第9話 孤児院と領主②

「何が起こっているのか、一言で言ってしまえば『経営難』というほかありません」


「…………」


 黙って先を促す。


「事の始まり……というには少し違いますが、今のこの状況は一年ほど前に領主からの支援金が打ち切られたことが発端なのです」


「…打ち切りですか? 減額ではなく?」


「はい、それまでの経営資金の大部分を担っていたので、ほかの方々からの寄付があったとはいえかなりつらい状況になりました」


 まあ、概ね予想した通りだ。とはいえならいくらでもやりようはあるはずだ、となると……、


「では、支援金が打ち切られたのは何故なのでしょうか? 何の説明もなく、という訳では無いのでしょう?」


 おそらく、その理由こそが助けを求めた理由なのだろう。

 俺の質問にカイル院長は、この孤児院に、そしてこの町に起きていることを話し始めた。


  ―*―*―*―


 この町の領主であるウォルター様は4年前から病に臥せっているのです。……ええ、疑わしいものです。どのような病気なのかすらも明かされていないのですから。

 とにかく、その代わりを領主の息子であるアレックス様が務めることになったのですが……、

 最初の2年間は良かったのです。昔から悪い噂があったような方でしたが、それまでの生活と何か変わったことがあるわけでもなく、だんだんとそういった噂も減っていき、領主代理という立場になって責任感のある性格に変わられたのだろう、とまで言われていたのです。

 ………今にして思えば、よく2年も持ったものです。それからはだんだんと黒い噂が聞こえてくるようになりました。税金の横領、豪遊、犯罪組織とのつながり、その犯罪行為のもみ消し、ほかにも沢山…。もしかしたらそれまで隠していたものが隠し切れなくなっただけなのかもしれません。


 そんな折の事でした、私のもとにそのアレックス様がある取引を持ち掛けてきたのです。その内容は、孤児院に子供を集めて違法奴隷として売り払い一儲けしないかというもので、断れば支援金を減らすという脅しもされました。スラム街から連れてくれば『商品』が尽きることはないとでも考えていたのでしょう。……孤児院という場所を踏みにじる最低の考えです。

 もちろん断りましたとも、孤児院に対する嫌がらせをされるようにはなりましたが、そんなことに負けるなと応援してくれる方も大勢いて、それほど大変だったわけではありませんでした。

 特に、私の友人でアレックス様への批判活動の中心人物だったある夫婦は、子供がいたこともあってか大変憤りを感じたみたいで、そのことを糾弾すべく活動を強めてくれました。

 それにそのころには領主様の病が本当の事なのかが疑われ始めていて、このことがきっかけでアレックス様に対する批判活動は加速していったのです。


 …………きっと、それが良くなかったのでしょう。1年前にその夫婦は殺されました。……おそらくは見せしめとして。それからはみんな危険を感じたり、そうでなければ圧力をかけられたりして、ここへの寄付もほとんどなくなりました。



 今、この孤児院は二つ目の見せしめにされかけているのです。アレックス様に逆らえばこうなるのだ、と。


  ―*―*―*―


 私が知る限りではこれがすべてです。と、話は締めくくられた。


 なぜ助けが必要なのかは分かった。なぜ子供が冒険者のようなことをしていたのかも分かった。ただ……、


「……それは、俺みたいな奴が解決できるような問題なのでしょうか?」


 それだけが分からなかった。貴族の権力に対抗できるような力など何一つ持ち合わせていないし、そもそも【命令】持ちの旅人という時点で警戒の対象なのだ。それなのに俺が選ばれた理由がどうしても分からなかった。


 しかし、


「……分かりません」


「…………え?」


 その答えは得られなかった。


「だったら、どうして」


「エルメアさんが自分の能力チカラで視たことをはっきりと口にしたのは、今回が初めての事なのです。

 今まで、彼女はは視たことをもとに『こうしたほうが良い』とアドバイスをすることはあっても、明言することはありませんでした。しかし、今回は違った。貴方の名前、そしてここに来ることを予言し、そして『私たちを救ってくれるかもしれない』と言い切った。だから、その言葉を信じることにしました。……それに縋るほか無かったのも事実ですがね」


 それでも私たちを助けてくださいますか、という再度の問いかけに、少しだけ考え込む。


 旅を続ける、という目的の事だけを考えるのなら、間違いなく割に合わない。やめるのなら今なのだろう。


 ……でも、もう答えは決まっていた。


「俺がいることでこの孤児院が救えるのならば喜んで力を貸しましょう。改めてよろしくお願いします。」


一宿一飯なんとやら、だ。できる限りのことをやってみようか。

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