第4話

 俺が置き去りにされた乗り物は、動いては停まる、を繰り返していた。

 あれからどれくらい時間経っただろう。

 しばらくは腹が立って仕方がなかったが、イライラしても意味がないことに気がついた。

 どんなに叫んでも人間には通じない。

 この乗り物は常に人間が出入りしているので動けない。

 俺を拾ってくれる人間が現れるのを大人しく待つことしかできないのだ。

 やることもないので目の前で入れ替わる靴を眺めて時間を潰した。

 ピカピカに磨かれた革靴もあれば、履き潰されたスニーカーもあった。

 靴を見るのは非常に面白かった。

 同じデザインのものでも、年季の入り具合が違っていて、靴下との組み合わせによっても雰囲気が異なるところが見ていて飽きなかった。

 靴の一つ一つに個性があって、ひとつとして同じものはなかった。

 目の前に靴が来る度に「ここがかっこいい」とか「あそこがおしゃれだ」とか勝手に評価をしていた。

 ただ、ブラウンのショートブーツだけは、俺を捨てた彼女を思い出してしまうので、どうにも好きになれなかった。


 乗り物の中の人間の数が少し減ったような気がする。

 向かいの座席は両端の席にしか人間が座っていなかった。

 やがてこの乗り物は無人になるのではないか。

 そうなれば晴れて自由に動けるのだが、どこへ向かえばいいか分からない。

 固く締められたキャップが回転しそうなほど考えたものの、ゴミ箱以外に向かうべき場所は思い浮かばなかった。

 ゴミ箱の近くに行くことができれば、さすがに捨ててくれる人間がいるはずだ。

 購入されてから現在に至るまでの間で、下劣な人間の一面を体感したが、きっと全人類がそうなわけではないだろう。

 俺はたまたま運が悪かったんだ。

 もしかしたら、俺を買った彼女も普段はそんなことをしない女性で、止む終えない事情があって俺を捨てた。ということもあり得る。

 それがどんな状況かは分からなかったが、深く考えるのは辞めた。

 今はゴミ箱へ行くことに集中しないといけない。


 突然のことだった。

 乗り物がキューっと音を立てて急停止した。

 完全に油断していた俺はバランスを崩して倒れてしまった。

 少し痛みが走ったが、ラベルはどこも破れていない。

 俺は倒れた勢いで、暗い座席の下から明るい場所へと転がってきていた。

「これはチャンスだ」

 こんなとき人間だったら、拳を握るに違いない。

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