第2話
揺れで体の中の緑茶が、たぷたぷ鳴っている。
体内に泡が少しずつ増えてきて不快感が込み上げてくる。
ほんの少ししか残っていないのだから、飲み切ってしまえばいいのに。
そう思って目の前の小さいポーチを睨んだ。今の俺にはその程度のことしかできない。
ポーチの方からほのかにローズの香水の匂いがするので、きっと中には化粧品が入っているのだろう。
乱雑な鞄の中はかなりフラストレーションが溜まる場所だった。
もうすっかり冷たくなって泡立った緑茶。
鞄の中に充満している香水の香り。
身体を圧迫してくる数々の荷物。
なんとかしたくてもどうにもできない状態が続いていた。
歯痒くてたまらなくなった俺は、体の芯に力を込めて身をよじる。
「うおっ!?」
俺の身体が180度回転した。
一番驚いたのは自分自身だった。俺たちペットボトルは動けないものだと思い込んでいたから。
「意識のある俺たちの身体には、実は秘密がある」
そう言い始めたのはカフェラテだった。
「秘密って?」
「ある条件の下ならば、自分の意志で動ける」
それを聞いていた俺たちの表情が一瞬固まった。
そんな訳はない。俺を含めて全員がそう思ったに違いない。
なぜなら動いているペットボトルなんて見たことも聞いたこともない。一概には信じがたい。
けれどももしそれが本当だとしたら・・・希望の幅が広がるのは確かだ。
「俺が体験したわけではないし、噂とか都市伝説の類だとは思うのだが」
「なんだ都市伝説か」とレモネードが口を尖らせている。
「ちなみにその条件って?」
誰もが話すのをやめた。現実的でないとしても、みんな興味があるのだ。
興味の矛先にいるカフェラテは黙って頷いて、静かな力のある声で言った。
「それは、人間の目に触れないこと」
人間の目に触れない。
つまり人間に見られていない時は動けるということか。
「そんなの、無理な話だよ」
横から口を挟んだほうじ茶は続ける。
「ここは24時間営業のコンビニだから、必ず店員がいる。
この店のホットドリンクコーナーはレジ横。基本的に店員の視界に入っちゃうよ。
それに僕たちホットドリンクは温かいうちに飲まれることが多いから、購入後は常に購入者が見ている」
確かにそうだ。俺たちが人間の目を避けることは相当難しい。
「飲み終わったらゴミ箱に入れられて、そのまま意識がなくなるんでしょ?」
半信半疑で聞いていた者にも落胆の表情が浮かんでいる。やはりみんな心のどこかで期待していたのだ。
「数分自由に動けたとして、その数分で何ができるのって話だよね」
ほうじ茶があまりにも現実的なことを言い放ったものだから重々しい空気が流れている。
レモネードが考え込んでいるのがわかった。
「イレギュラーに期待するしかないってことね」
レモネードの言うイレギュラーってもしかして。
俺と視線がぶつかりレモネードは頷く。
「そう。ポイ捨て、とか、放置、とか」
ほうじ茶は唖然としている。
「そこまでして、自由に動きたいの?」
どうしてだろう。
その問いにレモネードが何と答えたかが思い出せない。
「自由になりたいわ」と言った気もするし、「別にそんなことないわ」と言った気もする。
ただ、その言葉を聞いたカフェラテが激しく納得していたのは、やけに鮮明に覚えていた。
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