第39話 かつての出来事①
「焚きつけた者……ですか」
「ああ、聡明な君の事だ、騎士たちが強硬手段を取って私を救出しに動けなかったことには気づいているのだろう?」
「……聡明かは分かりませんが、そうですね、理由があったのだろうと予想はしていました」
つまり発端は外の事情だと。
「君はこの国、トランキリテ王国の北の国境で小競り合いが起きていることは知っているかね?」
「……いえ、そういった情勢はあまり気にしたことが無いので」
「ならば覚えておくと良い、少なくともこの国に滞在している間はね。
我が国の北には魔族領と呼ばれる地域が存在している。アリステア教圏の国々とは昔から長い間戦争状態で、同盟を組んで戦っているわけなのだが……、その対応にも派閥があってね。まあ予想はつくだろう?
私が所属しているのは穏健派、読んで字の如くだ。出来る限り平和的にこの戦争状態を小康状態
対するのが過激派、こちらは言ってしまえば真逆だ。積極的に攻勢に出て奴等の領域を我ら人間の手に……。魔族は人では無いというのが彼らの主張の根幹にあるのだが、我々からしてみればただの侵略行為だよ。
大まかにはこの2つの派閥が争っているのがこの国の現状だ」
「……それと今回の出来事にどのようなつながりが?」
「……発端は私を含めた数名が過激派に不利な情報……と言ってもほんの小さな欠片に過ぎないが、それに気付いたことだった」
「情報、それも小さな欠片ですか……」
それだけでこんな大事になるだろうか? そう思っているのが顔に出ていたらしく、小さく頷いてウォルター様は続ける。
「普通ならそのような小さなことで組織が揺らぐことなど無いだろうね。ただ、これはそういうわけにはいかなかった。なにせ忘れ去られていた開戦理由、その内容は断片から推察するにあまりにも一方的かつ理不尽なものだったのだから。これでは派閥どころか国すら揺らぎかねない。
本当にこの予測が正しいかはまだ不明だが、それでも口止めをしたい者がいたのだろうね。その情報を知る者たちの元へ何らかの形で通告や脅しが入った。それが10年前だ」
「10年前……?」
「遠大な話ですまない。だが、どうしてもこの説明は必要でね。
……ちょうどその頃、アレックスにある家庭教師がついた。当時はすでに妻に早々に先立たれていて、ついその家庭教師に息子の相手を任せてしまっていたのだよ。
それが過激派の元から送り込まれた間諜だと気づいたのは、それこそ監禁される直前でね。主目的は余計なことをしていないかの監視だったようだが……、いつの間にかアレックスには歪んだ教育が施されていた」
仕事が忙しいことを理由に息子をちゃんと見てやれなかったのは私の落ち度だろうな。と言うウォルター様の顔は、悔しそうに歪んでいた。
そこへ、ウォルター様、とドアの向こうからテオフィルの声。この短時間にも関わらず『掃除』は終わったらしい。
……今度こそ終わりか?
―――だといいんだがな。もう魔力はカツカツだぜ?
―――……サポートには感謝してるよ。
「――ふむ、ではこれで依頼は完了だ、レオン君。急な護衛任務まで頼むことになってすまなかったね」
「……いえ、無事に救出するというのが依頼でしたので」
終わりか、ならさっさと帰ってしまおう。これ以上余計なことに巻き込まれたくない。
―――手遅れだろ。オレでもわかるぜ?
―――……言うな、考えたくなかったのに。
そんな軽口、もとい軽念話を交わしながらドアの取っ手に手をかける。
「…………ああ、そうだ。一つ、個人的に頼まれてはくれないか?」
―*―*―*―
きぃ、と孤児院の扉が軋む音。子供たちはもう帰ってきているらしく、窓からは明かりが漏れている。
孤児院に戻ってきた俺に最初に気づいたのは、玄関ホールにいたカイル院長だった。
「……ああ、帰ってきましたか。皆さん、レオンお兄さんが帰って――」
「――あとで子供たちには顔を見せます、カイル院長。……その前に一つだけ、頼まれ事があるので」
「そうなのですか?」
「ええ。……ミリアは今どこに?」
その一言で何か勘付いたらしい、その表情を引き締め、どこか探るようにこちらを見据えてきた。
「……では、あの噂は本当なのでしょうか?」
「噂とは?」
「領主様が先程、救出されたそうです。それに冒険者が関わっていたと、噂になっていますよ」
「……そうですか、知りませんでしたね」
「誰に、何を頼まれたのかは知りません。ですが、子供たちを傷つけるつもりなら……」
「分かってます」
沈黙が玄関ホールを支配する。目の前の男は、子供たちを守る『親』として俺を見定めていた。
「……すみません、貴方であれば大丈夫だと分かっていてもこればかりはね」
「デリケートな話です。慎重になるのも当然でしょう」
……どうやら、そのお眼鏡にはかなったらしい。
「…………あの子は庭に出ていると思います、場所は――」
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