第1話 いざ京都へ

東京。何の変哲も無い一軒家。

そこで俺は自分の人生を薔薇色にできるかどうかの分岐点に立たされていた。


「いや!なんでだよ!いいじゃん!バイトするし、な!お願い!この通りだって!」


俺は北口きたぐちみなと。高校生活最後の11月を迎えている。

指定校推薦という飛び道具で受験をすることなく、地方の有名私立大学への切符を手に入れた男だ。

受験を控える同級生の嫉妬にも近しい眼差しを日々浴びつつも、俺は夢の大学生活への思いを馳せていた。そう、それは一人暮らし。誰しもが憧れた事のある一人暮らし。あんなことやこんな事で大いに利点を発揮するであろう一人暮らし。だが、実現には大きな壁が立ちはだかっていた。


「いやらしい事考えてんじゃ無いわよ!この穀潰し!一人暮らし!?あんたの学費で手一杯だわ!」


そう、最大の壁、俺の母、貴美子きみこであった。


「いや、一人暮らしイコールいやらしいって飛躍しすぎでしょ!まぁたしかにその・・・いやいや!だからバイトもするし、仕送りも要らないから!ね、ね!初期費用もいずれ払うからさ!」


俺は勿論これまで親の脛をかじりつくし、最早脛なんてないんじゃ無いかと思うぐらいの感覚ではあった。だから大学へ行かせてもらえることは本当にありがたいし、嬉しい。感謝している。

でも、それとこれとは話が別な訳で。大学に入ってまさか人生初めての「男子寮生活」なんてやってられるわけがない。薔薇色というか茶色だ。とても暑苦しい。嫌だ。本当にいやだ。


「だったら、寮生活しながら自立出来るようになってから、勝手に一人暮らしなさい。それが嫌なら大学進学自体諦めることね。」


くっ。ジョーカーを切ってきやがった。進学自体、棒に振られたらそもそも交渉の余地が無い。


「・・・。ふん!せいぜい俺が返り咲くところを楽しみにしてろよ!!!」


そう言ってあっというまに負けを認めた俺は自室へと戻って行った。

人間引き際が肝心である。


6畳ぐらいの広さの自室。ベッドと机と本棚が置いてあるごく普通の部屋。唯一珍しいと思われるかもしれないのは少し高い望遠鏡の存在だった。日課というか癖というか、この望遠鏡を覗き込んで見る星々はいつも心を落ち着かせてくれた。いつものようにレンズを覗き込み、広がる天体を頭空っぽで見る。至福の時かもしれない。

すると俺の薔薇色の未来を祝福してくれたのか、薔薇色の流れ星をレンズ越しに覗く事が出来た。

「うおおおラッキ!しかもあん時と同じ赤!」

人生で流れ星を2回見れたのはそこそこ幸運なのかもしれない。しかもいずれも赤である。

1回目は小学生ぐらいの時だったか。その時は急に頭痛がしてあまりいい気分ではなかった事を思い出した。そのあともぼうっと夜空を眺めながら次第に眠気につつまれた俺はベッドにタイブした。

明日の全国模試とかいう受けても受けなくても自分の人生に1ミリも影響がない試験をどう適当に過ごすかなんて事をぼうっと考えながら、意識は夢の中へと消えていった。


それから数ヶ月後。卒業式で第2ボタンを誰かにあげるという事も無く、日々惰性に過ごしているとあっという間に出発の日を迎え、俺は母とともに東京駅にいた。

いざ出発するとなると嬉しさ半分寂しさ半分といったところだろうか。

そんな様子を感じ取ってか、女手1つで俺を育ててくれた貴美子が笑顔で俺の肩を叩いた。


「しゃきっとしなさい。楽しみにしてた大学生活でしょ?彼女の1つでも作ってやるぞって気持ちで頑張りなさい。あんたの孫を見るまでは私はまだまだ死ねないもの」


ふふ。恥ずかしい。だけどちょっと寂しい気持ちが紛れた。


「貴美子!!では行ってくる!」

頭を小突かれつつ、俺は改札を通り、ホームへと向かった。行くは古都「京都」。


乗り慣れない新幹線の指定席切符を持ち、座席を探す。11車両のAー1。窓際だ。

あまり混雑しておらず、快適な旅になる予感がしていた。

小さいトランクケースを座席の足元に置き、座席を倒すために後ろの席を振り返る。


「あの、すみません、少し座席倒してもいいですか。」


「ん?あ、はいはいどうぞどうぞー。」


あまり年の変わらない感じの男だった。それでは遠慮なくと少し傾け、カバンから京都の観光雑誌を開く。パラパラとめくりながら、毎年書いてる内容ってどの程度変わっているのだろうか、ネタ切れとかしないのかとどうでもいいことを考えているとあるページが目に止まった。


