◆エピソード―カイル:武器屋の少年(3)
(駄目だ駄目だ、こいつから離れよう……)
――親方がいないのなら、少しどこかで時間潰してくればいい。どっかでうまい物でも食べてアタマ冷やせばまた元通り。
またペタッと笑顔張り付けてきて、こいつのことは次からもう無視すればいいんだ。それがいい、そうしよう。
俺は少年に目をやることなく、
……すると。
「……嘘つき野郎」
少年が俺の背中に小さく呟いた。
俺は瞬時に振り返って、そいつの胸ぐらをつかんだ。
「は? 何が……何が、嘘つきなんだよ……名前か?」
「……偽物の名前使ってるから、嘘つき野郎。何が、間違ってる……」
少年はなおも、犯罪を糾弾するかのように俺を睨みつけている。
「なんで、お前なんかに……! よくも、よくも」
――よくも俺の名前のことを言ってくれた。
俺がどんな気持ちでどんな境遇でそうしているかも知らないくせに。
……許せない。許さない、お前なんかに……!
「お前なんかに、何が分かる!!」
そう叫んで俺は少年を思いきり殴り飛ばした。
『3人がかりで子供によってたかって恥ずかしくないのか』――さっきそう言ったのは、どこのどいつだったか――。
我に返った時には、後の祭り。
俺との身長差20センチはありそうな痩せぎすの少年はまるで羽毛のように吹き飛んで、積み上げてあった木箱に身体を打ち付けた。
(し、しまった……いくらなんでも、やりすぎ――!)
考えている途中に、頭の真上にゴンという衝撃。
「いでっ!! な、何……っ、……あ! 親方っ!!」
後ろに武器屋の親方が立っていた。さっきの衝撃は親方が俺の頭にゲンコツを振り下ろしたからだった。
「外がやかましいと思ったら……何やってんだ!!」
親方がすごい剣幕で怒鳴りつけてくる。
「う……、だってさ親方、こいつ何なんだよ!? 俺のことずっと睨んでくるし、助けてやったのに礼も言わないし急に俺の名前侮辱してきてさぁ、生意気なんだよ、俺客だよ!?」
「やかましい、ガキが!!」
「ぐっ……」
(なんでだよ~~~~)
頭痛いし、イライラは止まらないし最悪の日だ。
殴ったのは確かに俺が悪いけど、そもそもあいつが煽ってこなきゃこんなことにならなかったのに全く納得いかない。くそー!
親方は少年の方へドカドカと歩いていき、首根っこをつかんで俺の前に引きずってくる。
そして少年にもゲンコツをお見舞いした。
「……っ!!」
「おめーは喋らねー、名前も言わねーくせに大事なお客さんに暴言は吐くとは何事だ!! 謝れアホ!!」
少年の頭にまた一発ゲンコツが振り下ろされる。
「…………チッ」
「えらっそ――に舌打ちできる身分か!! メシ抜きにするぞ!」
「……すいません、でした」
『メシ抜き』に反応した少年はめちゃめちゃガン付けながら俺に謝罪の言葉を口にした。
「何だよその顔!! 親方こいつ全然反省してない、謝る態度じゃないんですけど!」
「黙れ!! 正規の騎士の訓練受けてる人間が、一回りも二回りも小さい子供を殴り飛ばすとはどういうこった! 騎士の
少年を指差しながら文句を言いまくる俺に、ゲンコツがまた振り下ろされる。
「いっ……てぇ~~」
「ホレ、あんたも謝らんかい!!」
「く……っ」
不本意だ。不本意だが親方の言う通りだ。
いくら暴言吐かれたとはいえ、ガリガリの子供をぶっ飛ばしたとあっては騎士の、いや人間の恥だ。
「そ、その……悪かった」
「…………」
少年は少し驚いたような顔をしたが、すぐにまた不機嫌な顔で目をそらして「フン」と鼻を鳴らした。
「この……っ」
(ムカつく~~~~)
◇
「あっ……」
「…………」
その次の日、俺は調整してもらった武器を受け取りにまた武器屋を訪れていた。
そこでまたあいつと鉢合わせした。武器屋の裏でゴミを捨てている所だった。
昨日の今日なのに、また俺を睨みながら去ろうとする。
ムカつくが……でも今日は、どうしても確認したいことがあった。
「ま、待ってくれ、待ってくれよ……俺、君に聞きたいことがあって」
「……何」
(おっ……?)
