2話 食料泥棒
「オイ、レイチェル」
「何ー?」
もうすぐ夏にさしかかりそうなある日。
砦の厨房でいつものようにお肉を焼いていると、ジャミルが冷蔵庫の扉を開けながら怪訝な表情で座り込んでいた。
「作り置きしといたパンケーキとかハンバーグ、なんか減ってんだよな」
「えー? ルカとかグレンさんが夜につまみ食いしてるのかな?」
わたしもジャミルもベルも、何かが欲しくなれば作る。だから、つまみ食いするのはこの二人以外になかった。
「それか、泥棒かもしれねぇ」
「泥棒! ハンバーグとパンケーキだけを?」
「分かんねぇ。……とりあえず、これ買ってきたし付けとくわ」
そういってジャミルは大きな錠を冷蔵庫の扉に取り付けた。
――で、次の日。
「は!? 開けられてるぞオイ!!」
「えっ 本当だ! やっぱり泥棒……?」
中を確認すると、作り置きのハンバーグとポテトサラダとパンケーキが2セットずつくらい無くなっていた。
「……許さねぇ。今夜張り込みしてとっ捕まえてやる。オマエも手伝え」
「えー、わたし? わたしが何かの役に立つかなぁ……」
「いいから! リーダーの命令だぞ」
「はぁい……」
「ちょっとちょっと、なんであたしまで付き合わないといけないの? あたし泥棒なんかやっつけられませんけど?」
その日の夜、ベルも呼んで3人で張り込みをしていた。
「神聖な厨房を荒らされてんだ。チーム一丸となって引っ捕らえるのが筋だろ」
「わたしも戦闘能力皆無なんですけど……」
そろりそろりと厨房へ向かうわたし達。
……と、そこへ。
「……あれ? 隊長さん?」
「ほんとだ……」
厨房の扉の前にグレンさんが張り付いていた。
「何やってるんですか、グレンさん?」
「ん……? いや、ちょっとな」
「テメェが犯人か! ロクデナシが!」
そう言うやいなや、ジャミルがお玉でグレンさんをコンと殴る。
「痛っ! なんで叩くんだよ、しかもロクデナシって……いやそれよりちょっと静かにしてくれ」
叩かれた後頭部をさすりながらグレンさんがヒソヒソ声になる。
「……どうしたんですか?」
「……厨房に、誰かいる」
「えっ、ルカかな?」
「……いや、ルカではないな」
「……ルカじゃない? そうなんですか?」
妙にハッキリ断言するのでわたしは思わず聞き返してしまう。
「ああ。……分かる」
「分かる……ですか」
紋章持つもの同士……だから?
「……で、どうするよ? 二手に分かれるか?」
「そうだな。じゃあ、ジャミルとレイチェルはそこにいてくれ。俺とベルナデッタが裏口に回る。俺が扉を開けたら二人も適当に飛び込んできてくれ」
「分かった」
「はい」
「きゃっ! 二人っきりですね!?」
ベルがお祈りのポーズで目をキラキラさせる。
「……何言ってるんだか……早く行くぞ」
「はぁい!」
さっさと歩き出したグレンさんにベルはスキップしながらついていった。
ベルが入ってきて1ヶ月弱。なんだかんだでグレンさんと会話するようになってきたみたいで、時々軽口を叩きあうのを見る。
(わたしやルカとはあんな感じじゃないなぁ……)
「オイ、レイチェル。突っ立ってないでしゃがんでろよ」
「あ、うん」
わたしはしゃがみ込んでまたぼんやり考える。
ベルは22歳って聞いた。ちょっと年も近いから違うのかなぁ。って、軽口叩きあいたいとかじゃないんだけど。
(う――ん、なんだろう、この感じ、好きとかじゃない……よね)
ボヤボヤしていると、ドーン! という音がした。グレンさんが裏口から厨房に入った音だろう。
「レイチェル、行くぞ!」
「あっ、うん!」
――わたし達が突入し灯りをつけると、グレンさんとベルが困惑した顔で床の方を見下ろし、立ち尽くしていた。
「どうしたんですか?」
「いや……」
二人の目線の方を見ると――そこには男の子が座り込んで食料を抱えていた。
「……子供か?」
「この子が、泥棒?」
見たところ、10歳くらいの男の子。ちょっと薄汚れた服だけど、金髪に緑の眼――貴族かな?
「ごめんなさい、おれ、お腹が空いてて、ごめんなさい……!」
殴られると思っているのか、男の子は持っていた食料を放り投げ、頭を両手で抱えこむ。
「オイ、どうするよ、グレン……」
「ああ……うん……」
◇
「えー……とりあえず。少年、名前は?」
一応泥棒なので、グレンさんがその男の子と食堂のテーブル向かい合わせに座り、事情聴取が始まった。
「……フランツ。フランツ・シュタインドルフ」
「……すごい名前だな。貴族か?」
「うん。父上は伯爵」
「で、伯爵のご子息がなんでこんなところで盗みを」
「父上と母上が事故で亡くなって叔父上が家をついだんだけど、おれはジャマだからって追い出されてヘンな孤児院に入れられて」
「……ひどいわね」
ベルが眉間にシワを寄せる。
「それでおれ、孤児院を逃げ出してきたんです。……でも、おなか空いちゃって、でもお金持ってなくて、それで……」
「……それでここにたどり着いたってわけか。まあ、食べ物たくさんあるからな」
「……どーすんだよ、グレン」
「そうだな……まずは役所に手続きして……孤児院にいくことになる、かな?」
「孤児院……」
「いやだっ!!」
男の子――フランツが大声で叫ぶ。そして机をバンと叩いて立ち上がり、グレンさんに頭を下げた。
「おねがい! おねがいします! なんでもするから、おれをここに置いてくださいっ!」
「な……何言ってんだ。なんでもするって言ったって――」
ピシュン!
「ひゃっ!!」
グレンさんが何か言いかけたところで、わたしの真ん前くらいにルカが瞬間移動で現れた。
「ル、ルカ! ……びっくりした」
「……レイチェル?」
「……いきなり現れるの久々だね……」
「誰もいないと思ったから。……パンケーキを――」
「すげ―――っ!!」
「……え?」
フランツが目をキラキラさせながら両手で拳を作ってルカに駆け寄る。
「ねえ、ねえ! 今の、転移魔法ってやつでしょ!? お姉さん、すごい魔法の使い手なんだね!!」
「…………誰?」
珍しくルカが少し驚いた様子だ。
「あ、おれは、フランツっていいます! ここで働くことになって――」
「こらこら、なってないぞ。勝手に決めるな」
机に頬杖をついて、足組みして座っているグレンさんが呆れたようにため息をつく。
「おねがい! おねがいします! おれ、他に行くとこがないんです!」
「え、おい……やめろよ」
フランツがグレンさんの前にシュバッとやってきて土下座した。
子供が大人に土下座するのは異様な光景だ――。
グレンさんはすぐさま椅子から下りてフランツを立ち上がらせようとする。
「おい、やめろって、顔を上げろ――」
「おねがいします!! また『光の塾』に入れられちゃう!!」
「!」
呆れ顔だったグレンさんの表情が変わる。
光の塾――ルカがいた所だ。チラッとルカを見ると、無表情で凍りついていた。
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