第2話 不穏な出逢い

剛先輩の指示に従って、俺はそのまま部屋を出て、一階にあるラウンジに向かう事に。

多分、途中通ったあの大広間だろう。そう思って階段を降りると、聞き覚えのあるような音が聞こえてきた。


「・・・グゴ・・」

ラウンジに近づくにつれて徐々に音は大きくなる。ああ、これはあれだ。

人外の生物が出す唸り声だ。


「ぐごああああああ!!」


ラウンジのソファーに寝そべっていたその生き物を見て、俺はひどく落胆した。京都行きの新幹線。俺の後部座席。けたたましい大音量でノイズキャンセリングのイヤホンすら突き破るそのイビキ。間違いない。あの男だ。


「・・・ぬゔぉおおおおおお」


今度は最初から目を見開いている。乾燥しているのか充血している。そしてご丁寧にギチギチと歯ぎしりまでしていらっしゃる。黒板に書いてあった「永山」だろうか。新幹線の時は帽子を被っていたのであまり気にしなかったが、髪の毛は赤黒い色をしていてる。多分、同じ高校だったら仲良くならないタイプの人間だ。


じっと顔を覗き込んでいると突然イビキが止まった。


「・・・ん、、、。あ、お前新幹線のやつじゃん。奇遇だな」


あ、起きたんだ。目を開きっぱなしだから起床のタイミングがイマイチわからない。


「・・・うす。北口っていいます。多分同級生です。よろしくお願いします」


すると男は起き上がりキラキラした目で起き上がり、俺を見てきた。


「おお!同級生か!なんだよ!タメ口で来いよ〜!これからよろしくな!俺、永山。

永山ながやま泰山たいざんっていうからさ。好きに呼んでくれよ。」


イビキは論外だが、いいやつそうだな。


「え、あ、、、じゃあ、泰山でいい?」


「うおおおお!いいねえ!ノリいいねえ!お前の下の名前は?」


「湊」


「へえ!いいじゃんいいじゃん!じゃ、ミナチンな!」


チンがちょっと嫌ではあったが了承した。


「いやさ、聞いてくれよ〜俺あのあと間違えて神戸まで行っちゃって、そこから急いで折り返してきたわけ。焦ったね。京都通り過ぎてるじゃんってなったね。うん」


そんなことしそうなキャラっぽい。そこから暫く泰山とお互いの事を話した。

もともと彼も東京出身で親から言われ地方の大学へ進学する事になったそうだ。

俺との違いは受験で同じ大学に合格したという事。若干ビハインドを感じる。

泰山の父親も同じ大学出身らしく、大学はそこ以外に選択肢がなかったらしい。

相当厳格な家庭なのかなと思った。


学部は法学部。俺は政治経済学部。大学には複数キャンパスがあり、同じキャンパス。話している内に、明るい泰山の性格にしっくり来たのか楽しさを覚えた。


「お、盛り上がってるね〜西口くんと山々くん!」

剛先輩が戻ってきた。この人は名前を言い間違えないと気が済まない性分なのだろうか。

「あ、はい。おかげさまで。あの、大丈夫でしたか?」


「ん?何々?なんかあったの?」


永山が不思議そうな顔で尋ねてきた。そういえば身の内話で盛り上がって、さっきの事話すのを忘れていた。


俺は一通り起きた事を説明した。泰山はへえそんな事あるんだな程度のリアクションだった。強盗に対する世間のリアクションってこんなに薄いのか。俺の常識が間違っているのか。というかあんな派手な音したのに寝てて気がつかないとかやばくないか。


どうやら、いつのまにか警察に犯人を引き取ってもらったようだ。前科持ちだったらしく、素性は直ぐに割れたとの事。


「窓ガラス修理しないといけないから、そうだなぁ・・・ちょっと東南口くん部屋移ってもらえるかな?えっと・・・104!そこ空いてるから!」


すると永山が嬉しそうな表情を浮かべる。


「おお!隣じゃん!俺103号室!隣人で同級生!改めてよろしくな!」


そうか。ほんと無邪気なやつだなコイツは。なんかガッカリするのが可愛そうだけど、俺が安らかに眠る日々は終わったのかもしれないな。ははは。


それから荷物を104に再び運び、寝ようとした。

予想通りというか案の定爆音に苛まれ、眠気が十分にとれないまま朝を迎えた。

真剣に泰山との生活リズムを反転させようと考えた程には苦しんだと思う。


寝ぼけた顔で部屋を出る。廊下に出ると、3月だというのになんだかうっすらとした寒さを感じる。備えつけられた洗面所で顔を洗う。想像以上に冷たい水で少し身震いしたが、眠気を飛ばすのには丁度良い。

