22話 囚われの貴族令嬢(3)

 窓のない部屋は、今の時間すら分からない。


 お腹が空いたけど、アーテ様の持ってきた食事は何が入っているか分からずとても食べる気にはならない。


「…………」


 ぼんやりと天井を見つめ、色々ありすぎたこの数時間のことを思い出す。


 ――あのエリスという女性の目的は何なのだろう。

 癒やしの魔法で人を懐柔してお金をだまし取って、用が済めば血の宝玉にして殺してしまう。

 被害者の魂だけが抜き取られたかのような変死事件のことは、あたしも何度か耳にしたことがあった。

 それは皆あの人達が引き起こしたもの?

 お金を騙し取るまでならまだしも、禁呪の魔器ルーンとするために魂を抜き取るだなんて、癒やしの魔法への恩が足りない人間への仕返しにしては度が過ぎている。

 

 相手を血の宝玉にして……その後は? ただ相手の心を読むためだけにあの宝玉を手にしている? そうは思えない。

 何かもっと……別の大きな目的のために人を血の宝玉にして、集めている……?

 ――恐ろしい。本当に、どうすればいいんだろう……。


「ジャミル君……」


 こんな時に頭に浮かぶのは彼のことばかり。

 もう何度かわからないくらい唱えている。彼は正義のヒーローでもなんでもないのに、助けて欲しいとずっと思ってる。

 

 

 ◇

 

 

「ん……いたた……あれ?」


 心も体も疲れていたためか、ベッドにもたれかかって座ったまま寝てしまっていた。

 何か手の甲にチクッとした痛みを感じて目を覚ます……と。

 

「え……」

 

 あたしの手の甲を、小鳥がツンツンとつついていた。


「キミは……嘘でしょ?」


 紫色の小鳥、ウィル。彼の――ジャミル君の使い魔。どうして。

 ウィルはあたしの顔を見て床をちょこちょこ歩いた後、ピピピと鳴いて羽ばたいた。

 手を伸ばすと、あたしの人差し指に止まる。

 

「どうしたの? どうしてこんな所に? ……ご主人は?」


 色々聞いてみても、彼(彼女?)は首をかしげるばかり。

 使い魔は主人の傍に付き従い、独自に動くことはないはず。でも傍にいるはずの主人――ジャミル君はどこにもいない。

 

「どうやってここに来たのかしら……ねえ、ここは危ないのよ。ご主人の所に帰りなさい」


 あたしが色々言ったところで、この子の主人はジャミル君だから彼の命令しか聞かない。

 ご機嫌にピピピチチチと鳴くウィル。

 いつもひよこやスズメみたいなぽってり小さい姿だけど、今日はスリムだ。この風体、まるで……。


「ねえ、小鳥ちゃん。今日はカナリアみたいな姿をしてるのね」


 昔飼っていた白いカナリアのピッピ。紫色だけどあの子にそっくりな姿をしている。

 あたしのセリフを聞いて、ウィルはまた嬉しそうにピピピと鳴く。

 

「ふふふ……かわいい」


 ここ数時間で荒んでいた心が癒やされた気がした――とはいえ。


「絶体絶命なのは変わりないのよね……あっ」


 指先に止まっていたウィルはパタパタと羽ばたき、ベッドにダイブした。


「?」


 ピピッと鳴いて今度はあたしの肩に止まり、そしてまたベッドにダイブ……それを2、3度繰り返した。


「なあに? そこに何かあるの? 遊びかしら?」

 

 何か意図があってそうしているのかただ戯れているだけなのか分からず、あたしもベッドに腰掛けてみる。

 そうするとウィルは満足したようにチチチと鳴いて、自らの羽毛をもこもこにして埋もれた。

 かわいい。かわいいけどカナリアはそんなんじゃないわ……ジャミル君、きっとあまり鳥に詳しくないわね。

 

「なあに? ……寝ろってことかしら?」


 ウィルは更にピッピッピッと鳴いて、さらに羽毛でもこもこになった。


「言いたいことは分かったけどのん気に寝てる場合じゃ……って、さっき寝ちゃってたけど……」


 入り口は人を監禁するために造ってあるような部屋だけど、内装や家具は豪華だ。ベッドもほどよくふかふか。

 正直実家のサンチェス伯爵家のものより高級品だ。

 横になってみると眠気が襲ってくる――ああ、こんな時にも普通に眠いなんて、なんだかんだであたしは世間知らずの箱入りね……。

 

「ねぇ、小鳥ちゃん……あたしが寝てる間にいなくならないでね。消えたりしないでね」


 うつぶせになって、枕元でもこもこ羽毛の塊になっているウィルに声をかける。


「ね、お願いね。ベルさんは、意外と寂しがりなんだから……」


 懇願するようにそう言うと、片方の翼をちょっと上げてウィルはピッと鳴いた……了解の合図だろうか。

 そのままあたしは、どろりと溶けるように眠りの世界に落ちてしまった……。

 

 

 ◇

 

 

「あ……」


 朝か深夜かも分からない時間に目を覚ますと、枕元にあの子の姿はなかった。


「……消えないでって、言ったのにぃ……」


 ――あの子がいたのは夢だったの?

