第3話

 新型コロナウイルスが蔓延する世界は、まさに100年に一度という危機の如く、生活の制限を余儀なくされていた。


 医療崩壊、ロックダウン、オーバーシュート……


 聴き慣れないけれど、確実に恐ろしいニュアンスを秘めた言葉たちがニュースの主役になっていく毎日は、高校3年生のアカネにとっては、不安で仕方がないものだった。


「この大会がなくなったら、俺たちは何のために走ってきたんだよ」


 夏の最後の大会が中止になるという噂が流れた時、卓也が強い感情を持ってそう言ったのを覚えている。


「大丈夫、きっと私たちは走れるって」


 マネージャーとして卓也を支えてきた私は、真っ直ぐな卓也の走りへの思いを、客観的に理解している。彼はこの舞台のために3年間やってきた。そして万全の準備をしてきた。だから大丈夫。大丈夫。ずっとそう言い聞かせてきた。


 しかし卓也は、疫病とは無関係に夏を迎えられなかった。


 そんなのおかしくないかって思う。卓也のニュースは、地元の一部で取り上げられるにとどまり、全国化しなかった。感染者数何名、事業経営難航、資金繰り……、そんな話ばかりが主役だったから、世間に誰も卓也の死を知るものはいなかった。


 結局人の死っていうのは、ストーリー性など一切含まないものなんだなって思う。


 だってただでさえ夏を迎えることが厳しい状況だったのに、どうして、卓也の命ごと、それも何も関係のない事故によって奪われなきゃいけないのか。


 アカネには理解できなかった。いや理解しようとも思わなかった。なぜならそこに論理などないと知っていたから。


 別な世界が病気であろうとなかろうと、2020年の夏が卓也に来ることはなかったんだ。


 アカネは泣いていたけれど、それは悲しさという一言で説明できる類のものではなかった。むしろこの世界に「悲しい」という表現は不似合いだと思った。


 全部起こるべくして起こっているんだ。


 数日後、陸上の大会自体の中止も決まった。


 卓也、私たちにも2020年夏は、来なかったよ。


 かける言葉はみな、どうしたって虚しく響いた。

 

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