第35話 潜入、それと困惑①
その日の朝の喧騒は、鐘を打ち鳴らす甲高い音に引き裂かれた。
混乱を起こしそうになる住民達と、それをなだめ避難誘導をする衛兵、その横を通り過ぎて東の門へ急ぐ冒険者。
意味を変えていくざわめきを窓から眺めていた俺は、避難準備を終えた孤児院の面々に顔を向ける。
「……準備は大丈夫ですか? 忘れ物があっても戻ってこれませんよ?」
大丈夫ー、とか、問題なーし、とか思い思いの返事が返ってくる。
「じゃあ、行きましょうか」
「レオンさん、私たちなら大丈夫です。ですから、
「カイル院長……、いえ、分かりました。こちらの事は任せてください」
……なんとも心苦しい。
たとえ悪気がなくても信頼されている相手にあまり嘘は付きたくない、まあ表面上は取り繕っているが。
町の中心へと向かう一団と別れ、反対方向へ……向かうフリをして路地に入る。
周囲に誰もいない事を確認して素早く屋根の上へ、そのまま一度孤児院へと戻る。……よし、誰もいない。
前もって見繕っていた隠し場所に剣を置く、それ以外にもこれから潜入するのに邪魔になるものを置いていく。
そして小さな
―――ヴァルナ、準備はいいか?
―――とっくに出来てるぜ。
さて、気合い入れるか。
―*―*―*―
屋根の上を走り、侵入地点として指定された場所へ向かう。
約束通り、警戒の兵士はほとんどいない。
―――今のところはまだ協力的、か。
―――……そんなに疑うもんか?
―――お貴族様方からすればそれが一番収まりのいい終わり方だからな。
領地を持つ貴族の当主がその息子に監禁された……なんて醜聞を放って置くとは考えにくい。権力争いの場で槍玉に挙げられるのは目に見えているから。
―――そこで俺の登場だ。領主の息子を隷属させ、自らの手を汚さずに領主を監禁した悪党。目的は金かなんかだろ。
周囲を警戒しつつ、塀を乗り越える。確か場所は離れの地下だったな。ということは……、あそこか。
―――……その言い訳、通るのか?
―――教典に書いてあるって便利だよなー、なにせ『いずれ魔王になりうる巨悪』だし。
【命令】持ちとして警戒される事は何度もあったが、いきなり敵意すら向ける人がいたのは
本当に、迷惑な話だ。
―――……流石にここまで来れば見張りがいるか。ヴァルナ、向こうの方で音を立ててくれ。
―――了解。
離れの入口に一人、見張りがいた。……本当に裏稼業の奴らを雇っているのか、こりゃ解決しても当分火消しに忙しくなるだろうな。お貴族様っていうのも大変そうだ。
だが、その雇った警備もヴァルナが少し音を立てただけでそっちにほとんど注意が向かっている程度の練度しかない。
(やりやすくて助かるけどな)
息を潜め、その視界外から一息に距離を詰める。
気付いた頃にはもう遅い。
「っ、ぐっ……!」
「“騷ぐな”」
【命令】で動きを封じ、首に腕を回し締め上げる。程なくして気を失ったところで人目につきにくいよう物陰に隠した。
―――突入するぞ。
―――おう。
―*―*―*―
―――…………なんっつーか、
―――マヌケと素人しかいねえ……?
……いくら何でもおかしい、ここの守りが緩すぎる。
まさか
困惑しながらも地下にたどり着く、最初にやるのは隠し通路を塞ぐことだ。
なんでもここは、かつてこの辺りが辺境として開拓されていた頃の名残で、非常時のシェルターの役割を持っていたらしい。隠し通路は更に逃げなければならなくなった時のためのものだ。
実際のところ、ここの見張り達がそれを見つけているのかは不明だが、警戒しておくに越したことはない。
―――ここが最後だよな?
―――ああ、そのはずだ。
ああくそ、思ったよりも時間かかったな。練度は無いのに数が多かった。
コンコン、とドアを叩く。
「んあ……? もう交代か?」
のこのこと出てきた見張りの上から控えていたヴァルナが落下、首に巻き付き締め上げて意識を奪う。
部屋に入ると、縄で拘束された男がいた。ご丁寧に猿轡まで噛まされている。
「……っ、はぁ、君たちは、一体……?」
猿轡を外すと問うてきたので、縄をほどきながら答える。
「依頼を受けた冒険者と従魔です。……一つ確認させてください。“正直に答えろ”、貴方がこの町の正式な領主ですか?」
「……ああ、その通りだ」
「……そうですか、ご無礼を失礼しました」
囮ではない、と。あれが本気の警備ということでいいのだろうか。……いや、まだ油断するわけにはいかないな。
「いや、必要な確認だろう。……それにしても【命令】持ち、か……、依頼したのは誰だ?」
「家令のテオフィル、と名乗っておりました」
「……以外だな、いや、彼は冒険者組合の支部長と面識があると言っていたな、彼の紹介か」
「ええ、そのようです。……縄を解きました。動けますか?」
「……ああ、大丈夫だ。帰りの護衛もよろしく頼む。恥ずかしながら、生まれてこの方首から下は日常生活程度しか出来なくてね」
さて、あとは脱出だけだ。
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