5話 うららかな午後 そして、しゅご
今週もわたしは大量に肉を焼いて、大量のおにぎりをにぎって、また大量のパンケーキを焼いた。
金曜日の夜に大量に作り置きをして、土曜の夜と日曜の昼はさらに補充をする。
(大量に同じものばかり作るのってしんどいなぁ。しばらく肉とか見たくないかも……)
そして大量のゴミと生ゴミが出る。とても臭いんだけど、これも少しの辛抱。
「よいしょ、と」
わたしはゴミ箱に土の魔石をポンと放り投げる。
こうして土の魔石を置いておくと翌朝には土に還り、生ゴミは栄養のある土に早変わり。
これはわたしが通う薬師の学校とか花屋さんとか、農家が買い取るの。グレンさんとジャミルが売りに行ってるみたい。でもちょっともったいないかなぁ。
目の前には小さな花壇と畑がある。傭兵団の人たちは長い任務だったりすると食材を自給自足したりするらしい。この土に何か植えたい……。
「ふぅ、退屈……」
みんなが冒険……ていうか配達に行っている間、わたしはグレンさんが最初言ってたように本を読んだり勉強したり、ちょっとお菓子を作ったり好きなことをして過ごしているわけだけど、何回かそれが続くとさすがに暇が出てくる。
わたしは砦の木の下にあるベンチで本を読んでいた。あたたかい春の日射しに柔らかい風。森の中だから色んな鳥の声も聞こえる。
(ねむくなってきたな……)
わたしは次第にウトウトしてきて、そのまま目を瞑ってしまった。
◇
「おい、おい、レイチェル! 起きろ!」
「へあっ!?」
ジャミルに大声で起こされて、わたしはヘンな声をあげてしまう。
目を開けると、冒険から帰ってきた3人。そして空は赤かった。
「はっ!! 夕方!?」
「こんなとこで寝てんなよな……」
「気を失ってるのかと思った」
ジャミルとグレンさんが呆れたように言う。
「ここは安全な方だけど、外で寝るのはよくない。襲われたりするかもしれないから、眠くなったら自室で休んだ方が良い」
「あ……はい。すみません……」
注意されてしまいわたしはちょっとへこんでしまう。確かに無防備だったかも……。
「いや、別に怒ってないけど。メシにしようか」
「……おなかがすいた」
「わかったわかった」
◇
「うーん、うまいなーこれ」
夕食。グレンさんが豚肉のソテーをパクパク食べながら言う。
「ありがとうございます」
「天才じゃないかな?」
「あ……はは」
「このパスタもうまいなー」
続いて半熟卵ののったカルボナーラもパクパク食べる。
「あ、それはジャミルが」
「なるほど、ジャミル君が」
(…………)
「さすがはジャミル君。天才だな」
(やっぱり言った……)
グレンさんは何でもおいしいおいしいと言いながら残さずに食べて、挨拶代わりに「天才」と言う。
「毎回『天才』言われても今ひとつ嬉しくねぇんだよな……」
ジャミルがパスタをフォークに巻きつけながらボソッと呟いた。
「うん。でもこれ、本当においしい。お店で出るものみたい! ジャミルって料理上手なんだね」
カルボナーラは麺がもちもちで、クリームとチーズの配分が絶妙。卵もとろとろで、本当においしい。
「ジャミル君は普段は酒場の厨房で働いてるからな」
「へえ、すごい!」
――その時、無言でホットケーキと肉を食べていたルカがおもむろに立ち上がった。
「……お兄ちゃま」
「……グレン。グレンだよ。その呼び方はやめろって何度言えば――」
「……好き」
一瞬で空気が凍りついた。
(突然の、告白……!)
わたしはどう反応していいのか分からずとりあえずジャミルを見ると、気まずそうに目をそらされた。一方グレンさんは額に手をやり大きなため息をつく。
「……好きって何が」
「これ」
「なるほど。パスタ! パスタがな! うまかったのか」
ルカがカルボナーラを指差すと、パスタを強めにしてグレンさんがため息交じりに呆れたように言う。
「好き」
「なるほど分かった。良かったな。……ルカの言葉には主語が足りない。気をつけてくれ」
「しゅご……」
「そうだ」
「……とは」
「……。『主語』とは! 文の中で『誰が』『何が』などを指し示す重要な言葉! です! これを忘れると意図が伝わらなかったり、大きな誤解を生んだり大きな誤解を生むことがあります! 気をつけましょう!」
(大きな誤解いっぱいされたんだ……)
きっとさっきみたいなやりとりを何度もしてきたんだろう。
「よく、分からない」
「さっきので言うと『私はこのパスタが好きです』」
グレンさんはまたまた大きなため息をついて例文を言う。先生みたいだ。
「わたしは、パスタが、好きです」
「……そう。それから、それは作ったジャミルに言うように」
「ジャミル」
「へっ? ああ……」
突然話を振られたジャミルがちょっと驚いて気の抜けた返事をする。
「ジャミル、パスタが好き」
「いや、ちげぇ……」
「ん……ちょっと違うけどまあいいだろ」
「……ふふっ」
男の人二人が小柄の女の子一人の言動にワタワタしているのがおかしくて、思わず吹き出してしまう。
その後ルカはカルボナーラの大皿をペロリと平らげ、ホットケーキも5枚くらい食べた。
あんなに食べてるのに小柄でほっそりしてるのすごいな……ちょっとうらやましい。
◇
「あの、グレンさん」
食事を終えて片付けをしたあと、わたしは部屋に戻ろうとするグレンさんに声をかけた。
「……ん?」
「わたし、畑に何か植えていいでしょうか」
「何かって……花とか?」
「はい。せっかくいい土も大量にありますし、暇なので花とかハーブを育てようと思うんですけど」
「ああ……かまわないけど」
「ありがとうございます」
良かった! これでたくさんハーブを育てられる。自分専用の畑が欲しかったんだよね!
家で育ててるのは学校の課題用だから、何か別の薬草やハーブや花を育てようかな?
(でも、そうすると週にもう1回はここに様子見に来た方が良さそう? うーん……)
「……レイチェル」
「あっ はい!」
完全に自分の畑の妄想に入っていたところを、グレンさんに呼ばれて引き戻される。
「あの、ルカって子、いるだろ」
「はい」
「あの子ちょっと……いや、かなり個性的で、何を言ってるか分からなかったり言動に振り回されることがあると思うんだけど」
「あ……はい」
珍しく真面目な話だ。確かにさっきの食事のときのやり取りといい、話が噛み合わなそうな感じの子だ。今まで出会ってきた中ではちょっといなかったタイプ。
「仲良くしてやってくれってわけじゃないんだ。ただある程度……その、大目に見てやって欲しいんだ」
「分かりました」
具体的にどうすればいいのかなぁ? わたしは特に気を止めることなく自室に戻った。
翌日、その意味を大いに知らされることになるとも知らず……。
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