18話 帰ろう

「ルカ姉ちゃん! 大丈夫?」

「フランツ……!」

 

 司教ロゴスが立ち去った後。

 フランツが笑顔で人差し指と中指を立てるポーズをしてきた。ピースサインというらしい。

 

「ねぇ、ねぇ、ルカ姉ちゃん。見てくれた? おれ、魔法使えちゃった! すごい!?」

「どうして……」

「ん?」

「どうして、あんなことをしたの!!」

「……姉ちゃん」

 

 また涙が出てくる。

 話が全く通じない司教ロゴスの出現、連れ去られそうになった。

 そこへフランツがやってきて、ロゴスに魔法をぶつけようとした。結果的にロゴスは何もしなかったけれど、殺されると思った。

 

「あの人は、すごく魔力が高くて、紋章があって、強い! フランツは、弱い! あんなことをして……殺されるところだった!!」


 わたしが大声を出すとフランツの目が潤み、眉毛が垂れる。


「……でも、ルカ姉ちゃんが連れて行かれるって思ったんだ。守らなきゃって。そう思ったら魔法が出たんだよ」

「……わたしは、フランツに守られるほど弱くない」

「でも、魔法使えないんでしょ。じゃあ今おれより弱いよ?」

「……」

 

「ルカ姉ちゃん、帰ろうよ。みんな姉ちゃんのこと探してたんだよ」

「わたし……嫌」

「あの銀髪の女の人はもういないよ。大丈夫だよ」

「あの人に……カイルさんに、時計をぶつけた。きっと怒ってる」

「カイルさん怒ってないよ。ケガ治ってるし、大丈夫だよ」

「お花……」

「花畑は……虫はちゃんと片付けたよ。枯れた花は抜いて片付けちゃったけど……でもまた植えようよ」

「植えてもそれは……もうあの子達じゃない」

「そうだけどさ……はい、これ」

「これ……」

 

 フランツが手渡してきたのは、わたしがずっと書いていた花の絵日記。

 

「お花は枯れちゃったけどさ、思い出は残るよ。この絵の中だけど、生きてるよ」

「……っ」


 涙が止められない。今の感情を説明するのは、わたしには難しい。

 

「いきなり枯らされちゃったのは悲しいけどさ……また、新しい思い出作ってこうよ」

「新しい思い出……」

「……おれさ、もうあと2週間くらいしたら、いなくなるんだぁ」

「え……?」

「あの女の人を捕まえに来た聖銀騎士様がね、おれの父上のことを知ってたんだ。……で、おれの話を聞いて、それなら自分の屋敷に来ないかって。後見人になってくださるんだ」

「……お別れなの? ジャミルと同じ」

「うん。でも、侯爵様のお屋敷に行くから……ジャミルとちがってもう会えないかも」

「会えない……」

「だからさ、ちょっとでもここのみんなとのいい思い出が欲しいんだぁ」

「……フランツ」

 

「ほら姉ちゃん、もう帰ろ? おなか空いてない?」

「……おなか……空いた」

「じゃあ、砦に帰ろ。……歩ける? おれがおんぶしてあげようか」

「歩ける。……フランツ、小さいのにおんぶは無理」

「そんなことないよぉ、おれ、ここに来たばっかの時よりも身長伸びたんだぜ。あと何ヶ月かしたら姉ちゃん追い越すよ!」

「わたし……わたしもまだ、成長株」

「え~~~」

 

「レディだからエスコートしてあげる」と手を差し出すフランツの手を取り、わたしは彼と一緒に砦に帰った。


 彼の手は温かく、そんなに小さくなかった。

 

 

 ◇

 

 

「ルカ! ルカぁっ……無事だったのね! うう、よかったよぉ……」


 砦に帰ると、レイチェルがわたしに抱きついてきた。

 ……温かい。あの司教ロゴスとは違う。

 見たことのない服。……学校という所の服?

 

「レイチェル……学校じゃ、ない?」

「学校帰りにいつも寄ってくれてたんだ。……君が帰ってきてるか心配して」


 少し後ろの方でカイルさんがそう言って笑う。フランツの言う通り、腫れていた顔は元に戻っていた。


「……時計ぶつけた、ごめんなさい」

「いいよ。俺も叩いたし……後からもっと痛い思いしたしね」

「……?」


 彼がそう言うと、みんな何か不思議な顔で笑っている。

 

「あたしがバッチリ治したし大丈夫よ。ねえルカ、ずっとどこに行ってたの?」

「街、歩いてた」

「えー、5日間も? どこで寝てたの?」

「森」

「も、森……危ないよ、よく無事だったね……」

「……光の塾の、司教に会った。戻って来なさいって」

「え!?」


 わたしがそう言うと、レイチェルにベルにカイルさん、3人共とても驚いた顔をしている。

 

「魔法も戻してあげる、感情という穢れを全部洗い流して、赦してあげるって。それで、」

「ル、ルカ……戻っちゃいやだよ……」


 そう言って、レイチェルがポタポタと涙を流す。


「あ……」

「光の塾に戻って、嫌なこと全部忘れて、感情も全部洗い流すなんてそんなの、そんなの……」

「ん、わたし、だから」

「確かに急に辛くて悲しい事があって、ショックだったかもしれないけど……」

「あ……」


 ――レイチェルがどんどん言葉を繰り出すから、どこで言葉を挟めばいいのか分からない。

 

「でもでも、嬉しいことや楽しいこともないことになっちゃうんでしょ? それって神様が与えたものじゃなかったでしょ……ルカが、自分で体験したことでしょ……」

「!」

「お願いだよ……、ルカがせっかく見つけたルカを、捨ててしまわないでよ……」

「レイチェル……」

 

 わたしが見つけた、わたし……。

 

「わたし……わたし、」

「ルカ、行かないでよぉ……ううう」

「……わたし、戻らないって言った」

「えっ……ほんと!?」 

「ここにいたいから。みんなといたいから。思い出を作りたい……ここが、わたしの場所」

「ルカ、ルカ……! う、ううううう~~……!」

「泣かないで……」

「うううぅ、ごめん……変な怖い女の人は来るし、フランツはもうちょっとでお別れだし、このうえルカもいなくなったらって、もうぐちゃぐちゃで、……ごめんねええぇ……」

 

「あららら、レイチェル……」

「はは……俺達の兄弟喧嘩の時みたいになっちゃった」

 

 レイチェルはその後も涙をボロボロ流しながら泣き続けた。

 ベルがレイチェルの背中をさする。

 レイチェルは泣いているのに、他のみんなは笑っている。

 お花が枯れてわたしが泣いていた時とは違うみたい……よく分からない。

 

 わたしの目からもまた涙が出てくる。光の塾では、涙は不完全なモノだけが出すもの。

 わたしは不完全。神じゃなく、自分で喜びを見つけた"ヒト"。

 神様から見れば罪深い存在。……でも、それだって全然構わない。

 わたしは、もっとわたしを見つけていきたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る