4章 少年と竜騎士

1話「あの日」

「レイチェルー、兄ちゃんを見なかった?」


 わたしに話しかけてきたその子の名前はカイル。同い年で仲良しだったけれど、最近はほとんど遊ばなくなった。

 昔は彼のお兄ちゃんのジャミルとわたしと3人、赤いスカーフをつけて竜騎士ごっこなんかしたりしたけど、わたしもジャミルももう着けていない。

 だけど、彼だけはずっと着けていた。『その日』もやっぱり着けていた。

 わたしはなぜだかそれがすごく恥ずかしくて、話しかけられるのが、一緒にいるのを見られるのがちょっと嫌だったりした。

 

「ジャミル? 知らないよー」

「そっか。兄ちゃんひどいんだぜ、友達の集まりに連れてってくれるって言ったのにさ、ウソの時間いっておれを置いてったんだ」

「えー、ひどいね。それで、カイルはどうするの?」

 大きな声で喋るカイル。わたしはちょっと恥ずかしくて適当な返事をしていた。

 

「おれはしょーがないからこれから釣り行くんだ。レイチェルも行く?」

「わたしは行かなーい。服が汚れちゃうし。それにわたしもう釣りなんか興味ないよ」

「そっかぁ……。じゃあ、一人で行くよ。じゃあね」

「うん。ばいばい」

「レイチェルー」

「なにー?」

「遊んでくれてありがとう! じゃなー!」


 そっけなく返答するわたしに、彼はニカッと笑って大きく手を振って走っていった。行き先は、いつもの湖だろう。


(あそこで釣りしたって、大した魚なんて釣れないのに。何が楽しいんだろう、コドモだなぁ)

 ――そんなことを思っていた。

 

 

 ――その日の夕方、大雨が振ってきた。


「あーもう、急に降ってくるんだもんなー!」


 ブチブチ言いながら外出先から帰ってくると、お母さんがタオルを持ってやってきた。


「ビショビショじゃないの、早くお風呂入っちゃいなさい」

「はーい」

 

 お風呂から上がって夕食を食べ終わり家族でお茶を飲んでいると外からビシャビシャと足音が聞こえてきて、家のドアを激しく叩く。


「まあ、ジャミルちゃん!? どうしたの一体……」


 お母さんがドアを開けると、音の主はジャミルだった。雨でビショビショになり、激しく息を切らしている。


「おばちゃん、おっちゃん、レイチェル……弟がここに来なかった?」

「カイル? 釣りに行くって言ってたけど……どうしたの?」

「帰ってこないんだ、アイツ……」

「え……」


 時刻は既に20時を回っていた。

 どこかで雨宿りしているにしては遅すぎる時間だ。雨は夕方よりも激しくなっていた。


「オレのせいだ……! オレのせいで、あいつが……!」


 彼は友達との集まりにカイルを連れて行く約束をしていた。だけど、嘘の時間を言ってカイルを巻いた。

 彼は錯乱した様子で泣き崩れる。やがてジャミルとカイル二人の両親もやってきた。


「ジャミル、ここにいたか。……クラインさん、すいませんね」

「いえいえ、……カイル君、帰ってこないって?」

「ええ……」

「ジャミル。お前のせいじゃない。もう少し捜そう」


 彼の父親が彼の背中をさする。


「オレが、オレがちゃんと連れてってやってれば、こんなことには……うわあああ……っ!!」


 ジャミルが地面に突っ伏して泣き崩れる。

 彼の両親もわたしの両親も繰り返し彼を宥める言葉をかけたけれど、届かない。

 わたしは、それを見て突っ立っているしかできなかった……。

 

 

 ◇

 

 

「おかえりなさい、あなた」

「ああ……」


 結局あの日も、その次の日も次の日もカイルは見つからなくて、近所の人、それにギルドで雇った傭兵なんかも使ってカイルの捜索が続けられていた。

 ――そんなある日、お父さんが沈んだ顔で帰ってきたのを覚えている。


「カイルのな……所持品だけだが、見つかったよ」

「ほんと!? ……でも、カイルは!?」


 わたしはお父さんに駆け寄った。


「湖のほとりでな、バラバラに散らばったあの子の釣り道具と……それと、血塗れのブーツが、片方だけ」

「……!!」


 お母さんが思い切り息を吸って口を両手のひらで覆う。


「ブーツには穴が沢山開いていた。……何か、鋭い牙のある魔物に襲われたんじゃないかって傭兵が言っていた」

「そんな……あの辺りに魔物なんて……!」


 街の入口には結界が張ってあり、人里には入ってこられないはずだった。それなのに。


「カイルは? ねえ、カイルはどうなったの!?」

「……分からない。脚を噛まれて、そのままよろけて湖に落ちたんじゃないかって、今度は湖の捜索をしてるよ」

「……」

「ジャミルちゃんは大丈夫かしら……」

「ああ……自分のせいだって泣き叫んで……。今は憔悴しきってて、見てられないよ」

 

 ショックだった。

 いつも一緒にいて、遊ばなくなっても当たり前に存在していた近所の男の子。

 明日もいる。明後日もいる。その次の日も、ずっといる。

 けどそれは当たり前じゃなかった。

 いなくなるなんて想像もしていなかった。

 

「わたしもう釣りなんか興味ないよ」


 ――どうしてあんなことを言ってしまったんだろう。


「遊んでくれてありがとう!」


 ――どうしてあなたはあの時ああ言ったの?

 まるで、このことが分かっていたみたいじゃない――。

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