004 初めてのダンジョン、登ります。

 魔宮殿の建物を出て俺は自分の目を疑った。宮殿を取り囲むように沸き立つ溶岩。支えもなく宙へとつながる、幅三十センチにも満たない石の階段。


 階段の先にあるダンジョンへと繋がる入り口が米粒くらいにしか見えないじゃんよー。


「何段あるんだ?」


「私、数えるです!」


 尖った耳をピクピクさせながら元気よく答える使い魔ハル。


「数え終えましたです。高さ約三百十二メートルで千五百六十四段です」


 早すぎだろ。メチャクチャこまかいし。すげえな怪力ネコ耳美少女!めちゃ頭の回転も速いわ。


「ほれ、早く登らんか」


 天使ベルが、かかとで馬の腹でも蹴るかのように俺の脇腹を蹴りあげる。


「ぐえっ。蹴るんじゃねーよ」


 胃の内容物が逆流してくる。吐きそうになるのをグッとこらえた。


「天使にそむく気ぞよ」


 振り返る俺、背中に乗せたベルの瞳が怪しく光る。


 ぐおっ。威圧感スゲーわ。マジ、やばそうな目ーしているし。こいつ、天使ってのは嘘で魔族ちゃうか。俺は無言で階段に足を乗せた。


 とにかく三百メートルの高さ、この細っちい階段を登るわけね。でその先がまた三百メートル分の高さのダンジョン。


 それを抜けてやっと地上ってことか。ちょっとした山登りくらいの高さだ。先が思いやられるわ。


 なんとか二十メートルほどの高さまで登ったところだろうか。水蒸気を発しながら真っ赤に染まり、沸々と泡立っている溶岩を真下に見つめる。


 足場は三十センチ幅の石の階段。落っこっちたら一瞬で消滅だなこれ。スペクタル映画のワンシーンみたいな光景に心が萎える。足の震えが止まらない。


「マスターケンタ様!魔宮殿の崩壊が始まりましたです」


 ハルの声で振り向くと魔宮殿の屋根がガラガラと崩れ落ち、渦を巻きながら荒れ狂う溶岩流の中に飲み込まれていく。


「なんか溶岩が渦巻いているけど」


「大変なのです。溶岩が暴れ出して、下の方から階段が崩れ出したです」


 なっ、何で暴れるのよ。溶岩ってこんなんだっけ?巨人の化け物みたいだぞ。あの伸びてくるのは手だよね。マジヤバいんだけど!


「マスターケンタ様!とにかく急ぐです」


「そっ、そうだな」


 足が痛いとか息が苦しいとか言っている場合じゃない。とにかく走るっきゃない。溶岩に焼かれて死ぬのは苦しそうだ。


 ベルを背負ったケンタと勇者のパーティー四人を背負ったハルが石段を駆け上っていく。


 あっと言う間に魔宮殿は跡形もなく荒れ狂う溶岩に飲み込まれ、何本もの人型をした火柱が二十メートルの高さまで立ち上ってくる。


「熱いぞよ。はよせんか」


 ベルの足がのん気にケンタの脇腹を再び蹴った。


「俺は馬じゃねーぞ。蹴っても速くならん」


 思わず階段を踏み外しそうになる。


「むっ。こっちだって必死なんだぞ。死にたくないなら余計なことをするな。この悪魔が!」


「悪魔じゃないもん。天使ベルと敬うのじゃ」


「言い争っている場合じゃないです。もう、石段の崩壊が直ぐ後ろまで・・・。きゃっ!」


 ハルの足元が崩れる。マジかよ。もうダメだ。


「仕方ないのじゃ。ホレ、魔王の力を一時開放するのじゃ」


『ピポン。ケンタの魔石(クリスタル)の封印が解かれました』


 頭の中で声が鳴り響いた瞬間、ケンタの足元の石段が崩れ落ちた。

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