顔を洗っているとヘアバンドをつけオールバック気味の男が洗面台に並んだ。剛先輩だ。


「おはよう〜。昨夜は寝れたかな?」


「えーと、、まああんまりですかね。そういえば先輩の部屋どこですか?」


「僕は203だよ〜」


爆音機泰山は103。即ちその上の部屋。2階であろうと直撃は免れないはずだが、どうやらさして問題無いらしい。いやはや、いかにして免疫を勝ち得たかを今度ご教授願いたい。


「あ、そういえば今日から寮の朝食でるよ。毎朝7時30からだから、そろそろ取りに行こうか」


おお、朝食とはありがたい。実家から離れてっきり自分で自炊しなければならないものだと思っていた俺にとっては吉報だった。


ラウンジにつくかすかにいい香りがした。

「ちょっとまってて」

剛先輩が部屋の奥にのれんがかかっているところへ向かう。厨房があるのだろうか。

のれんをかき分け首を突っ込んで数秒。


「よーし、2人とも取りに来て!」

剛先輩が振り返り俺達に声をかける。


のれんの手間まで近づくと、にょきっと細い腕が伸びてきて、トレーにならべられた朝食が出てきた。

キラキラした白米、そして程よい焦げ目の焼き魚、卵焼き、納豆、味噌汁、そしてほうれん草のおひたし。うん、充分というか、貴美子よりよっぽどちゃんとした朝食ではないか。そう思って手を伸ばしトレーを受け取った瞬間だった。


「・・・すから。」

のれんの奥からか細い声が聞こえる。なんだろう、若干怖い。そして上手く聞き取れない。


「あの、、、えっと良く聴こえ・・・」


「・・・残したら殺すから。」

うっわぁお。物騒。冗談とは思えないのは何故だろう。

横では永山がプルプル小刻みに震えていた。勿論、俺たちは米粒一つ残さずに完食をした。小さくカットされたバナナも皮ごと喰らった。


食事を終え、3人でダイニングテーブルに腰掛けながら、話をしていると、永山が至極真っ当な疑問を投げかける。


「あの、そういや寮生って他にいないんすか?まさか俺たち3人だけすか?」

確かに入寮してから剛先輩しか会っていない。初めて寮にきたときに通りかかった音楽垂れ流し部屋の住人ともそう言えば会っていない。


「あはは、そうだね、春休みだからいないんだと思うよ~。君たちが会ってない人はあと3人ぐらいかなー。だから全部で7人ぐらいだねー。」

なんか随分と曖昧だなと思っていると突然、玄関から大きな声がした。


「タダイママアーーうっぷ。」


「ウワサをすればだね、アサタロウが帰ってきたし、迎えに行こうか。」

嫌な予感がする。特にうっぷという音だ。

多分、俺たちが玄関つくころにはマーライオンしそう、あ、今したな。


3人で玄関に向かうと緑色のコートを着た金髪の男が、うつ伏せになりながら盛大にぶちまけていた。


「あらら、派手にやってるね」


剛先輩は背後から両脇をささえるようにして、抱き起こした。

汚物にまみれてる、、、と思いきやそれだけではなかった。


「剛先輩!血!鼻血でてますよ!」

倒れた時に顔面を強打したのだろうか。白目をひん剥きながらダラダラと血を流していた。前後の状況を見ずにこの瞬間だけ切り取れば、多分警察呼んでる。

あー。間違いなく曲者。曲者だ。酒癖悪い系。


「ごめんね~こんなこと頼むのあれなんだけど、片付けといてくれるかな?僕はアサタロウ部屋まで運ぶから」


「あ、はい、わかりました。」

そういって剛先輩はアサタロウを抱えながら廊下へと消えていく。

残された汚物と血液を見て、胃から込み上げてくるものがあったが、息を止めつつ玄関においてあったバケツとモップを持った。

「泰山、俺水汲んでくるわ、、ちょい待ってて」


「・・・。」


「泰山?どした?」


「・・・え?あ、ああ。頼んだ。」


ああ、そりゃ萎えるよな。初めての共同作業頑張ろう。

泰山の方にぽんっと手をやり俺はその場を去った。


「ん〜気のせいか?。」


泰山が何か言った気がしたが、俺は気にせず洗面台へと向かった。

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ゼロ・スカイ みやおん @miyabiya_under

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