第37話 潜入、それと困惑③

 敵対者のいなくなった廊下を歩く。警戒は怠っていないが、ここまで来れば気楽なもんだ。


 俺たちの緊張が解けたことを感じてか、ウォルター様が話しかけてきた。


「さっきの続きを話してもいいかな?」


「……はい」


「たしか、外の状況も多少は知っていた、というところまで話したのだったか。

 ……それ故に歯がゆい思いをしたことはあったが、その甲斐あって何とか今まで持ちこたえてきた。なにより私の部下たちが努力をしてくれていたからな」


 ……それは、確かにそうなのだろうな。


 旅を続けてきた中で色々な土地を見てきた、その中でもこの町はかなり居心地が良い。その心地良さというのは、そこに住まう人々の性根によるものだが、それと同時にそういられる町があるおかげだ。そこには多大な努力があったのだと思う。

 孤児院の事もあってあまり積極的には見て回っていないが、落ち着いたら一度町を見て回りたいな。


 だが、それも限界が近付いていたのだろう。


 領主の治世が町を変える。良いようにも、悪いようにも。


 そのタイムリミットが来る前に俺に依頼が出された。……まあ、孤児院が守れるなら良いか。


「だから君には感謝しているのだよ」


「……いえ、礼を言うというのなら私に依頼を出した方に」


「いや、そのことだけではない」


「…………?」


「孤児院を守ってくれていたのだろう?」


「……あの場所にいただけで結局何も出来てませんよ」


「ある日唐突に現れた【命令】持ちの冒険者、その実力は未知数。十分な抑止力だと思わないかい?」


 過分な評価だ、と断ろうとするも、それを遮るように彼は言う。


「それに、『何も出来ていない』というのは実際には『まだ行動に移していない』なのではないかい?

 君は、この依頼が無くともやがてこの屋敷にやってきた。ただしその手に剣を持って。

 君はそういう選択ができる人間だと思うのだがね」


 ……この人にも見透かされているのか、そんなに俺は分かりやすいのだろうか。


「…………どうでしょうね」


「そうだね、実際にはそんな事にはならなかった。誰がどう思っているかは関係のない事だ」


 ……見逃してくれるというのなら、余計な話をすることも無いだろうな。


 ようやく出口に辿り着き、扉の取っ手に手をかける。一応物陰に隠れてもらったが、待ち伏せのたぐいはなかった。

 相手からすればここが最後のチャンスのはずだ、外に出てしまえば隠れる場所はなく、本邸内にを入れるのはあの家令なら反対するはず。


 やっと終わりか、気を張り続けて疲れたな。


―――待ち伏せなら何度もやってるから息を潜めるのは慣れてるつもりだったんだけどな。


―――自然界じゃ『潜伏』はあっても『潜入』の機会は無いだろうな。疲れたか?


―――ああ、早く帰ってなにかうまいもんを食いてえ。


―――……食い意地か。


―――おう、分かりやすくていいだろ?


―――ははっ、そうだな。


 ほぼ終わりだ。そう思っていたのだが……


「―――! ―――――!!」


 ……なんだ? 屋敷の中でなにか起きている?


「…………はぁ、レオン君、追加の仕事を頼めるか? もう少しの間護衛を頼みたい」


「構いませんが……」


「……すまないな、そう時間はかからないはずだ、すぐ終わる」


 本当に何が起きているのだろうか。

 その答えは扉を開けてすぐに分かった……というよりは耳に飛び込んで来た、のほうが正しいか。


「――だから貴様らは僕だけを守っていれば良いと言っているだろうが!!」


「ですが……」


 ……誰かは分からないが、偉そうな奴が叫んで……いや、喚いている。

 いやいや、まだ分からないな! うん。流石にあんなのが領主の息子ってことは無いだろ。


「――テオフィル! いるか!」


 そんな騒がしさをまるで気にしていないかのようにウォルター様が家令を呼ぶ。

 威厳を備えたよく通るその声が響き渡り、その場にいた全員が声の主に視線を向けた。


「な、なぜ、父上がここに……」


「……ウォルター様! よくぞご無事で!」


「私のことはいい、大狂奔スタンピードの状況は?」


「今は騎士団副団長がその半数を率いて対応に当たっております」


「手は足りているのか?」


「……いえ、応援の要請が来ております」


「ならすぐに回せ、親衛隊さえ残っていれば後の采配は任せる」


「はっ」


 その言葉を聞くや否や何人かが動き始める。


「それと、今のうちにをする。……今まで迷惑をかけたな」


「…………いえ、……いえ! この街を守るために奔走した貴方様の努力あればこそ、私達は諦めずにここにおります!」


 感動のシーン……と言いたいところだが、その二人の目は細かく動いている。会話に見せかけた内情把握か、言ってることは双方ともに本心なのが余計質が悪いな。


 だが、そんな分かりやすい揺さぶりにも反応する奴はいる。動揺したり、ひっそりとその場を離れようとしたり、そして――


 ギィ……ン


「…………些か短慮に過ぎますね」


 事ここに至って領主を殺そうとしたり、な。

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