22話 夏の風

「あれ? カイル」

「――やあ。今日はどうしたの? 学校でしょ」

 

 なかなかの量の引き継ぎ事項を一通り聞き終え、休憩時間に廊下を歩いていると上階から何かカンカンコンコンと打ち付ける音が聞こえた。

 

 行ってみると、カイルが何やら木材を組み立てて釘を打ち付けていたのだった。

 傍らには飛竜のシーザーが、大きな体躯ながらもちょこんといい子で座っている。

 

「学校は夏休みなんだ。ジャミルがこのパーティ抜けるっていうから、仕事を引き継いでもらってて」

 

 そう言ってジャミルからもらった引き継ぎ資料をカイルに見せる。

 

「……すごいな、これ。兄貴勉強できるもんなぁ」

「そうなんだよね。わたし知らなくてびっくりしちゃった」

「俺もよく勉強教えてもらったり宿題手伝わせたりしたなぁ」

「そうなの? ふふふ……。カイルは今日はどうしたの? これってテント?」

「そう。飛竜用のね。しばらくここを拠点にさせてもらおうと思ってさ」

「そうなの? ここに泊まるってこと?」

「うん。宿を取るのと別に飛竜を待機させとく厩舎も借りないといけないから、けっこう金がかさむんだよね」

「へえ……グレンさんはなんて?」

「『勝手にしろ、部屋は散らかすな。あと砦のメンツ全員に謝罪しとけ』って」

「な、なんか、刺々しいんだね……」

 

 数日前の派手な兄弟喧嘩のあとすごく怒ってそうだったけど、まだ怒ってるのかな?

 

「はは……まあ、ここの所俺が不機嫌全開で迷惑かけ通しだったからな。喧嘩になりかけたし。――レイチェルにも迷惑かけたね、ごめん」

「わたし? わたしは大丈夫だよ。仲直りできて良かったよね」

「うん。それから……ありがとう」

「『ありがとう』って? わたし何もしてないよぉ。周りで騒ぎまくってただけじゃない? 足めっちゃ踏んじゃったし」

 

 わたしのやったことといえばカイルの尾行と、説得の途中でかんしゃく起こしてカイルの足を踏みつけて……あとはワーワー騒いで涙と鼻水垂らしてただけ。

 我ながらなんとかっこ悪い……。

 

「ふふ……」

 

 本気で何がありがとうなのか分からないでいると、カイルがおかしそうに肩を揺らす。

 

「な、何?」

「レイチェルは、ちょっと大人しくなってはいるけど昔とあまり変わらないよね」

「う……成長してないって、こと?」

 

 昔は彼の事を『コドモだ』なんてバカにしていた手前、なんだかバツが悪くて顔が熱くなる。

 

「違うよ。俺がカイルだって分かってからは、ちゃんとカイルとして接してくれてたじゃない」

「うーん。だって敬語使うのもなんか違う気がして……どう接すればいいのか分からなくて、普通に……」

「俺はそれがありがたかったよ。俺の方も年上になっちゃってるから、どういうキャラでいけばいいか分からなかったし。……まさか無邪気な少年でいくわけにもいかないじゃない」

「まあ、確かに……」

 

「それもあって、最初は全く他人のフリしたよね。その方が円滑にいくかもって思って。身の振り方を色々考えてたよ。それで『今、年上の冒険者の人みたいになれてるかな?』とか思ってた」

「そうだったんだ……なんかそれはやっぱり悲しいなぁ」

「だけど『大人なくせに、子供みたいなことばっか』って言われちゃったね。『お兄ちゃんばっかりずるい、お兄ちゃんばっかりえこひいきされてるって思ってるの』って」

「そ、そ、それは……あの、ごめんなさい」

 

 感情的にぶつけた言葉が掘り返されるとなんとも言えない気持ち……!

 

「いや。『そんなことあるはずないだろ』って最初イラッときたんだけど、図星でさ。……兄貴と再会して、あの日のことは自分で選んだわけだし兄貴のせいじゃないって思ってたはずなんだけど、でも全然納得いかない自分がいて。――このままじゃいけない、俺は年をだいぶ追い越してんだから『年上の大人』をやらないといけない。この感情は内々で処理して、そしたらそのうち普通に付き合おうって思ってた」

「年上の大人をやる……大人だから我慢しようってこと?」

「そう。……だけどそう思えば思うほどドロドロした感情があふれて……あの神官の子もグレンも兄貴の話をしないように気遣ってたり、グレンなんか『砦に来るな』って言ってきたりで『みんな兄貴を気遣って俺のせいにして、グレンなんか付き合い長いくせにあっちの味方だ。誰も味方がいない、ムカつく』って……つまり単純に拗ねてたんだ、俺。……それズバリ言い当てられて刺さったなぁ」

「カイル……」

 

 木材に釘を打ち付けていたカイルが立ち上がり空を仰ぐ。

 

「レイチェルがそう言わなきゃ、俺はそんな単純な感情にも気づけなかった。そんな大人げない感情抱くわけないって無意識下にあったんだな。……あれは子供の頃の俺を知ってて、でも家族の外の人間――レイチェルでないと辿り着けなかったんじゃないかな。だからこそ、俺達2人和解できたような気がするよ」

「そ、そんな、買いかぶり過ぎだよぉ」

「はは……やっぱりレイチェルは変わらないな。でも変わらない良さっていうのがあると思うよ。みんなを安心させられるっていうか……そういうのに惹かれる男もきっといるだろうね」

「えっ!? ……あはは、いえいえそんな。わたしモテませんから!」

「そうなの? レイチェルかわいいし、けっこうモテそうなのにな」

「えーっ まさかまさか……あはは」

 

 カイルだとはいえ大人の男の人にそんな事を言われてわたしは赤面してしまう。

 そして『惹かれる』だけ聞いて一瞬グレンさんの顔を思い浮かべたことは内緒だ。

 

 ――そんなやり取りをしていると、ざあっと風が吹いてわたし達の間を駆け抜け、そして飛竜のシーザーが鳴き声を上げた。

 

「ああ、いい風だな。シーザー、ちょっと遠乗りしてこようか」

 

 主人の誘いに飛竜のシーザーはキューンと嬉しそうに鳴き、カイルがそこに飛び乗った。

 

「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」

「うん」

「これから、よろしくね」

「――うん!」

 

 カイルはニコッとさわやかに笑って飛竜と共に颯爽と飛んでいった。

 

(やっぱりかっこいいなぁ……)

 クライブさんの正体がカイルだと分かっても、やっぱり彼はさわやかでかっこいいお兄さんだった。……まるで風みたいだ。

 

「いい風が吹いてきたねぇ……」

 

 わたしは図書館のテオ館長のセリフを借りてつぶやき、彼が去っていった夏の空を見上げていた。

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