3話 バイト初日
「着替えと、エプロンと、あと学校の課題とぉ……。そういえば食材とかどうするんだろ? 向こうで用意してくれるのかな? 図書館で会ったとき、聞いてくればよかったかなー」
金曜日。学校が終わり、いよいよバイト初日。
わたしは自室で宿泊の用意をしていた。
「用意はできたの?」
「あ、お母さん」
ドアが開けっ放しになっていた部屋の入り口に、お母さんが立っている。
「うん。そろそろ行ってくるね」
「……気をつけてね。それにしても、泊まりがけだなんて大丈夫かしら。野獣みたいな男がいなければいいけど……」
「野獣、て。大丈夫だよ、たぶん――」
「その時は言いなさい。パパがぶっ飛ばしてやるから」
「あ……お父さん」
いつの間にかお父さんがお母さんの隣に立っていた。鼻息荒く、拳をギュッと握りしめて……。
お父さんは元冒険者で腕っ節はなかなかだったとか、筋肉フェチのお母さんが「斧を使う筋肉が素敵で惚れ込んだ」という話を体感で1000回くらいは聞かされている。
ちなみに小さい頃から「パパ」と呼んでいたことは一度もない。
「そうね、その時はパパに断罪してもらいましょ!」
「うん、大丈夫。そろそろ行きたいんだけど、いいかな」
さらっと会話を流し、荷物を手に立ち上がる。
「レイチェル! 気をつけるんだぞっ……!」
「辛くなったら帰ってくるのよ」
「もー、大げさだよ。週末だけだし、旅立つわけじゃないんだから……」
「レイチェルー! 知らない人についていくんじゃないぞぉー!」
「アメちゃんあげるって言われてもよー」
「もー! 大丈夫だからー!」
玄関から大声でわたしを見送る2人にこちらも大声で応え、自宅から続く丘を駆け下りる。
途中で振り向くと、まだまだわたしに手を振っていた。姿見えなくなるまでやる気だろうか。
「はぁ……」
――泊まりがけのバイトについて「もう18だから自分の責任は自分で取りなさい」という名目のもとあっさりと許可してくれたはいいものの、超絶過保護なんだよね……。
◇
街の民家からちらほら夕ご飯のにおいがし始める時間、砦に到着した。
――とりあえずは、雇い主のグレンさんのところに挨拶に行けばいいかな?
「はぁ!? 20万!? おかしいんじゃねぇの!?」
「およっ?」
隊長の部屋へ行くと、中から男の人の怒鳴り声が聞こえてきた。前グレンさんから聞いた、"もう1人のお仲間さん"だろうか?
「……そんなに怒らなくても」
グレンさんの声も聞こえてくる。
「急に額を釣り上げすぎなんだよ! 適度な額で止めとかねえとヘンなのばっか来んだろが!」
(お給料の話だぁ……)
――確かに20万はもらいすぎとは思う。学生が週2のアルバイトだと、4、5万くらいが相場っぽいし。
「あ、あのー」
恐る恐る部屋に入り、声をかける。
「あ、ほら。彼女が新しいアルバイトの子」
「あん?」
グレンさんに促され、彼に抗議していた細身の男の人がこちらを振り向く。茶色の短髪に、青い瞳――。
(……ん?)
「あれ? ……ジャミル?」
その青年は、わたしの知っている人だった。
「あ? なんだ、レイチェルじゃねーか。……オマエがアルバイトかよ?」
「ん? ……知り合い?」
「あ、はい。えっと……幼なじみというか、なんというか……」
「最近はなじんでねえけどな」
「まあ、そうだね……」
その青年――ジャミルくんはわたしの幼なじみだった人。わたしより2つ年上で、昔よく一緒に遊んでいた。
でも5年前に引っ越して行ってからは交流が全く途絶えていた。
親同士は今も付き合いがあるみたいだけど、わたしと彼は会うこともなければ手紙のやりとりなども全くしていない。
性別も違うし、思春期だったし。
「……なるほど。じゃあちょうどいいか。知っているだろうけど一応。彼はジャミル・レッドフォード君。コックさんをやっています」
(コックさん、て)
「厨房に案内するから、あとは彼に教わってくれるか」
「あ、はい」
◇
小規模な建物ながら、厨房は大きな冷蔵庫に広い作業台と、かなり立派な造りだ。
カウンターの向こうにはいくつかテーブルがある。15人くらいは入りそうだ。
「……で、これが食材入れとくとこで、これが1週間分。毎週ここにストックしとくから」
「3人なのにすっごいいっぱいあるね……」
パントリーには1ヶ月分くらいの野菜や果物が大量に置いてあった。
3人しかいないのに、これが1週間でなくなるの……?
「ああ……あいつらアホほど食うからよ。特にあの女」
ジャミルが頭を掻きながら大きな溜息をつく。
「アホほど って……。あの女ってあのピンクの子だよね?」
「ああ。どんぶり飯だけで5杯くらい食うし、グレンの奴もまあまあ食うからな……魔法使うと腹減るのかなんか知らねえけどよ」
「ふ、ふーん……魔法使いの人が知り合いにいないんだけど、そうなんだ……」
「で、冷蔵庫ん中は……こっち、水の魔石が入ってて冷やす用。こっちは氷の魔石。こっち入れたら凍っちまうから間違えんなよ。青が水、水色が氷な」
「青が水、水色が氷……」
わたしが説明をメモに書き込むのを見届けたあと、ジャミルは2つの魔石を冷蔵庫にしまいこんだ。
「……ねえジャミル。今日、さっそくご飯作るんだよね。何作ればいいの?」
「なんでも、テキトーに。栄養面とか味も気にしなくていい。とにかくあれば食う連中だから」
「なるほど……」
「めんどくせえ時は毎回カレーでいいぞ。何出しても文句は言わねーから」
「毎回カレーって。それで20万はちょっともらいすぎかと……」
「あっ! そうじゃねーか! 話の途中だった! おい、オマエほんとに20万とかもらう気か――」
ジャミルが言い終わる前にピシュンと音がして、わたし達の眼前にあのルカという女の子が現れた。
「きゃっ!?」
「おわっ……!? きゅ、急に出てくんなよ!!」
冷蔵庫の前で座り込んでいたわたし達は、驚いて尻もちをついてしまう。
「――おなかが空いたわ。……食べ物を」
ルカは驚いているわたし達に特に気をやることもなく、無表情で注文する。
「あ……ああ。それならここにパンケーキの作り置き、が……」
ジャミルが冷凍庫を見回す。だけど……。
「……ねえ……。一昨日、50枚くらい作ってたのに」
「食べたわ」
「……」
ジャミルがあっけに取られて黙り込む。
――パンケーキ3日で50枚食べたんだ……すごい。
「パンケーキ、ふわふわでおいしい。食べたい」
「……」
口元に手をやり、ルカは顔を赤らめる。
ずいぶんマイペースな子だな……。
ジャミルは「ああ……」と生返事してから立ち上がり、がっくりと肩を落としながらパントリーへ向かう。
そして粉の大袋をかついできて、調理台にドカンと置いた。
「……つーわけで、パンケーキ100枚焼いてくれ」
「ひゃ、ひゃく……!?」
――なんだか思ってたより、ずっと大変そう……かも?
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