16話 分からず屋のカイル(前)

「――それで、話っていうのは? こんな所に連れてきて、闇討ちかカツアゲでもする気か」


 不服そうな表情ながらも、口の端だけ上げて笑いながらカイルがグレンさんに尋ねる。

 そろそろ夕方になる時間。わたし達3人は宿屋と隣の店の隙間にいた。

 すごく狭いわけではないけど広くもない。ごみ箱や木箱がいくつか置いてあり、空気はこもっている。

 グレンさんは出口を塞ぐように決して綺麗ではない壁にもたれかかり、もう片方の壁に脚をかけ塞いでいる。

 カイルの言う通り穏便な話し合いをするような場所でも、雰囲気でもない……。

 

「レイチェル。先に」

「あ、はい」

「レイチェル? 何の話かな。俺が話せることは全部話したつもりだけど」

「あのね、カイル。ジャミルのことなんだけど――」


 そこまで言葉を発した時点でカイルはあからさまに不機嫌な顔になり髪をかきあげる。


「……兄貴? 一体、何」

「カイル、聞いて欲しいの。ジャミルは今、闇の紋章の剣? っていうのを拾ってしまって、それで取り憑かれて大変なの」

「……闇の紋章の剣? へえ、そいつは厄介だな。――それで」

「そ、それで……? あの、それで、カイルにジャミルと話し合いをしてほしくって」

「なんで話し合い? それで何かマシになるのかな」

「え……えっと」

 

 冷たい目でカイルがわたしを見る。

 ――どうしよう。確かにカイルは幼馴染だけど、でも10歳以上も年上になってしまった大人の男の人だ。

 その人に射抜くような目で取り付く島もない対応をされて、わたしは次の言葉を紡ぎ出せない。


「あの……」

「剣に呪われれば闇に堕ちてしまうから、それをなんとか防ぎたいって言うんだろう。けど俺が行ったって加速するだけじゃないか? やめておいたほうがいいんじゃない?」

「カイル……あのね、」

「俺は何を言えばいいんだろう?『あの日のことは兄貴のせいじゃないから気にすることないよ』とか? そうすれば、治っちゃうのかな? ……レイチェルも兄貴のせいじゃないってそう思ってる?」

「……わたし、は……、だって、あれは」

「近所の人もみんなそう思ってるんだよなぁ」


 何か喋る前にカイルが先回りして喋ってしまう。

 ――ダメだ、前と違って何の話も聞いてもらえない。

 わたしの話なんてどうでもよくて、思ったこと言いたいことを言っているだけ。まるで一人芝居だ。

 

「き、近所の人って……?」


 それでもなんとか会話の糸口を見つけたくて、気になった単語を拾いあげる。


「何年か前たまたまカルムの街に来た時に、家を訪ねるというわけじゃないけど……とにかく実家に違う人が住んでたから『レッドフォードさんはどこへ行ったのか』と聞いたら『引っ越して行った』『お兄さんが気に病みすぎるから、両親が気遣って』ってさ。俺がいなくなって1年も経ってなかったはずなのに――切り替え早いよね」

「切り替えってそんな、そんなこと……」

 

 ――ないって言い切れるんだろうか。

 彼の両親は、ふさぎがちになってしまったジャミルがこれ以上自分を責めないようにと引っ越すことに決めた。

「色々と思い出の残るこの地にいるよりは」って言っていたって、わたしの両親から聞いた。

 だって街のどこに行っても、カイルの思い出が残ってる。

 あの木に登ったとか、ここでお弁当を食べたとか、兄弟で背比べをしたとか。

 だからなのか、カイルの13歳の誕生日を迎えるよりも前に引っ越していった――カイルがいなくなって、1年どころか半年も経っていない。

 ジャミルが言っていた。「自分の前では気遣ってカイルの話はしない」って。それはジャミルへの気遣いなんだろうか。

 おじさんおばさんも辛くて離れたかったのかもしれない。思い出から、逃げたかったのかもしれない。

 

