◆エピソード―カイル:武器屋の少年(2)

「……お、お客、さん」

「ん……?」


 武器屋をあとにしてぶらぶら街を歩いていると、後ろから声をかけられた。


「あ……武器屋の」


 振り向くとさっきの武器屋の少年だった。

 黒髪に灰色の瞳、白い肌。


(……ノルデン人だ)


 俺の故郷ではあまり見なかったが、この街はノルデンに近いからノルデン人もよく見かける。

 

 一つにまとめた長い黒髪はバサバサ。

 背丈は小さく、栄養が足りていないのか痩せぎすで手足は枝のようだった。

 ノルデン人は肌が白いのが特徴だが、白いというよりは青白く血色が悪い。

 歳はいくつくらいなんだろうか。見た所11~12歳かそこらに見えるが、もしかしたらもう少し上かもしれない。

『お客さん』の一言しか喋っていないが、声は高かった。

 顔立ちは整っていて、女の子と言っても通用しそうだった。

 

「どうしたの? 俺に用?」

「……財布」

「財布? ……さっ、財布!?」

 

 彼が差し出したのは俺の財布だった。

 バババッとポケットや道具袋を確認したら、確かになかった。店に忘れていたらしい。


「うわうわ……届けてくれたの? ありがとう!!」

「……」


 差し出した財布を受け取ると、少年は無言で踵を返し去っていく。

「あ……ま、待って、君!」

「…………何」

(う、うわぁ)


 俺が呼び止めると少年は敵意バリバリの目でギロリと睨んできた。

 

「財布届けてくれてありがとう。俺は……クライブ。クライブ・ディクソンっていうんだ。あの武器屋にはちょくちょく来てるんだ、よろしくな」

「…………」

(さ、殺気……)

「ええと、君の名前は?」

「……お前なんかに言う名前はない」

「え……」


 吐き捨てるように言うと、また俺を睨みつけて少年は走り去っていった。


「な、なんだよあいつ……腹立つな――!」

 

 ……とはいえ、彼は盗みに入った先でとっ捕まってボコボコにされた上にタダ働きさせられてるわけで。

 不本意ながらも働かされている所にくる客なんか敵でしかないだろう。


(しょうがない……次会った時も話す機会あれば話してみればいいか)

 

 

 ◇

 

 

 ある日俺はまた武器屋に行くためにカンタール市街を歩いていた。


「ふう……」

(またあいついるのかな……正直何回もガン付けられるのムカつくんだけどな)

 

 あれから何度か武器屋に訪れたが、例のノルデン人の少年は俺の顔を見るなり睨みつけてくる。

 話しかけてもほとんど一言も発さない。

 武器屋のおかみさんに聞けばやはりほとんど喋ることはなく、3ヶ月ほど経っても名前一つ聞き出せていないらしい。

 殴ってまで聞き出すのも何か違うだろうということで、そのまま『ぼうず』『お前』『あんた』と呼んでいるとか。

 そこが嫌ならそのうち出ていくのかと思いきや、出ていったりはしない。

 タダ働きと言えど食事が出るからじゃないかと親方は笑っていた。


(今日は剣を預けに行くだけだし、あいつに出会わないようパッと行ってパッと出よう。うん。そうしよう……)

 

「……おい、お前聞いてんのかよ」

「なんとか言えよ!!」


(……ん?)


 武器屋の近くに辿り着くと、何か言い争っているような声が聞こえた。


(あ……あいつ!)

 

 あの武器屋の少年が、3人の男に絡まれていた。


「ぶつかっておいて謝罪の一つもナシかぁ? きったねぇカラスの病原菌がついたらどうしてくれんだよ」

「……!」


『カラス』というのはノルデン人の子供の蔑称だ。

 戦争と災害で家を失った子供が、盗みを働く。風呂に入れないので衛生状態は良くなく、虫がたかっている子供も多いという。

 ゴミ箱を漁り光り物を集める不衛生な子供――髪が黒いことも相まって、いつの間にか『カラス』と呼ばれるようになったらしい。

 国境に近い所では特に差別が顕著と聞く。

 今もあの少年に対して聞くに堪えない罵倒の文句が飛び交っている。

 カラスが人間のふりしてうろつくな とか、そこにゴミ箱があるから漁れ とか。

 少年は、絡まれている今も、相変わらず何も言葉を発さない。

 いつも俺を睨みつけてくるのに、表情が一切消えたような顔でただ男達に罵声を浴びせられていた。


(親方はいないのか……?)

 

「おい聞いてんのか!? 耳聞こえてねえのかクソカラス!」

「つーかこいつって男? 女みてーな顔してるけど」

「あー、ほんとだな。カラスでも女だったらんじゃね? おいちょっと確かめようぜ」

 

 男のうちの一人が、少年の服に手をかけて破ろうとしていた。


「……!!」


 さすがに見過ごせない。俺は4人の間に割って入った。

 

「やめろ!! 3人がかりで子供によってたかって、恥ずかしくないのか!? 今すぐここから消えろ!」

「はぁ? 何だよこいつ……」

「おいやめとけ、こいつ赤スカーフ巻いてる……竜騎士だぜ」

「チッ……正義ぶりやがってよ……寒い寒い」

 

 3人は本気で手出しをするつもりはなかったらしく、ブツブツと管を巻きながら去っていった。

 

「……大丈夫か?」

「……」


 3人が去っていったあと少年に声をかけたが、あいも変わらず何も喋らない。

 そしてまた俺を睨みつけている。なんでだよ。その目はさっきの3人に向けろよイラつくなー。

 

「あいつらガラが悪いだけだから気にすることないけど、君も君じゃないか? 黙ってたら何も伝わらな――」

「――うるさい」

「え?」

「ムカつく。消えろ」

「……は? 何だよお前、助けてやったのにその態度は」

「助けてなんて頼んでない。消えろ、俺の前から。二度と来るな」

「……断るね。俺はあそこの客なんだからこれから先も来るよ……嫌ならお前が消えな! ……っていうか、お前何なんだよ一体? 俺のこと睨みまくってさ。俺がお前に何かしたか? 文句があるなら言えよ!!」

「お前、気持ちが悪い。ムカつく」

「はぁ? 何が――」

「偽物だ」

「え?」

「お前、偽物の名前を使ってる」

「えっ……!?」

 

 急に予想外のことを指摘され、俺は言葉を失ってしまう。

 なんで偽名を使ってる事が分かる?

 いや、それよりも……。

 

「ぎ……偽名だとして、それが何だよ? お前に何の迷惑がかかってる? 気持ち悪いとかムカつくなんて言われる筋合いないんだけど!」


 ――そうだ。俺だって名乗りたいよ。『クライブ・ディクソン』って誰なんだよ。

 制約? 魂がリンク? 何の話だよ意味分かんないんだよ。ムカつくムカつく、俺の方がよっぽど腹立ててる。

 

 次第にフツフツと怒りが湧いてくる。

 貴族の屋敷で小間使いするにあたり俺は、故郷で暮らしている時ほど自由奔放には暮らせなくなった。

 反抗期というやつもなかった。

 俺を引き取ったロジャーじいさんはいい人だし、強くて尊敬に値する人だった。

 親代わりというより師匠だったから反抗するような対象ではなかった。

 屋敷へ来たばかりの時には田舎暮らしの平民の子供ゆえに礼儀を知らずに色々やらかしたが、騎士になって少しは分別がつくようになったつもりだ。

 感情のままに振る舞っちゃいけない。イライラしても抑えないといけない。

 だからそのうち色んな感情を箱に入れて閉じ込めて、笑顔を張り付けることでごまかしてきた。

 

『偽物の名前を使ってる』――その一言で、箱の封が少し開いたような気がした。

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