2話 図書館にて
わたし、レイチェル。薬師を目指す、ごくフツーの女の子。
ギルドで見つけたアルバイトに面接に行ったら、そこにはなんと憧れの「司書のお兄さん」がいたの。
超偶然! 運命的出会い!? と、心躍ったのも束の間……。
「お兄ちゃま」
お兄ちゃま……
お兄ちゃま……
お兄ちゃま…………。
「う~~~~ん、アウト!」
「アウトって言わないでえぇ~~!」
昨日あった出来事をメイちゃんに報告すると、なんとも無慈悲な判定を下されてしまった。
「だって~、シスコンじゃん。キモくな~い? 普通にぃ~」
「あのね、その、実の妹じゃないみたいな感じだった」
必死に彼の弁護をするけど……あまり言葉が続かない。
「えー? 実の妹でないにしてもだよ? 赤の他人に『お兄ちゃま』呼びさせてる時点でないわー。ナシ! ナシナシのナシよ」
「ナシナシの……」
「ナシ」
「メイちゃ~ん!」
「憧れは所詮憧れなんだってー。早く切り替えて次行きなよー」
「うぅ……」
「あっ でも待って? ロリコンならまだ可能性がなきにしもあらず……?」
メイちゃんがあごに手を当てて名推理する。
「ロリコンでは……ないと思う。『お兄ちゃま』はやめろって言ってたし。ていうかわたしはロリじゃないと思うの。その、18歳って一応成人だし……」
「でもさー、赤の他人がお兄ちゃま呼びとかやっぱ、怪しい関係なんじゃん?」
「あ、怪しいは、怪しい……けど」
ぱっと見たところ、彼女は妹じゃなくて勝手にお兄ちゃまと呼んできていて、彼はその呼ばれ方を嫌がっているようだった。
「しーかーもー! あんたを泊まりがけのバイトに雇って週2で自分らのご飯を作らせて、月に20万? あーやーしーいー! 怪しいにも程があるぅー! 財源はどこ? 何者よぉ」
「わ、分かんないよぉ~……。あんまり立ち入ったこと聞けないし。ほんとに危なそうだったらやめるよー」
「そう! 危なくなったらね、金的食らわしてやるのよ!」
言いながらメイちゃんは上を蹴り上げる動作をする。
「き、金……。あはは、まあ適当に、がんばるよ……」
今週末からバイトが始まる。
どうなるのかなぁ……。
◇
「あっ……」
「ああ……こんにちは」
「あ、はい、こんにちは……」
図書館に本を返しに行くと、いつも通りに司書のお兄さん――グレン・マクロードさんがいた。
――バイトが始まるのは週末だけど、そっか、ここでも会うのか……。
今日は眼鏡をかけている。司書の時だけかけるのかな?
「えと、本の返却です」
「ああ、はい」
「……あ、あのー」
「ん?」
図書館はわたしの他に誰もいない。
「お兄ちゃま」呼びのことはさておいて、他にも気になることがあったので仕事中だけど思い切って話しかけてみた。
「ええと、あなたの呼び方はどうすればいいんでしょう? 冒険者や傭兵さんなら、『リーダー』とか『隊長』でしょうか?」
「好きにしてくれればいいけど、隊長とかは違うな……3人しかいないし。名前で呼んでくれればいい」
「じゃあ『グレンさん』でいいでしょうか?」
「ああ。……君のことはなんて呼べば?」
「わたしは普通に『レイチェル』でかまいません」
「わかった。……よろしく、レイチェル」
「……はい」
(名前、呼ばれちゃった……)
「お兄ちゃま」の呼称でかなりドン引きしたけど、名前を呼ばれるとやっぱり少しドキッとしちゃうな……。
「そういえば『3人』って、グレンさんとあの子の他にもう1人いるんですか」
「ああ。不定期に来て料理を作ってくれてるんだけど、1人じゃしんどいって言うから」
「そうなんですね」
「詳しい内容はそいつに教えてもらうことになるかな」
「なるほど……」
(……どういう人なんだろ?)
そういった話をしていると、後ろから「マクロード君」と呼ぶ声が聞こえた。
「あ……」
「話し中、すまない。ちょっといいかね」
声の主はこの図書館の館長、テオさんだった。
いつも柔和な笑みを浮かべている優しいおじいさんだ。
何十年も前――わたしのお母さんが小さい時からここで図書館をやっていて、近隣の人には「テオ館長」「テオおじいさん」「テオじい」なんて呼ばれている。
テオ館長の呼びかけに、グレンさんが返事をして立ち上がる。
「あ……ごめんなさい、仕事中に。わたし、本返しに来ただけなんで帰りますね」
「ああ。それじゃ」
グレンさんとテオ館長にペコリと頭を下げ、わたしは図書館をあとにした。
去り際に少し振り返ってみると、テオ館長がグレンさんに何かの紙を見せて本を手渡している様子が見えた。
――何の話をしてるのかな?
そういえば、ここに男の人が働いてるのって珍しいな。
今までは女の人しか見なかったような気がするけど……なんで男の人を雇ったのかな?
「……ま、いっか」
別に女性じゃなきゃいけない理由もないもんね。
わたしはそれ以上特に気にすることなく、家路についた。
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