戸惑いの貴族令嬢―ベルナデッタ(前)

 ある夏の日の昼下がり。


(駄目だ……ラーメンは危険だわ……)


 ラーメン仕込もうと思ったけど、あまりにボーッとしてしまうから自主的にやめておいた。

 ボーッとしてる間に吹きこぼれたりしたら危ないものね……。


「パフェでも食べよ……」


 細くて長いパフェ用のグラスを取り出す。

 ――何にしようかな。いちごパフェにしようかな。

 いちごソース入れて、チョコクランチ、バニラアイス、バナナ……それでチョコソース入れて、いちごアイス。いちごスライスを周りに乗せます、そしてホイップを絞ります……。


「はぁ……」

 

 ――彼がここを去って10日ほど経った。

 

 常に不機嫌でつまらなそうな顔だから怖いのかと思ったけど意外といい人。

 聞かれたことには親切に根気よく教えてくれる。

 辞める前の引き継ぎでは……あたしはあまり勉強得意じゃないから分からないことだらけだったけど、噛み砕いてわかりやすく教えてくれた。

 呪いの黒い剣を持ってて情緒不安定なところも多々あったけど、普通の若者って感じ。

 

 すっごい兄弟喧嘩、すごい物音に、殴り合いに感情のぶつけ合い。

 さすがに驚いたけど、家族にあんな風に感情を吐き出せるのっていいなって思ったわ。

 呪いが解けてからこっち、よく笑うようになった。

 弟さんと冗談言って笑い合ったりして、声出して笑ってさ。

 声も顔もすごい明るくなった。

 ――回復魔法じゃ、ああはならない。

 回復魔法ってね、相手の感情がちょっと伝わってくるの。

 今彼に回復魔法かけたらどんな感情なのかな。

 何が見えるのかなぁ、抜けるような青空……そんなのが見えるのかなぁ。

 

 自分の好きな仕事に戻れて嬉しそう。

 ああ、キミって本当はそんな風に笑うのね。そんな楽しそうな顔しながら料理を作るのね。

 いいなぁ、いなくなっちゃうの残念だな。もうちょっと今のキミと話してみたかったな。

 ――もうちょっと、見ていたかったなぁ。

 

 そんな風に考えるようになってた。

 この気持ちの正体をあたしは知ってた。

 だけど形にしたくなかったから、しちゃ駄目だって思ってたから、このまま曖昧に終わらせようってそう思ってたのよ。

 ……それを。それを……!

 

 ――オレは、アンタのことが好きだな。

 

(ひ――――!)


 顔が一気に熱くなる。

 なんでなんで、あたしがモヤモヤのままにしようと思ってたのをたやすく形にしちゃうわけ?

 ていうか、そんな素振り一切ありませんでしたけど!? 

 しかもそんな直球で投げてくるなんて、それも弟さんもいる所で!

 

 ……婚約者がいるのよ、一応。

 顔は一応見たことがありますレベルの、ほとんど知らない人だけど。

 うちよりもっと権力持った伯爵家の息子よ。

 父の代で終わりのはずだったサンチェス伯爵家。あたしは自由に色々できるはずだったの。

 でも癒やしの力に目覚めてから親が野望持っちゃってさ。

 勢力拡大するために結ばれた婚約よ。癒やしの力持ってる妻はネームバリューがあるのよ。お飾りよお飾り。

 両親は仲良くなかったから、別に恋愛にも結婚にも理想はなかった。

 だから勝手に決められた結婚も「そんなものだもんね」って受け入れたわ。

 当然ながら婚約者がいるから、男性とお付き合いしたことなんかない。

 それが、思わぬ所で、思わぬ人に……もう結婚なんて考えたくなくなっちゃったじゃない。

 

「……ベルナデッタ」

――『好きだ』『うれしいあたしもよ!』で飛び込んでいけたらどれだけいいことか……。

「ベルナデッタ」

――『時の勇者』の結末はお姫様と勇者が色んな困難と葛藤の末に結ばれて……憧れちゃうなーそういうのって思っても、所詮は物語の中のことだからね……。

「ベルナデッタ!」

「へあっ!? た、隊長!」


 大きい声で呼ばれてへんてこな声を上げてしまう。隊長があたしを呼んでいた。

 

「ご、ごきげんよう。どうかいたしまして?」

「いや……ホイップがえらいことになってるが」

「ええっ? ……ひいいいっ!!」


 ボーッとしたまま絞っていたホイップは塔のようにうず高く……そして途中で折れて、その上にまた絞ってまた折れて……調理台がえらいことになっていた。


「……大丈夫か?」

「だ、大丈夫です! 自分でやります!」


 呆れたような顔で尋ねた隊長に、焦りながら返す。

 なんてもったいないことを……こぼれたホイップをスプーンですくい上げ、別の皿に盛った。

 そのあとは布巾で拭い取る……ホイップはなかなか拭き取れないのよー、何やってるのかしらあたし! ぴえん。

 隊長は冷蔵庫を開けてレモネードの瓶を取り出し、グラスに注いでいた。


「……ラーメン夜会には時々顔を出すって言ってたじゃないか」

「へっ?」


 ラーメン夜会に? そんなこと言ってたかしら。


「そうでしたかしら……あたし、聞いてませんでしたわ。けどラーメン夜会って遅いですし、ジャミル君も来るとしたら仕事のあとですよね? 無理して来なくても……」


 あたしのセリフの途中で隊長が鼻でフッと笑った。


「??」

「……俺は」

「はい?」

「俺は、ジャミルなんて一言も言ってないんだが……?」

「え……っ、な、な、なななななな……っ!?」


 隊長がレモネードのグラスを片手にニヤリと笑う。


「ひ、ひどーい!」

「何がひどいんだか」

「か、カイルさんから聞いたんですね!?」

「カイル? 何のことだ?」

「えっ、ちがう? た、隊長は他人に興味なんかなさそうなのに、なんでです!?」

「おいひどいな。まあ確かに興味はあまりないが……そんな俺でも分かるレベルだぞ」

「うそー!?」

「逆に何故わからないと思ったんだ? ずっとめちゃくちゃ見てたじゃないか」

「……!!」


 そ、そんなに……? ウソでしょ? 


「……楽しみだな?」

「なっ、なっ、な……」


 興味の対象が自分から移ったからなのか、隊長はすこぶる楽しそうだ。ひどい。あんまりだ。

 やがて隊長はパントリーから出してきたチョコレート菓子を大量に抱えて、レモネードと共に去っていった。

 ……チョコレートとレモネードって食べ合わせ悪くない?

 

 あああああ、それにしたってどうしよう。

 ラーメン夜会に彼が来る? ウソでしょ、何話せばいいの?

 告白された日以来、まともに顔も合わせてない。

 どんな態度でいれば……ていうか彼はどういう態度であたしに話しかけてくるの?

 どうしよう、嬉しい以上に怖い。


(そうだ……レイチェル!!)


 レイチェルと話してれば、彼と接することなく済みそうだわ! ああ、救いの女神!!

 

 

 ◇

 

 

「あのねー、ベル。わたし来週いないから――」

「な なんだって――――!?」

「…………」

 

 あたしのあまりの剣幕にレイチェルはドン引きして言葉を失う。


「あの、えと……ごめんね? 毎年夏は家族で旅行に行ってて……おみやげ買ってくるからね」

「……!!」


 おみやげは欲しいけど、それ以上に心細い。


「あの……ご飯作るの大変だったら、ジャミルに手伝ってもらえば――」

「だだだ、駄目よそれは! 彼はやめた人なんだし、手をわずらわせるわけにはいかないわ。あ、あたしが気合で乗り切ってみせるわよ。ラーメンで」

「そう? ジャミルなら快く手を貸してくれそうだけどな」


 ――知ってる。知ってるわ。彼はそういう人よ。

 そこが、そこが……そこも、好きなのよ。 

 

 あ――ん もう!

 それにしたって、どういう顔で会えばいいの~~!? 

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