第22話 どんな才能も使いよう

「…………憎む、ってどういうことですか?」


 あまりにも突拍子もない質問に、やっと返せたのは質問だった。


「だって、アリステア教は『【命令】持ちは魔王だ』って、それを最初に言い出したのは私と同じ【未来視】の才能スキルを持った人だから、だから私と同じで、レオにいはそのせいで今も―――」


「―――そこまで」


「……っ! でも……!」


「いいから、……もう少しだけ、俺の話を聞いてくれますか?」


 コクリ、とうなずく。……憎む、か。


「確かに、アリステア教の開祖は【未来視】の力を持っていたと聞きます。その結果として【命令】持ちが悪者扱いを受けているのも事実です」


 滅びの未来を予見した賢者の名、だったろうか、アリステアというのは。

 その教義を俺はある程度しか知らない。最初は意味もなく悪者扱いされていることに対する反抗だったのだろうが、今でもあまり興味が湧かないな。ファーストコンタクトが悪かったせいだろうか。


「……でも、だからどうしたって話なんですよ」


「…………」


 強いて言うならば、賢者ならそうじゃないのもいるってことぐらい周知しておけ、と文句ぐらいは言ってやりたい。



 でも、それだけだ。



「悪者扱いなんてどこに行こうと変わりませんよ。アリステア教の影響がない砂漠の向こうでもそうだったんですから」


 納得のいっていなさそうな顔を見て続ける。


「そもそも、前提が間違っているんです。

 ここの皆が俺を怖がらないでくれるのは、俺を『【命令】持ちの男』としてではなく、『レオンという一人の男』として見てくれているからでしょう。

 それと同じで、俺はエルメアの事を『開祖と同じ【未来視】持ち』としてではなく『ちょっと未来が視えるだけの女の子』として見ています。嫌う理由がないんですよ」


 自分の気持ちを正直に伝えて、それでもエルメアは不安そうな顔をしていた。


「……でも、私は自分の事情でレオにいをここに引き留めてるんだよ?」


「家族を守るための行動に文句なんて言えませんよ」


 手を伸ばし、そっと、頭を撫でる。


「大丈夫、不安になる必要はありません。エルメアは誰かのために行動できる良い子なんですから」


「―――違う! 違うの!!」


「え?」


 弾かれたように、手を振り払い、髪を振り乱し、痛みすら感じるほどに悲痛な、泣き叫ぶような声。


「私が夢を見なければ! 私が未来を視なければ!! 誰も苦しまずに済むの!」


「エルメア、落ち着いて―――」


 それを止めることはままならない。


「私が未来を視たからみんなが魔物に襲われた! 私が夢を見たからレオにいは背中を切り裂かれた!! 私が夢を見たから孤児院が、私たちの家が―――!!!」


「エルメアッ!!」


 そして、俺の声に、エルメアが肩をびくりと震わせた。


「……エルメアのその考えを否定しきることはできません。現に俺は背中を斬られましたからね。ですが、君が何もしてこなかったわけでは無い」



 そう、その言葉を無責任に否定することは俺にはできない。言葉に力があることはよく知っていることだから。

 ……だからこそ、彼女が見逃している大切な事実を、嘘なんかではないそれを、俺が伝えなければならない。



「それは、そう、だけど」


「確かに、エルメアの才能スキルが本来どのようなものなのかは俺には分かりません。でも、仮に見た通りの事を起こすとして、この孤児院を救ったのは、やっぱりエルメアなんですよ?」


「どういう、こと……?」



 彼女の努力は、決して否定されてはならない。



「俺が来ました。エルメアが呼んだんです」


 ニヤリ、と笑って告げる。


「私が……?」


「だって、見た通りの事が起こるのでしょう?」


 悪い夢の見過ぎで気づけなかっただけの事、心が追いつめられると少し考えれば分かるような事にも気づけなくなるから。


「だから、心配することはありません。今日はもうぐっすり寝て、明日に備えたほうが良いですよ」


「……ねえ、レオにい」


「なんですか?」


「寝たくないって言ったら、怒る?」


「理由によりますね、まだ遊んでたい、とかだったら明日にしろと怒るでしょうし」


 だから、話してみてください、と先を促す。するとエルメアは泣きそうになりながら答えた。


「…………もう、怖い夢を見たくない」


「……そうですか」


 最初に思ったのは『やはりそうか』ということ。


 何度も、何度も、友人が傷つくところを見てきたのだろう、実際にそれが起きたわけではなくとも。


「もう二度と、そういう夢を見たくないですか?」


「……え?」


「俺ならどうにかできます」


 ……方法ならある、俺にしかできない方法が。


「でも、私が未来を視ないと、みんなが、」


「そういう難しい事は大人に任せればいいんですよ」


 そもそも子供一人に沢山の命を背負わせるのがおかしいのだ。たとえそれが最善手だったとしても、大人の事情でここまで苦しまなければいけない、それ自体が間違っている。


 だから、未来を視る力に頼るつもりはあまりなかった。


「それで、どうしますか?」


「……ううん、大丈夫。怖くなったら、またここにきていい?」


「ええ、構いませんよ。……ああ、でも寝る前に、」


「?」


 これくらいのお節介は焼いておこう。


「”今晩くらいは悪夢を見ないで寝ろ”。……これで良し、と」


 【命令】の力が彼女を、いや、彼女の悪夢を縛りあげる。


「……これが『どうにかできる』って言っていた方法?」


「はい」


「……レオにいは自分の力が嫌いなんだと思ってた」


 結局、何事も使いようなのだ。


「たとえ嫌いでも、使えるものは何でも使うのが冒険者ですよ。能力自体は気に入っていますしね」

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