第2話 四月一日明日香


かくして怪しげなバイトをすることになった、いやなってしまった僕は今、明日香さんとの待ち合わせの為に最寄り駅へ向かっている。男女の逢瀬、所謂デートでは十五分前に行くと丁度いいと聞いたことがある。だが、僕はひと味違う。なんと三十分前に到着する予定なのである。


 暑さのせいで自分だけが太陽に嫌われているのだと錯覚しながらも歩くこと十五分。そろそろ駅が見えてくる。何か飲み物を買うついでに目印として自販機の前に立っておこうと思ったのも束の間。僕は視力2.0の自分の眼を疑った。なんと明日香さんが自販機の前に立っているではないか。早過ぎる。僕の情報が間違っていたのか。データベースは結論を出せないとでも言うのか。いやこれは逆に有益な情報を得たと考えよう。ましてやこれはデートではないのだから。


「久しぶりね、答真君」


「ご無沙汰しております。相間答真あいけんとうまでございます」


彼女が四月一日明日香わたぬきあすか。艶のある長い黒髪に儚さを纏う華奢な体。少し触れただけで折れてしまいそうなのにそれでいて凛としている。控えめに言って美しい。控えなければ天使である。姉さんの高校からの親友で家にもたまに遊びに来ていた。何より四月一日なんていう珍しい名字は一度聞けば忘れられないし、四月一日明日香という存在はそれ以上に脳裏に焼き付いて離れない。


「そんなに堅くならなくてもいいのよ」


彼女が髪をなびかせながら言う。


「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


返事をしつつ、肩を落として深呼吸。シャンプーの良い香りだ。緊張とは適度が良いのだ。張り詰めた糸はいつか切れる。


「ちょっと目を離しているうちに背も伸びちゃったのね」


「明日香さんは仙人か何かなんですか?」


「違うわよ。多分」


「多分⁉︎」


明日香さんの冗談で場が和む。いや、実は本当に仙人や魔女の違いなのかもしれない。そう思える程に彼女には妖艶な気品がある。


「それじゃ行きましょうか」


と言ったものの彼女は駅とは違う方に歩き出す。


「あれ?電車で行くんじゃないんですか?」


「近いから歩いて行けるのよ、駅は待ち合わせのため」


「そうだったんですか」


「それに話しながらのお散歩デートも悪くないでしょう?」


「あははは、で、ですよねー!」


大事なことを忘れていた。存外、彼女はジョークが好きだ。加えて歯に衣着せぬ物言いをする。これでは先程前言撤回をした意味がないではないか。

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