 最初から一人だった時よりも俄然心細くなって、あたしはまた半べそ状態になってしまう。

 この際もう大声で泣き叫んでやろうかしら……そう思った瞬間だった。

 少し離れた位置にある壁から紫色の霧が吹き出して、扉が出現した。

 

「!!」

 

(これって……!)

 

 隊長とカイルさんがよく話題に上げていた――"彼"が自らの使い魔、ウィルを介して使う魔法。


「あ……!」


 扉を開けて、ジャミル君が出てくる――ウィルがあたしの元に来ていたのは夢じゃなかったんだ。主人を呼んで、助けに来てくれたの?


「ジャ……」

「ウィル! お前何だよここ、市場じゃねぇじゃねーか!」

「えっ」


 声をかけようとしたら、彼が扉から鳥の姿に戻ったウィルを両手で掴んで大声で苦情を言う……あれれ?

 

「つーか、ここ人ん家……しかも貴族の屋敷じゃねえのかこれ!? 不法侵入じゃねぇか激ヤバだよ! 早く戻っ……あれ?」


 バサバサピィピィと暴れるウィルを叱責していた彼はようやくこちらに気づいた。


「ご、ごきげんよう……」


 キョトンとしている彼に小さく手を振ると、緩まった彼の手からウィルが脱出してあたしの肩に止まった。


「お、おお。え、なんで……ここもしかしてアンタん家?」

「……いいえ」

「そりゃよかった……で、ここどこ? てか顔どうした? すげえ腫れてる」

「あ、あの……実は」

 

 

 ◇

 

 

「ふーん……」

 

 彼に事情を説明した。状況が状況だけに、手短に。

 改めて、自分で喋りながら情報を整理してみても正直意味が分からない。

 

「……めっちゃやべえじゃん」

「え? そ、そうね」

「カイルのヤツからも話聞いてたけど、最近どうしたんだ? ヤベー真実を調べる系の冒険者になったのか?」

「な、なってないわ。たまたまよ」

「ふーん……難儀だな」

「……そ、そうね」

 

 なんとも軽いノリの彼に気が抜けてしまう。

 闇堕ちしかかったから色々達観しているんだろうか。

 

「とりあえずこんなとこ出ようぜ。……ウィル!」


 あの扉の魔法を出そうとしてか彼がまたウィルの名前を呼ぶも反応しない。あたしの肩でピピピと鳴くのみ。

 

「ウィル……」

「……どうしたの?」

「魔力が尽きてるみてえだ……」

「ええっ」

「なんでだ? 1日10回はできるのに」

 

「あの……沈黙魔法サイレスがかかってるからかしら?」


 壁紙に描かれている沈黙魔法サイレスの印を指差してそう言うと、彼は顎に手をやりながら興味深そうにその印を見た。


「へえ……こんな使い方出来んのか。でも沈黙魔法サイレスって影の術で、コイツはその上位の闇だから影響受けねえと思うんだけどな……」

 

「そうなの……えと、じゃあ、あたしのところにひとりで来てたからかしら」

「……え?」


 あたしがそう言うと、彼は目を見開いて口元を覆い隠した。やがて目線をよそに向けて黙りこくってしまう。

 気のせいだろうか、さっき血の宝玉だのの話をした時よりも真剣に何かを考えているように見える。

 

「あのね、あたしがうたた寝して、起きたらこの子がいたの」

「…………」

「『ご主人は?』って聞いても鳴くだけで……ずっとひとりで動いていたからそれで魔力使っちゃったのかしらね」

「…………」

「それであの、次目覚めたらいなくて……そしたらこの子がキミを連れてきたの」

「…………」


 ポツポツとウィルに関しての不思議なことを報告するも、彼は口を手で覆い隠し目を逸らしたまま。


「あの……どうしてこの子ひとりで来たのかしら?」

 

 質問の答えはない。さっきみたいに主人の命令なく勝手に動いた使い魔を叱ることもなく、何も言わない。

 怒っているわけではなさそうだけど、何かまずいことを言ってしまった……?


「あの……ジャミル君?」


 無言で固まっている彼に呼びかけると、少しして顔を逸らして俯いたままあたしの右手首をつかんだ。


「ひゃっ……」


 驚いて素っ頓狂な声が出てしまう。

 そのまま顔を上げて、彼はあたしをまっすぐに見つめる。闇に堕ちかかって紫色になった瞳――まるで魔術にかかったようにあたしは動けず、目も逸らせない。

 見つめ合っているだけで目が潤んで、心臓が跳ね上がる。

 

「ジャ、ジャミル君? どうし――」

「……オレを」

「え?」

「オレのことを……ずっと呼んでた?」

「――!」

 

 ――どうして。

 突拍子もない彼の言葉――けれど彼の瞳は確信に満ちていて、あたしはただ事実の確認をされている、そう思えた――。

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