第21話 旅路の果てに見たいもの

―――ま、あとは安静にしとけ。本調子じゃねえだろ?


「お前ハイスペックすぎねえ……?」


―――色々あんだよ。


 何の話かと言えば経過観察である。なんと背中の治療をしたのはこいつだったらしい。いや確かに水魔法や風魔法は治癒魔法としての適性も高いが……。


 まあ、あの双子が早々に退散したのも俺がまだ本調子じゃないことに気づいていたからなのだろう。外はもう暗くなっているし、おとなしく寝ることにするか……。


 ……


 …………


「……眠くないな」


 丸一日寝て、起きたのは昼に近い時間。そうでなくとも眠りすぎて眠気が来ない、というかちょっと体を動かしたい。しかし安静にしてないと……うーむ。


 悶々としていると、不意に部屋のドアが開いた。


「……エルメアさんですか、どうしました?」


「気配、ってやつでわかるの?」


「そんなところです。一人旅って結構気を張るんですよ、気付いたら身に付いてました」


 よいしょ、と体を起こす。……もう痛みは無さそうだな、よかったよかった。


「で、どうしました?」


「その……、眠れなくて」


「そうですか、なら丁度良い、少し話し相手になってください。眠りすぎたせいで眠くないんです」


 とは言ったものの、どうしようか。こういう雑談というものはあまり慣れていない。


「そうですね……、何か聞きたいこととかあります? それを話題にしましょう」


「……レオにいは、まだ旅を続けるの?」


「この事件が解決したら、ってことですか?それなら、まあ、続けるつもりでいますけど」


「…………辛くないの? だって、レオにいは……【命令】持ちで、」


「……ああ、そういうことですか」


 確かに【命令】持ちが旅をするときは面倒事やら辛い事が付き纏う。でも、そもそも旅を始めた理由が『窮屈でない場所』を求めたからだし、そうでない場所の方が多い事はとっくの昔に知っていた。


「……じゃあ、レオにいにとって、ここは『窮屈』なの?」


「まさか、今までなんかよりも……、いや、今までで一番『良い』場所です」


「―――だったら、もう!」


「……旅を、止めてほしい、ということですか?」


「っ!!ちがっ、わたし、は……」


「…………エルメアは、俺の未来に視たんですか?」


 彼女は、孤児院の未来を守るためなら、決して言い淀むようなこと無く、その眼で視たことを隠さず話してきた。逆に、個人に関するようなことは、たとえ親友であるミリアの事でも示唆するだけにとどめるよう徹底していた。丁度、今みたいに。


 それは、彼女なりの自衛手段だったのだろう。


 それに、どことなく彼女の表情は硬かった。ただ眠れなくてここに来たのではない、というのはとっくに分かっていた。


「…………言えない」


 だから、この答えも分かっていた。別に無理に聞き出すつもりもない。


「なら、俺の気持ちも変わりません。辛いばかりが旅じゃありませんし、そもそも―――」


 確かに、旅の発端となったのはだ。


 でも、続ける理由はとっくの昔に変わっていた。


「―――窮屈が嫌なだけなら、どこか人里離れたところでひっそり暮らせばいいんです。それができるだけの力はありますから」


 気付いていながらそうしなかったのは、旅で得るものがあったから。


 見たことの無い動物がいた、


 見たことの無い植物があった、


 見たことの無い料理があった、見たことの無い絵柄があった、見たことの無い建物があった、見たことの無い文化があった、見たことの無い景色があった、


 見たことの無い人々が、そこに居た。


 すべてが未知だった、知らなかった考えに触れた、聞いたことも無い言語を学んだ、


 新鮮なその全てを、『未知』だったそれを知るのが、楽しくて、楽しくて、堪らなかった。


「いつの間にか、旅の虜になっていたわけです」


 旅をするために、旅をする。


 手段はいつしか目的となっていて、それが心地良かった。


「だから、俺の気持ちはそう変わりませんよ。忠告ぐらいならちゃんと聞きますけどね」


「……分かった、なら『忠告』させて」


「はい」


「レオにいは、その剣にの。他の誰かじゃいけなかった、それを覚えていて。その子と、ちゃんと向き合ってあげて」


「分かりました。ちゃんと覚えておきます」


 奇妙な話だ、とっくに大人として認められているような年齢の男が、目の前にいる少女の忠告を真面目腐って聞いている。

 もちろん、半端に聞き流すような真似をするつもりは無かったが、滑稽な構図だなと笑ってしまいそうだった。


「……どうです? そろそろ眠れそうですか?」


 もう夜も遅い、夜更かしと言い訳できるような時間は過ぎ去ろうとしていた。


「……もう一つだけ、質問してもいい?」


「もう一つだけなら」


 悩みぐらいなら聞いてやろうと思っていた、二人きりだからこそ言えるような悩みだってあると軽い気持ちでいた。


「…………レオにいは、私のことが憎くないの?」



 だから、その質問にはとぼけたような返事しか返せなかった。

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