第38話 潜入、それと困惑④

 諸事情により領主家の家名を変更しました。

 ま、まだ一回しか出てないからセーフってことで……


―――――――――


 領主は無事に帰還し、目の前では今までの悪事が暴かれようとしている。

 まあ、心当たりがあるなら慌てないほうがおかしいとは思う。


―――それに文句を言うつもりなんてサラサラないんだが、な!


―――援護は?


―――いらん、周囲の警戒!


 その言葉とともに走り出す。


 目の前には懐から短剣を取り出しながらウォルター様の暗殺を試みようとする男。……喚いていた奴だ、何者なのかは知らない(正直知りたくない)から多少手荒な制圧でも問題ないだろう。


 ギィ……ン


 右手に持った短剣で攻撃を受け流し、左手でその手を掴み捻り上げる。堪らず取り落とされた武器は遠くへ蹴り飛ばす。


「……ふっ」


「が、ぁっ!」


 そのままの勢いに足払いを掛け転ばせて、床に叩きつけるように押さえ込むと、男は再び喚き始めた。


「き、貴様! この僕が何者なのか分かっていないのか!?」


「ええ分かりませんね名乗られてませんから。まあせいぜい領主を暗殺しようとした賊でしょう」


「ふ、ふざけるな! 僕はアレックス・ロワリエ、貴族だぞ! お前のような平民風情が触れていい存在ではない!」


 よくもまあこの状況で相手を煽れるものだ、まだ俺が右手に剣を持っていることに気づいていないのだろうか。


「……などと言っていますが本当ですか?」


 兎にも角にも嘘である可能性がある以上この男を解放するわけにはいかない、とウォルター様に確認すると、


「…………ああ、間違いない。そこにいるのは私の息子、アレックス・ロワリエだ」


「これで分かっただろう平民! 早くこの手をどかせ!」


「…………コレが?」


「…………そうだ」


 嘘であって欲しかったよ。


「お、おい、無視をするな! くっ、お前ら誰でもいい、早くこの平民をどうにか


「“黙れ”、“暴れるな”」


「――っ!!」


 ガチーン!と音が聞こえそうな勢いでアレックスの口が閉じる。


 【命令】によって動けなくなったところへ親衛隊の副隊長だという男が近づいてきた。やっと来たか。


「……すまない。本来なら我々の仕事だというのに」


「いえ、即座に周囲を固めて警戒していたのはこちらも見えていました。予測し難い事態に対して出来得る限りの対処をした結果かと推察します。……あとの対応は任せても?」


「ああ、勿論だ。協力感謝する」


 ……さてと、俺の仕事はこんなもん、か?


―――じゃ、無いみたいだぜ?


―――…………は?


「さて、レオン君、引き続き護衛を頼めるかな? これから猫の手も蛇の尻尾も借りたくなるほど忙しくなりそうでね」


 にこやかに笑う領主様と渋い顔をする家宰の対比がなんとも印象的だった。


  ―*―*―*―


 執務室へ移動し、いよいよ『掃除』を始めるのかと思えば、そこにあったのは謎の紙束。

 ウォルター様がその中身を改めたかと思えば「問題ない、あとは任せるぞ」と、テオフィルにそれを渡して自分はソファに座ってしまった。

 テオフィルが出ていき、部屋にはウォルター様と親衛隊が数人、そして俺たちだけが残された。


「――さて、手持ち無沙汰になってしまったな」


「……あの紙束だけで十分なのですか?」


「貴族というものは体面と建前を大事にするものでね。準備ができていても『集められていた証拠』を元に『私が一任』したような形になっていないとわだかまりが残るのだよ。

 ……ふむ、ちょうどいいか。他に何か質問はあるかな? 迷惑をかけたお詫びと言っては何だが私に答えられる範囲なら答えよう」


「……でしたら一つ、聞きたいことが」


「何かね?」


「妙に孤児院を気にかけているように感じました、何か理由があるのでしょうか?」


 ずっと妙だと思っていた。町の中心地でもなければ、さして重要な施設というわけでもない。だというのにそこを守っていたことに礼すら言われた。それも形式的なものではなく、おそらく本心から。


「……ふむ、そのことか」


 どう説明したものか……。と天井を仰ぎ見るウォルター様は、唐突にある質問を返してきた。


「……レオン君、『優れた人材』というものはどこにいると思う?」


「優れた人材、ですか?」


「ああそうだ、さらに言うと血筋の優劣の話をするつもりは無い」


 選民思想的な話をするつもりは無い……と、だとすれば……


「……ならば、優秀な教師と学ぶ場がある場所にいるものかと」


「おお、そうか! 各地を旅してきた君も同じ考えか! ならばこの考えに間違いは無さそうだ!」


「つまり、あの孤児院を学び舎にしようと?」


「ああ、そのつもりで動いてきた、教師に立候補してくれた夫妻もいてね。

 当時は最低限の読み書き計算ができるようになれば御の字と思っていたのだが……、想像以上だったよ、スラムにいた者にすらあれだけの者たちがいるとは、正直言って侮っていた。

 ただ、やはり未知の事業、ましてや相手が取るに足らなかったはずのスラムの孤児だ。実際に形にならないまでも反発はあってね」


「……それだけでアレックス様はあのような行動に?」


「……いいや、焚きつけた者がいた。今頃は牢の中だろうさ。……そうなってしまったのも元はと言えば私のせいなのだろうがね」


 そういうウォルター様の顔は自嘲気味に笑っていた。

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