24話 ジャミルとルカ

「ル、ルカ? どうしたよ……」

 彼の肩の小鳥がピピピピ鳴いて、何かただならぬ気配を察知したジャミルがルカに尋ねた。

 

「ジャミル……行っちゃ……嫌」

 山積みにされて塔のようになってるパンケーキの陰からルカが顔の左側だけを出して、ジトッとした目でジャミルを見て呟いた。

「お……おう。まあまだもうちょっといるし――」

「わたし、あの、青い人嫌い。……ジャミルと、チェンジ……」

「青い人って、カイルか? チェンジってそんな……」

「…………」


 ジャミルの問いにルカは無言でパンケーキの塔の頂上の一枚をつかみ、ムシャァッとかじる。

 目の座った美少女のワイルド食い。なんとも言えない、凄みがある――。

(ひえー……!)

 

「あ、熱いだろ、フォークとナイフ使えよ……。まあそう言わないでやってくれよ。オレの弟だし悪いヤツじゃ……いや、ちょっと悪いかもだけど。……水かけたり、ゴミの山に飛ばすとか勘弁してやってくれな」

「ゴミの山に飛ばす? って?」

「……あの派手にやらかした日、あいつだけ外の土まみれのカニの殻の山に飛ばされたって」

「…………」

「え――!!」

 

 ――あの人に……ふさわしい場所に……。


 ルカの悪い笑いを思い出す。っていうか今もちょっと悪笑いしている。

 

「ル、ルカ~~……」

 

 カイルの服に土がついてたのはそういうことだったんだ……。

 

「カニ殻の山って臭そうね……。カイルさん、それで不機嫌で臨戦態勢だったのかしら」

「そ、それは……あるかも。カニどころか土も臭そうだし……」


 しかも憎んでいた兄の好物、しかも残骸……きっとすごく不快……。

 初対面で『変』と言われた上にカニの殻の山に転送って扱いが悪すぎる……。

 ――ていうか、なんでそんな嫌われてるんだろ??

 

「わたし……誕生日……」

「そっ……それは、悪かった、ほんとごめん! ……だからこうやってパンケーキを山程……」

「えっ? ルカ、誕生日なの??」

「ああ……あの兄弟喧嘩の日にな」

「ええーっ! そうだったんだ!」

「誕生日祝ったことねえっつーから、なんか作ってやるって前から言って……けどアレがあったからよ」

「あららら……」


 ――初めての誕生祝いのはずだったのに、よりにもよって、あの日に。

 だからあの日、ジャミルがかんしゃく起こしてそれどころじゃない雰囲気になったのを見て『天誅』とか言ってたの……?

 ルカはパンケーキの陰から凄みのある目つきでなおもジャミルを見ている。

 

 

 ……やがて、ルカはゆらりと立ち上がりジャミルの所へ。


「……な、なんだ……、水は勘弁してくれよ……?」

「……ジャミル」

「ん?」

「……好き」

「ええっ!?」

 

 ――その場にいる全員が凍りつく。

 

(と、突然の、告白――! ……ていうか、デジャブ!!)

 

「……な、何が。パンケーキか?」


 いつだか見た主語のない謎告白が、今度はジャミル相手に繰り広げられる。

 グレンさんがそう言われてた時の彼は気まずそうに目をそらしただけだったけど、さすがに当事者となると戸惑うのかジャミルはこの上なく焦っていた。

 慣れてないからなのかグレンさんよりも若いからなのか、あの人みたいに淡々とは返せないみたいだ。

 

「……ジャミルが」

「あー、なるほどな、うんうん……って、オレ!? オレで間違いない感じ!?」


 完全に『パンケーキ』と返ってくると思っていたようでジャミルはまたまた焦って顔を赤くしている。

 

「ジャミル……ジャミルも、わたしの、お兄ちゃま」

「!! あ、ああ! 好きって、そういう……!」


 恋愛的な意味でなく、兄的な意味の好き。

 ジャミルは少しホッとしたような表情で肩をなでおろし、ずり落ちたメガネを上げた。


「でもジャミルはあの人だけの、お兄ちゃま……」

「お、おう……そうだな。『お兄ちゃま』では、ねぇけど……」

「誕生日も、ジャミルも、あの人が全部持って行って、お兄ちゃまとも、仲良し――。あの人、何……許せない……」

 

 ――要するにルカはお兄ちゃまのように思っているジャミルが、自分が誕生日なのに『本当の兄弟』の方を向いていたからヤキモチを焼いているらしい。

 かーわーいーいー! と和むところだけど、静かながらもルカの怒りはすさまじいらしく、ジャミルの肩の小鳥が怯えたようにピピピピと鳴きながらせわしなく部屋を飛び回る。


(ひえーっ……!)

 

「う……悪かった。悪かったって……アイツからも、謝らせるから……許してやってくれ。カニ味噌の缶詰め3ダースくらい買わせるから」

「それなら……許しても、いい」

「お、おう……よかった」

 

 カニ味噌と聞いてルカは落ち着きを取り戻したようで、パタパタ飛び回っていたジャミルの小鳥はまたジャミルの肩に止まった。

 よかった。……けど、カニ味噌3ダースはちょっと気持ち悪いかも……。

 一気には食べないだろうけど。いや、ルカならやりかねない……。

 

「…………どうして」


 ルカがストンと椅子に座って、けれど目の前のパンケーキには手をつけずにぽつりと呟く。


「え?」

「……ずっと、同じでは、いられない……」

「!? え、え、おい……」

「ル、ルカ……!」


 ルカの目から涙がポロポロとこぼれる。

 ――わたし達の中では一番長くジャミルとこの砦にいたルカ。

 感情が少なそうに見えるけど、彼女は彼女なりに別れがつらいんだ……。

 

「おいおいおいおい、泣くなよ。まさかオマエがそんなに……。また遊びに来るから、ってかまだ数日はここにいるし! ホラ、涙拭けよ」


 ルカのまさかの涙に、ジャミルはタジタジでハンカチを差し出す。

 ハンカチで涙を拭きながらやっぱりしくしく泣くルカの頭を、ジャミルが少し笑いながら撫でた。

 

「――元気でな」

「ん……」

「まあ、まだいるんだけどな」

「ん。……ジャミル」

「ん?」

「カニ、いっぱい食べた。ごめんなさい」

「カ、カニはもういいんだよ……」

 

「――ねえねえ、最近なんでやたらとカニの話になっちゃうの?」


 フランツが首をひねりながら本当に不思議そうにわたし達に疑問を投げかけてきた。全くもってそうだ……。


「えっと……なんでだろう」

「カニが、好きだから?」

「そーなの? それはおれも好きだけどさぁ」

「待ってやめて。またカニ食べたくなっちゃう」

「うう……わたしも……」

「おれは別に大丈夫だよ?」

「強い子ね、フランツは……」

「でも、あったら食べるよ? おいしいもん」

「「……」」


 しんみりした場面だったのに、わたし達の脳裏を急速にカニが横切る。

 

 ――その後ジャミルが遠乗りに出かけたカイルに小鳥で伝令を飛ばして、カニを仕入れてきてもらったのだった……。

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