『星空特集!嵐山から見るダイヤモンドスカイ』


ほう。ダイヤモンドスカイ。何々。『カップルで満天の星空を眺めながらテラスで豪華ディナー』

これは。いやはや妄想が捗る。捗りすぎて出会いから交際に至るまでのストーリーが出来上がっていた。そして俺はその彼女と大学卒業を期に離れ離れに、いや離れたらだめだろう。ん、でも再び成長した姿で再開ってのもなかなか・・・。止まらない妄想。だが、それを打ち破ったのは、地響きのような、ジェット機が離陸するようなそんな爆音だった。


『グガアアアアアア・・・・ぐ。ググごおおおおおおお』


これは人がする類のイビキなのか?後方から凄まじい音がした。座席の隙間から覗き込んで見ると、先程の男がそれはそれは豪快に寝息を立てていたのだった。


うるさい。うるさすぎる。他の乗客も若干怪訝な顔をして音の出所を気にしていた。とりあえず起こすのもなんだかなと。あの、イビキうるさいですって言うのもなんかあれだなと思い、イヤホンをつけ音量を気持ち大きめにして音楽をかけた。これでどうにかと思ったが、そんな行為を嘲笑うかのように、男のイビキは更に大きくなり、イヤホンなど何の意味もなさなかった。

流石にちょっと我慢ならない。少し考えたがやっぱり起こそう。この車両の安眠を守る勇者になろう。そう決意して振り返り声をかけた。


『・・・あのーすみません、ちょっと寝息が・・・ひっ!!』


目を覚ましたのか男はクワッと目を開き俺を威嚇した。


『す、すみません!大丈夫・・・え?』


なんと再びイビキをかき始めた。こいつ、目を開きながら寝ている。もはや寝たふりをしているんじゃないかと思える芸当だった。起こす気力も無くなったし、まぁ京都まであと30分程度だし我慢するか。こいつと同棲でもしようもんなら相手は可哀想だな。うん。どんまい。そう思ってさらに音量を大きくする。音漏れしてそうだなと思う。


やがて爆音鳴り響く車両は京都のホームに到着。乗客がゾロゾロと列を為して降りていく。ああ、京都。修学旅行以来の京都。俺は楽しい大学生活を送ると強く心に誓い、その一歩をまるで月面に初めて降り立った人物が如く踏みしめた。


スマホにメモをした住所を元に寮へと向かう。

地下鉄に乗り、バスに乗り、お降り立った先は正に田舎だった。京都らしさのかけらもなく、田んぼや林に覆われた場所。バス停近くにはコンビニやちょっとしたチェーン店などはあるが、ここで4年間生活するなんてつまらなそうと感じた。


これは一刻も早く脱出し、夢の一人暮らし生活費用を貯めねば。

人通りのない道をしばらく歩くと歴史を感じる洋食店があった。

看板には『マスタッシュ』と書かれていた。確かどっかの国でヒゲっていう意味だった気がする。不意に空腹が腹を襲った。スマホを見ると時刻は18時。寮の受け入れは19時だ。少し余裕を持ってきたが、まだ1時間ぐらいあるし、寮もここからそんなに遠くはない。よし、腹ごしらえを。そう思って店の扉を開けた。


「いらっしゃーい!」

店主らしき中年の男の声がした。俺が来るまで暇だったのか、空いた座席で足を組み、広げていた新聞を閉じて俺に近づいて来た。


「どうぞ、空いた席に。っつても全席空いてるけどな。ははは。」


そう笑う店主の口元にはビッシリとヒゲが蓄えられていた。ああ、そういう事ねと納得した。

席に座り、メニューを見る。マスタッシュカレー、マスタッシュパスタ、マスタッシュコーヒー。なるほど、コンセプトが大体わかった。ヒゲだ。


少し悩んで、マスタッシュカレーを頼む事にした。注文してから待っている間店内をながめた。

年季の入った集合写真や、芸能人だかなんだかのサインなどが飾ってあった。

店の外観に違わず色々な歴史が染み付いていそうだ。

ちょっと気になったのが、10人程の男が笑顔で店主を囲むように写っているものだった。写真には大きな旗のようなものに「偉業寮・2016年卒業生」と書かれていた。


「はい、おまちどうさん!」

店主とともに良い匂いがするカレーライスが運ばれてきた。


「おお!ありがとう!!ってうお!!」


店主の手元がふらついたのか、運ばれてきたカレーを乗せた皿が地面に向かって落下した。

普通はここで作り直し。多分俺以外だったらそうなるだろう。でもたった3秒だけ。


そう、たったそれだけの時間を巻き戻せるとしたら?多分そうはならないだろう。俺が普通の人間とは違う点を挙げるならこの一点に尽きる。

俺は少しばかり意識を集中した。


「はい、おまちどうさん!」


先程と同じように店主が近づいてきた。そして再びカレーを落とすだろう。

だが、落ちると分かっていれば、そこそこの反射神経さえあれば、なんとでもなる。

俺は落下する寸前のカレーが乗った皿を両手でキャッチした。


「おっと!セーフ!」


店主は驚いた顔を浮かべていた。


「お前さん、すごい反射神経だな・・・。なんかスポーツでもやってたのか?」


「生まれてこの方、帰宅部です!!」


店主はケラケラ笑いながらまた席に戻り新聞を広げた。俺は先程命を救ったカレーを口に頬張りながら、再び先程の写真を見つめていた。そう、偉業寮とは俺の目的地だったからだ。ぼうっと眺めていると店主が話しかけてきた。


「そういえば坊主、見ない顔だな。この辺に越してきたか?」


坊主っていう呼び方する人、本当にいるんだ。京都すごい。


「えっと、その写真の人達と同じ寮に今年からお世話になる予定です」


そう告げると、気のせいかもしれないが、店主は一瞬驚いたような表情を浮かべた。


「へえ。そうかい。それは難儀なこった」


店主は笑っている。難儀といったな。今確かに難儀といったな。


「難儀・・・というとなんかあるんですか?」


今度はこれは口が滑ったとばかりの表情を浮かべた。


「いやね・・・お前さんが入る寮以外にもいくつかあるんだが、なんというかまあ

偉業寮はその中でもだいぶ曲者揃いってな感じだ。いいやつばっかりなんだけどな。基本的には。」


あんまり入寮がポジティブでなかったが、完全にネガティブに振り切った。

曲者。曲者って良い意味で使われた事なんてあったけと思った。これ以上聞くのはやめよう。一次情報にこそ価値がある。もしかしたらこのおじさんが曲者で、曲者から見た曲者は最早曲者ではないって線もある。うん、きっとそうだ。


カレーを平らげ、胃袋が満たされたおれは、定価780円のところを入寮祝いということで500円にまけてもらい、店を後にした。


10分程度歩いた頃だろうか。慣れない長旅をすると10分の移動ですら疲労感を積み上げてくる。

そうしてたどり着いた時には、正に「オンボロ」の名が相応しい古屋が林に囲まれてその存在感を示していた。


「・・・おばけ屋敷・・・」


電気が付いているからまだマシなものの、真っ暗だったら絶対に入りたくない物件ではある。

入り口にはでかでかと看板があり、「偉業寮」と書かれたいた。覚悟を決め、戸を開く。


「すみませ〜ん。あの本日からお世話になる北口で〜す!」


広々とした玄関には小学校の頃見たような下駄箱。そこに煩雑につっこまれた薄汚れた靴。寮生のものだろう。なんというか男臭い。

1分ほど待ったが、誰も来る気配がなかった。もしかして留守にしているのだろうか。時間指定してきたのは寮側だったのに。本当にここであってるよな。

すると飲食店でたまに見かけるメニューが書かれた小さな黒板のようなものが目に入った。


「入寮おめでとう!北口くん、永山くん」


ああ。ここで間違いない。複雑な気分だ。ワンチャン住所記載ミスで綺麗な寮でした

てへぺろなんで事もあったかもしれない。

そして俺以外にも寮生がいるのか。同級生ってやつか?仲良くできるかな。

黒板に書かれた文字には続きがあり、「北口くんは204」と書かれていた。その下に鍵がセロハンテープで貼り付けてあった。これは部屋に入ってろって事だろうか。


電気はついているが人の気配がしないので、しかたなく鍵を取り、部屋へと向かった。

廊下は木造で相当年季が入っているのか、歩く度に床が軋む。廊下には備え付けの洗面台があった。小学校とかにあるやつと一緒だ。

共同利用なんだろう。階段をあがりると同じような廊下が続いた。すると何やら音が聞こえてくる。音楽だ。新幹線で聞いたいびきよりはマシだが、割とうるさい。


部屋のドアが開いているので少し覗き込んでみると、これまで人生で見た中でも一位二位を争う程汚かった。高校の友人で親と住んでいる家庭では、母親なりが、「かたづけなさい!」という投げかけに対して、「今やろうと思ったとこ!」といったやりとりがある。そのあと渋々片付けるのだが、

親元を離れ、監視されない立場になるとこうも乱れるのかと思った。これは戒めにせねば。

あまり深入りしないようにと思い、部屋を通り過ぎ、204と書かれた部屋に立つ。鍵を指し、ガタガタになりかけている扉をあける。中に入ると畳6畳程の部屋にオンボロの机、そして布団が畳まれた状態で置いてあった。正直思った。マジかと。一人暮らし計画を可及的速やかに立案する必要がある。狭いしカビ臭いしなんかやばい。

ため息をつきながらスーツケースの荷ほどきを終え、満腹感と疲れから布団をひとまず敷き、ダイブした。


「ふっかふか・・・いやカビくさ・・・」


クリーニング出そう。でも近くにあるのか。あーそうだ、親に連絡いれなきゃ。そう思っていると俺はいつのまにか寝落ちしていた。



どれぐらい眠っただろうか。ボロい部屋のボロい窓から月明かりが差し込む。

目を開くと徐々に視界がはっきりとしてきたのだが、俺は早々にこの異常な事態に気がついた。


。しかも何やらその人は映画やドラマで強盗がつけるようなステレオタイプな覆面をつけている。俺は一気に目が覚めて、起きあがろうとした。が、それに気がついてか覆面男は俺に馬乗りになってきた。なんだこの強盗、重い!突然の事に俺は3秒時間を戻すことを忘れ、今から戻したところで馬乗りの状況が変わらない事に気がついて、恐怖が込み上げてきた。


「な、なんなんだよ!だ、だれか・・・!」


すると男は腰から鋭利な刃物を取り出した。一瞬ギョッとしたが、死なない事を第一に3秒をうまく回してなんとか隙を見つけるしかない。しかしどうすればこの状態を脱する事が出来るのだろうか。力が強く、押し付けられた俺は全く起き上がる事ができなかった。あまりに俺が暴れるので殺意を込めて男が俺にナイフをふりかざそうとした。体が動かず避けれない。終わった。そう思った時だった。


「新入生に何してんのさ〜」


まるで悪戯をする子供に軽く注意するようなテンションで、かつ爽やかな声が聞こえてきた。その声に覆面が振り返る。


「ぶべっ!!!!」


すると声の主から放たれた蹴りにより、物凄い勢いで覆面男は吹っ飛び、そのまま窓ガラスに直撃。窓ガラスは見事に粉々に砕け、覆面男は外に放り出された。そしてドシャっという鈍い音がした後、ガラスがパラパラと落ちる音がして辺りが静寂で満たされた。


「ははは、大丈夫?こんなボロっちい寮に強盗だなんて。親からの仕送りでも狙ったのかな。今時現金の仕送りなんてないよね普通。口座振込みでしょ」


呆気にとられている俺を見て爽やかボイスの主が喋る。


「あ、ありがとうございます。大丈夫です!」


差しのべられた手を握り、起き上がった。助けてくれた男は俺より5cm程身長が高く(ちなみにおれは175)、茶髪のロン毛に男から見ても、「あっ、カッコいい」となる顔立ちだった。


「あ、あのその・・・えっと」


何から聞いていいのやらと思った。強盗どうします?あなた誰です?さっきの蹴り何ですか、空手か何かですか。よし、全部聞いてやろうと思った。


「俺は剛。君は204だから東口くん?だよね。強盗はとりあえず、警察に対応してもらおう!後は俺にまかせてちょ」


名前違うよ。そうだ警察。警察を呼ばないと。割れた窓から下を覗きこむと、花壇に顔面から突っ込んで伸びきっている男がいた。あ、これ下手したら死んでるかもしれない。正当防衛的な感じになるのだろうか。


「南口くん!長旅で疲れているだろうし、とりあえずラウンジにいなよ!あとはやっとくからさ!」

アワアワしている俺を見て、剛さんは言った。


この寮ってこういうトラブル多いのか?

あまりにも冷静で落ち着いた剛さんに俺は少し不気味さを感じた。曲者揃い。あのマスタッシュの店主が言っていた事が頭にちらついた。


「あ、そうそう君の他にももう1人新入生来てるよ!今頃ラウンジいるから。それじゃ、また後でね!」


そういうと剛は部屋を後にした。


入寮初日。なんとまあ奇想天外なスタートなのだろうと思ってゆっくりと俺は立ち上がり、ラウンジへと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る