8.今夜もやります。アラサー男の配信
重たい頭とここぞとばかりに主張してくる胃袋が、得体の知れないもののように思えた。足も鉛のように重く、布団の中でうつらうつらと惰眠を漂っていたかったが、そうもいかず、仕方なく出勤した。
「おはようございま…どうしたんですか」
川相さんがびっくりしたように俺に話しかけてきた。朝、鏡で確認したがひどい顔をしていた。二日酔いだ。昨日、はしゃぎすぎたのだ。
「いや、ちょっと飲みすぎちゃって」
「そうなんですか……。あの、これ、よかったら」
川相さんはミントのタブレットをそっと机に置いて、デスクに戻っていった。
そんなに酒臭かっただろうか。気にして歯磨きも入念にしたし、消臭剤も多めにスーツにやってきたつもりだったのに。気遣いはありがたいが、少し傷ついた。
二日酔いなんていつぶりだ。しかも、あんな配信アプリごときでこんなになるなんて。
そう自嘲気味に思うものの、輝いていたあの時間が脳裏に浮かぶ。楽しかったな。それまでの配信とは全く違っていた。俺でもできるんだ、と素直に思えた。
「…うぅ」
ただ、代償がこの二日酔いというのはデカすぎる。なんとかしないと。
―――――
「お前それでも社会人か?」
「独身はラクでいいよな。いい身分だ」
「飲んでもいいが、仕事だけはしろよ」
そんな言葉を今日一日でどれだけ聞いただろう。言われてもしょうがないとは思う。思うものの、感情は渦巻いていた。
いつもの帰り道、いつものコンビニ。いつの間にかじっとりと汗をかく季節になった。こんな日はビールが恋しくなるが。
「今日は酒は買わないぞ」
言い聞かせるように口の中で呟いてみたが、いざ酒コーナーを目の前にすると、昨夜の楽しさが俺の手をビールに向かわせようとする。
待て待て待て。さすがに連日飲むのはマズイ。ふとレジの方に顔を向けると、彼女がいつもと変わらない笑顔で仕事をしていた。昨日もこのコンビニで見たその顔になぜかホッとしていた。
「……かわいいよな」
慌てて口元に手をやった。無意識に言葉が漏れている。危ない危ない。そっと周りを確認してみるが、日常の喧騒に紛れて俺の声は誰にも届いていないようだ。
彼女のその笑顔に背中を押され、アルコールは買わずに、弁当だけを手にぶら下げて無事帰宅することができた。弁当を食いながらFORKを開いてみるが、知っている人は誰も配信していなかった。
「つまんな」
行ったことのない配信を聞くかと適当にスクロールしていたが、どうにも目ぼしい配信が見つからない。
こんなに夜って長かったっけ?
昨日の輝いていた配信が俺の頭でチカチカと光っている。ダンスホールにぶら下げられたミラーボールのように、ただ俺の夜を今か今かと照らしている。
「誰もいないなら、やるか」
今までもそうしてきた。今日だって、その延長だ。いつものこと。昨日の楽しさを胸に今日も配信画面を開いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます