23話 お別れ食事会


「――そういえば、バイト初日くらいにグレンさんが読み上げてた依頼リストって」

「あれもオレが書いてたぞ」

「だから依頼読み上げてたの聞いてなかったんだ……」

「書いてたら憶えるしな」


 ――カイルが出かけていったあと、わたし達は再び食堂に戻りジャミルの業務の説明を受けている。


「す、すごいね。……え、じゃあ逆にグレンさんって何やってるの?」

「依頼を取ってくるのとタイムスケジュール組むのと、あと掃除だな」

「掃除??」


 そういえば最初に掃除は必要ないって言ってたけど、グレンさんが掃除してるってことかな?


「朝六時に必ず起きて掃除してんだよ。厨房と食堂はオレらがやるって言ったからそれ以外んとこ。だから砦ん中めっちゃキレイだろ?」

「へえ、知らなかった……真面目……」

「オマエいっつも寝てるもんな」

「う……眠いから。でも確かに砦はピカピカかも。隊長室も綺麗だし」

「まあアイツだって一日で砦ピッカピカにしてるわけじゃなくて、日によって掃除するとこ分けて完璧にキレイにしてんだ。つーわけで二人だって仕事一気に憶えなくても、ちっとずつやっていきゃいいんだよ。グレンだって完璧求めてねーだろうし」

「せ、先輩……!」


 リーダーのありがたいお言葉に涙が出そうになる……わたし達は彼の大好きなカニを食べ尽くしてしまったというのに。


「――グレンと言えば。オレの一連の業務を引き継いでもらうわけだから、二人の給料は上げといてくれって頼んであるからな」

「え、ちょ……ホント?」

「……オレにはその権限がある。えれぇんだ、オレは」


 そう言うとジャミルは得意げに親指でビシッと自分を指差す。自信の塊……!


「か、神……!」

「ジャ、ジャミル……うう、やっぱり寂しいよお、いなくならないでよお……」

「何だよ急に……泣くなよ」

「だって、だってええぇ……」


 泣きべそかきながらわたしはジャミルを見る。


「ジャミルったら、いなくなる気満々なんだもん……!」


 完璧に書かれた引き継ぎマニュアルに、後輩(?)の給与面の交渉。

 ――立つ鳥跡を濁さず。

 スッキリサッパリ後腐れなく、これから戻るコックさんの仕事のことを考えてる。寂しいー!


「別に……たまには来るしな? それに店に食べに来りゃあいいじゃねーか。ここから近いし」


 ジャミルはうろたえることもなく淡々と返す。ひょっとしたら泣きつかれるのには慣れてるのかもしれない。やっぱりお兄ちゃんだからかな……?


「泣くなよ、ほれ。アメちゃんやろうか」


 ジャミルがわたしの頭をワシャワシャしつつ、ポケットからアメを取り出して渡そうとしてくる。


「いりませんから~! もう! 子供扱いしないでよ」

「ハハッ! まあみんなには世話になったし、なんかうまいもん作ってやろーか」

「えっ? いいの――」

「ハイ! ハイ! あたしはピザがいいです!!」


 ベルが食い気味にビシッと挙手した。


「はえーな、オイ。まあいいけど……」

「わたしはカルボナーラかなぁ。あ、それならルカとフランツも呼んできていい?」

「ああ、そうだな。いいぞ」

 

 

 ◇

 

 

「ほらよ、フランツ」

「うわー すげ――! これが『お子様ランチ』かーっ!」


 フランツはキラキラした目で目の前に出されたお子様ランチを見る。

 旗の立ったケチャップライスとハンバーグとエビフライ、ポテトやからあげの乗った極めてオーソドックスない一品だ。

 ちなみに一緒にのっているデザートのみかんゼリーはこれまたジャミルの手作り。おいしそう……。


「こんなんで良かったのか?」

「うん! おれ、お子様ランチ食べるの夢だったんだぁ!」

「そうね。あたしも初めて見た。貴族の屋敷じゃまず出ないかも……」


 ベルが横から物珍しそうにお子様ランチを見つめる。


「あ、そういうこと。それなら納得……」

「ありがとうジャミル兄ちゃん! ……って、また……! ご、ごめん」

「ああ、いいんだよもう。好きに呼んでくれ」

「えっ いいの?」

「ああ。――フランツ。悪かったな」

「え? なになに?」

「オマエがいなくなった弟に似てるって思ってオレ、勝手に気まずくなって当たりがきつくなってた。それに怒鳴り散らかしてビビらせたし……だせえよな。ごめんな」

「あ……、そんなの、大丈夫だよ! ジャミルの料理はおいしかったし、おれジャミルが好きだよ!」

「ホントかよ。照れるな」

「ホントだよ!! また来てくれるよね!? 来てよね! ぜったいだよ!!」

「分かった、約束する。――泣くなよ。ホラ、冷めるから食えよ」

「ゔん!!」


 べそをかくフランツの頭をジャミルがやっぱりワシワシと撫でる。 

 その後フランツは、ジャミルお手製の特別お子様ランチを「うめー!」「すげー!」と言いながら幸せそうに頬張っていた。


「フランツ、ジャミル……よかった」

「そうね。このところビクビクしてたもんね。ジャミル君の前で萎縮しきってて――って、あれっ、ルカ? 食べないの?」

「……」

「ル、ルカ……? どうしたの……」


 ルカが大量のパンケーキの塔を前に、一つ向こうのテーブルにいるジャミルとフランツを無言で見ている。

 何か、ただならぬ空気を醸し出している……。

 

(な、何かが、起こる……?)

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