少し話す余地がありそうだ。俺は言葉を続けた。
「昨日君が言った通り『クライブ・ディクソン』っていうのは偽名で……。俺の本当の名前は『カイル』っていうんだ。わけあって、フルネームは名乗れないからファーストネームだけでカンベンしてほしい。それで」
「……カイル?」
「あ、ああ」
久しぶりに呼ばれた自分の本名に胸がじわりと熱くなった。
少年は初めて睨む以外の目線で俺を見る。やがて伏し目がちに呟く。
「同じ色だ」
「……色?」
「『カイル』の方が、あんたに合ってる」
「え……そ、そうかな……?」
『なぜ俺が偽名だと分かったんだ』と聞くはずだったが、少年の一言でそれはすっぽ抜けてしまった。
本名の方が、俺に合っている――。
「はは、ありがとう。ありが……」
涙が出てきた。
いっそ忘れた方が楽だったと思っていた自分の名前をそう言われて、涙が次々にこぼれる。
「笑ったり怒ったり泣いたり……疲れないのか」
まさか俺が泣くとは思わなかったらしい少年が怪訝な顔で俺に尋ねた。
「疲れる……けど、ずっと笑ってるより疲れなくていいかな……はは」
「変な奴……俺もう行っていい?」
「ああ……けど、俺は自分の名前を名乗ったんだから、君の名前も教えてくれよ」
「……グレン。グレン・マクロード」
「グレンか……改めて、よろしく」
「よろしくって何を? 俺は別にあんたに用事がない」
「うっ……かわいくないなお前」
――それから、すごく仲がいいというわけでもないが、ちょくちょくグレンと話すようになった。
奴は『クライブ・ディクソン』という名前は呼ばない、呼べない。
制約を少し破ってしまったが、心が楽になった。
俺は細かいことは考えない。
俺の心が楽になったんだから、それでいいんだ。
◇
「……やっとルカと話せたよ」
「ふーん。殴ってないだろうな」
「殴るかよ。お前じゃないんだから」
そう言うとグレンは少し笑った。
俺達は食堂で来週の依頼について菓子をつまみながら会議していた。
今座っているテーブルは、他のに比べてツヤツヤのピカピカだ。
「このテーブル、ピカピカだな」
「ああ、新しいのを買ったんだ。……前のは誰ぞが破壊してくれたからな」
「…………」
ヤブヘビだった。俺と兄がハデに暴れて、テーブルとイスをいくつか壊してしまったのだった。
「わ、悪かった……はは」
「いや。……昔は……名前のことをあれこれ言って、すまなかった」
「え……ああ……」
あのやりとりで名前のことで俺が叫んだ内容で、グレンも思うことがあったんだろう。
――お前は二度と『カイル・レッドフォード』という名前を名乗るな。偽物の名前でずっと生きろ。嘘つき野郎が――
(『偽物の名前』『嘘つき野郎』か……)
あの時と同じセリフ――冷静さを失っていた中でもあれは刺さったな。お前、すごく怒っていたんだよな……。
「……いや、いいんだ。俺も今回は……悪かった」
「……別に。……それよりお前、俺のレモネード全部飲んだだろ」
「えっ あれ、お前のなの」
「あれはレイチェルが俺に作ってくれてたレモネードだ。ラベル貼ってあっただろ」
「そうだっけか……悪いな。いや、ちょっとがぶ飲みしたい時とかあるだろ?」
――兄が目の前で貴族令嬢に告白してフラれた時とか。
「知るか。貴様は酒でも飲んでろ」
「『貴様』て」
グレンはフッと鼻を鳴らし、悪そうに笑う。
まともな話のつもりが結局つまらない話になってしまう。
俺達はお互いに深く詮索しあわない。それでなんとなくずっと成り立ってきた。
ゴチャゴチャ考えるのは性に合わない。
いい大人になっても、俺はやっぱりそれでいい。
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