さとみが直人を見つけると直人は驚いたように話した。
「藤堂さんこそ相変わらずですね、大学の頃も30分前にはいましたよね」
さとみは懐かしさと愛しさが合わさって笑顔が止まらなかった。
「あぁ、そうだったなぁ、いつも俺が一番でね」
「それはそうですよ!」
ハハハハと笑い店に向かった。
何だか学生時代に戻ったようで嬉しくて楽しくて、さとみは歩く足が何だか軽く感じた。
遠くに見える店は何も変わってなく外観はそのままだった、入り口近くまで行くととても懐かしい気持ちが込み上げて来た。
「全然変わってない」
「本当だ、あの頃のままだ、まだあのハンバーグあるかな?」
「フフフ、入りましょう」
店に入った二人は案内された席に座り、目当てのハンバーグとワインを頼んだ。
「ここ、皆でよく来てたよなぁ」
「はい、まさかあの時は藤堂さんと同じ職場、同じフロアで働く事になるとは思ってませんでしたよ」
キョロキョロと店を見回す直人にさとみは笑顔で答えた。
「それは俺もだよ、転属先にさとみがいたんだから」
さとみは大学時代から直人の事が好きだった。
結局想いを伝えられないまま直人は卒業、別の先輩からバイトしてた会社にそのまま入社したことを聞き、追いかけるように入社試験を受け、内定を貰った。
けどさすがに職場で会えることは無いだろうな、と思っていたが転属で直人が同じフロアで働く事になったときは運命を感じた。
だがさとみは学生時代から変わってはいなかった。
相変わらず何も伝えられないまま時が過ぎ、いつの間にか竹下亜沙美という女性と直人が親密になっていくのを遠くから見ているだけだった。
二人は学生時代の話、直人が卒業してからのサークルの話をし、時間が過ぎた。
そして今の仕事の話を少ししたあと、さとみは真剣な顔になった。
「藤堂さん、以前に竹下さんと聞いた話ですけど」
さとみの表情から直人も座り直し
「うん、どうしたの?」
ちゃんと話を聞く体勢にした。
「…もしかして藤堂さんは竹下さんの事が好きなんじゃないですか?恩とか言っていましたがそれ以上に竹下さんの事が…」
さとみは自分から話しておきながら言葉に詰まってしまった、感情が強く胸に溢れていた。
その表情を見た直人はさとみにはちゃんと伝えなければいけないと思った。
「……あぁ、その通りだよ。俺は竹下さんが好きだ。今は偽物だけどいつか本物になりたいと思ってるし、何よりあの人を守りたい」
「…あっ」
直人からの言葉を聞いたさとみはそれ以上何も言えなかった、何か話せば同時に涙が出てきそうでもう何も言えなかった。
しばらく沈黙が流れた。
数分後、話を始めたのはさとみだった。
「そ、それじゃそろそろ帰りましょうか。今日は色々話せて楽しかったです」
「う、うん…。俺も楽しかったよ…」
直人が会計を済ませ二人は店を出た、さとみはごちそうさまと言ったあとで
「すみません、私ちょっと寄るところがあるのでここで失礼します」
直人は何となくさとみの気持ちはわかっていた、だからこそどうしたらいいのかわからなかった。
しかし
「うん、……わかった、それじゃ」
ここでさとみと別れた方が良いのだろうということだけはわかった。
さとみはどこに向かうわけでもなく街を歩いていた。
しばらく歩いていると空から雪が降り、それに気付き立ち止まると横のビルのガラスに映った自分がそこにいることに気が付いた。
そこに映っている姿は普段自分がしない髪型、メイク、服装。
もちろん直人に見せたことのない格好だった。
「何も言ってくれなかったな……」
さとみは髪に触れ、コートに触れたあと、その手を下げた。
「竹下さんより私の方が先に好きになったのにな……。何をしていたんだろう、本当…。今さら、何で私は……、もっと……、早く………」
表情が崩れていくのを最後に視界が滲み、さとみはガラスに映った自分の姿がわからなくなった。
そしてさとみはその場で泣き崩れた。
「さとみ!!」
由香が駆けつけてきた。
さとみが暴走しないか見に来たが店から出てきてから様子がおかしいので心配して見ていた。
「由香?」
「そうだよ」
強がるような泣き声が由香には聞こえてきた。
「由香……、泣かなかったよ、私。あの人の前では泣かなかった!!」
由香がさとみの肩を抱きしめる。
「うん、頑張った!頑張ったね!!」
その直後に嗚咽と共に涙が止まらなくなった。
大事に想ってた人がいなくなった事に今までの自分を恨むように後悔するかのようにその感情は段々と大きくなり、さとみは泣き叫んだ。
「な……んで、私は……」
さとみは大きな声で泣き続けた。
街行く人は何事もなく過ぎていく中、雪は二人に降り続けた。
早朝
二人はカラオケにいた。由香が連れて一晩中一緒にいたのだった。
「今日はこれからどうするの?そうだ!どっか行こうか!」
由香はさとみの事がとても心配だった。
「ううん、もう大丈夫だよ。それに行かなきゃいけないところがあるから」
笑顔がぎこちないがその目には決意したことがあるように由香には見えた。
「行かなきゃいけないところ?」
「うん、会社……」
「会社!?何で?」
さとみの言葉に由香は耳を疑った。
「藤堂さんと仕事の話をした時に言ってたの、今日午前中だけ竹下さんが残処理で出社するんだって」
「竹下さんに何の用が?」
「……それじゃ行ってくるね」
「待ってさとみ!早まっちゃダメだからね!」
「大丈夫、そんなんじゃないから」
さとみは店を出ていった。
「……いやいやいや!!何かあったら止めなくちゃ!」
由香も距離を置いてついていくことにした。
会社の前でさとみは亜沙美を待っていた。
「ん?あれは、保坂さん…?」
亜沙美はさとみを見つけるとその腫れた両目から何かあったのだとすぐにわかった。
さとみは亜沙美を見つけるとカバンからスマホを取り出し、メッセージアプリの画面を近づいてくる亜沙美に見せた。
見るとその画面は直人とのやり取りの画面だった。
何も言わずに直人をブロック設定したさとみは一礼をして振り返り歩いていった。
その姿に亜沙美は全てを察し、聞こえるか聞こえないかの小さな声で
「ありがとう…」
と呟いた。
はっきり聞こえるように言うのは失礼だと思ったからだった。
さとみはそのまま振り返ること無く、真っ直ぐと歩いていった。
その目にはまだ涙が溢れていたが表情は少し晴れやかだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます