序章 記憶

 ガラの悪い不良が、自動販売機にお金を投入していた。


 しかし、十円足りない。不良はこの理不尽に自動販売機を殴りつけて怒りを露にした。


 だが、そこに運良く、カモがやってきた。


 不良は不敵に笑うと、カモに目を合わせる。


「おいっ!なに見てんだ?お前だよ、お前!なにガンつけてんだ?」


 穏やかではない会話を、学校の通学路でする不良と、ひ弱そうな学生。


 学生は酷く怯えていて、内心またか、と不運を恨む。


「か、勘違いだよ。目が合っただけじゃないか!」


 不良は三文芝居で、自分がどれだけ酷い目にあったか、体を使って表現をした。


「俺はガンつけられて傷ついた。だ・か・ら、慰謝料よこせ」


「そんな無茶苦茶なこといわれても……。それにお金ならこの間貸したじゃないか」


「ならゲームソフトをよこせ」


「ぼ、僕の持ってるソフトも全部貸したじゃないか!もう何もあげれないよ」


「嘘をつくな、まだ存在があるじゃねーか。お前に借りたゲームは大して金にならねーし」


 学生は、さらりと告げられた真実に意気消沈した。


「売った!?あれは僕が、必死にお小遣いを貯めて買ったソフトなんだ」


 どうせ返ってはこないだろうと思っていたが、実際に現実に直面すると、悔しくてしょうがない。


「知るかよ。お前が生きてられるのは俺様のおかけだ、だから献上しろ」


 なんて自分勝手な奴なんだ。こんな奴に存在を渡せるわけがないだろ。


「嫌だ、存在だけは渡せない。僕の宝物なんだ」


「黙れ糞オタクが、きめーんだよ。相手してやってるだけ感謝しろ」


 今にも泣き出しそうな学生へ、助け船を出す者が現れた。


「おい、片岡。いい加減にしろよ。朝っぱらから見てて気分が悪くなる。弱いもの虐めはやめろよ」


 片岡は後ろを振り返り、声の主を睨みつけた。


「はあーん?誰かと思えば、優等生の鹿鳥訝かとりげん様じゃねえか」


 訝の虫ケラを見るような目に、苛立ちを覚えながらも、片岡は自分のペースを崩さない。


「だったら、この糞オタクの代わりに、俺様に恵んでくれるのか?」


 コイツは頭がイカれてるのか?訝は目眩を感じる。


「黙れよ、この下郎が。何様のつもりだ!」


「さすが、優等生様はいうことが違うな。そこまでいうなら、俺様と存在を賭けた勝負をしようぜ。擬似戦争じゃあつまらねー。やるなら戦争をだろ?」


 にやついた表情で訝の返事を待つ。


「身の程を弁えぬ猿が、良いだろう相手してやる」


 馬鹿が、罠にかかったな。優等生の面の顔を暴いてやる。楽しみが増えたぜ。


「場所は長瀬のフリーフィールドでいいだろ?俺様は町中ですると、有名すぎて過激なファンがきちまうからな。時間は二十時で良いか?」


「お前が存在使って町を破壊するからだろ。場所、時間については異論はない」


「楽しみだぜ、テメエの絶望する顔が」


 訝は、片岡がゲラゲラと笑い声を上げながら去っていくのを、つまらなそうに眺めていた。


 長瀬フリーフィールド、現在の時間は二十時。


 たくさんのギャラリーが集まり、今回の戦争を対象にして、賭博などを楽しんでいるようだ。


「逃げずにきたことを褒めてやるぜ」


 片岡の相変わらずのにやついた笑顔に、訝は気味の悪さを感じた。


「さっさと終わらせる。無駄口喋るな」


 優等生君は、口が減らねえーな。これから地獄を見せてやるぜ。


「そう慌てんな、俺様の夏侯惇-Bでたっぷり痛め付けてやるからよ。俺様も我慢が得意な方じゃねーからさ」


 片岡はそうだなと思案する。


「裏ルールで、一対一の一騎討ちでいいか?」


「構わない」


 訝の落ち着きっぷりに引っ掛かりを感じた。だが、俺様の夏侯惇に勝てるわけがない。


「それじゃあ戦争を開始するぜ」


 これから起きる戦争に、ギャラリーはゴクリっと唾を飲み込んだ。


「戦争を承認する」


「get underway」


 二人の声が交差をした。


 空間がデジタル化する。そして戦場には醜悪なゴブリンと勇猛な武将が現れた。


「レベルは32か、雑魚が」


 -Bクラスの夏侯惇のレベルは32、確かな実力はある。しかし……。


「テメエのは-Zのゴブリンじゃねーか!馬鹿にしてんのか?レベルは60で、中々高けーが。最低クラスのゴブリンだと!そんなに死にたいのか?」


 片岡は、訝を睨みつけ、これからどういたぶろうか舌なめずりをする。


「夏侯惇、一撃で潰してやれ。その後、訝、お前も痛めつけてやるからよ。最後は自分から、奪ってくださいと俺様に懇願させてやるよ」


 夏侯惇はゴブリンを剣で叩き斬ろうとしたが、ゴブリンは素早く回避した。


「!?」


「ゴブ太郎、本気を出して良いぞ」


 ゴブリンは背中の棍棒を握り、夏侯惇に叩きつけた。夏侯惇は回避することも出来ず、一方的に頭を叩き潰された。


「ハッ!?何だよこれ?俺様の夏侯惇が……。消えたくない、消えたくない、そうだ、お前が死ぬべきなんだよ」


 片岡は懐からナイフを取り出し、訝に向かって走り出した。


「ゴブ太郎、死なない程度に痛めつけてやれ」


 ゴブリンの醜悪な顔は、片岡を絶望に陥れるのに一役買った。


 その後、片岡はゴブリンに嬲られ、辛うじて意識保っている状態だった。


 ARPTに勝利の二文字が浮かんだ。


「夏侯惇を貰っていく、お前の#存在__いのち__#は奪わない。だが、次はないからな」


 訝の前にデジタルコードが浮かび上がり、コードをARPTでスキャンする。


 訝は片岡から、夏侯惇を奪った。


 それから一月が経った。訝が教室で本を読んでいると、クラスメイトの会話が、ふと耳に入る。


「片岡が退院したらしいけど、誰かに復讐をするとか言って?」


「それで?」


「レアな存在を持ってるらしい?佐藤に存在を賭けて勝負して逆に負けてさ。虐めてる奴に負けるとか」


「片岡って誰だ?」


「元クラスメイトだよ。そうか、お前いなかったからな!面白かったぜ。片岡の奴、マジ泣きしてて」


「へー、何かよくわからんけど、俺も見たかったな」


 クラスメイトの会話に、違和感を感じた。


「訝?どうしたんだ?ボーッとして?」


「いや、何でもない」


 訝はARPTを取り出し、一体の存在を眺める。無意識にARPTを握る指に力が入った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る