「……引っ越して行ったの、嫌だった?」

「いいや。でも両親の中では、もう俺はいないものだったんだよな」

「おじさんおばさんの気持ちは分からないけど、ジャミルは『カイルを置いて引っ越しなんてできない』って言ってたよ。ねえ――」

「ほんとに……なんだかさあ、兄貴は随分かばわれて守られてるよな。俺はいきなり全部無くなったっていうのに」

「全部、無くなった……?」


 脈絡もなく飛び出す言葉。会話のキャッチボールが、全然続かない。

 

「カイルは過去にタイムスリップしちゃって、色々辛かったんだよね? だけど『クライブ・ディクソン』っていう自分を捨てたくなくて、だから制約破りをしてまで、また12歳のカイルが過去に飛ばされるようにして……今の自分は、自分で選び取ったんでしょう? カイルだけが全部なくしたんじゃない、おじさんおばさんはカイルがいなくなって悲しんでるのよ! ジャミルだって――」

「ジャミルジャミルってうるさいんだよ! 闇の剣に取り憑かれて? 知ったことじゃないんだよ、それは俺のせいか? 随分守られて気を遣われてるよな――俺からすればそんな目に遭っているのでないと、釣り合いが取れないっていうか」

「つ……」

 

 ――釣り合い? 

 

 今まで砦で見せていたさわやかで余裕ある大人の彼とは裏腹の、むき出しの感情で発した言葉。

 支離滅裂で全く要領を得ない。この人は一体何を言ってるの?

 わたしの頭が理解を拒否する。

 

「もう勘弁してくれないか? 明日早いんだよな……これ以上関わるのは、もうやめてくれ」


 どかどかと威嚇するような足音を立てて立ち去ろうとするが、出口はグレンさんが塞いでいる。

 

「クライブディクソンさん。 どちらへ」

「宿へ戻るだけだ……何が『クライブディクソンさん』だよ。どけよ」

「宿へ戻ってどうする……兄貴が闇堕ち記念に前祝いか?」

「何だと……」


 グレンさんが嘲るような口調でカイルを煽ると、カイルは殺気のこもったような眼でグレンさんを睨む。

 だけどグレンさんは平然として、むしろ何故か笑みを浮かべて続ける。


「……俺は酒が飲めないから分からないですが、そういう時に飲む酒ってのはやっぱり格別なんですかねえ、先輩――」

 

 ガッという音がする。

 カイルがグレンさんの胸ぐらを掴み、それと同時にグレンさんも胸ぐらを掴み返してカイルを壁に叩きつけた。 


「グ、グレンさん! カイル……!」

「なんだよお前、この手は……っ! フン、お前が誰かに入れ込むなんて、珍しいじゃないか?」

「別に入れ込んでいない。……俺はお前にこれを渡す『お仕事』をしにきただけだ」


 そう言いながらグレンさんはカイルを掴んでいた手で彼を引き寄せてからまた壁に叩きつけるように放り出し、そして今度は左手に持っていた書類をカイルの胸ぐらめがけて叩きつけた。


「『ジャミル・レッドフォードさんのご家族の方』……。お前弟なんだろう? 読め、今すぐに」


 グレンさんが表情なく言葉を発すると、せまい建物の間のその地面から赤い杭のようなものが「ズドド」という音を立てて数本飛び出してきた。

 

 ……赤い杭はよく見ると炎だった。

 槍のように研ぎ澄まされた炎が、路地への出口を塞ぐ。立ち去ろうとするカイルを檻に閉じ込めるかのように――。

 グレンさんの左手の甲には火のような紋様が赤く浮かび上がってわずかに光を放っていた。

(あれが、グレンさんの紋章……)

 

「チッ……なんなんだよ、クソが……!」


 行く手を塞がれたカイルはグレンさんを睨みつけながら書類を乱暴にひったくる。

 鼻息荒くイライラを隠そうともしない様子だったが、そこに書かれてある文を見た途端に表情がサッと消える。

 

「介錯、同意書――?」

「えっ?」


 何、それ……?

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