ペットボトル・リベンジ

糸師 悠

第1話

 彼女の唇はほんのり温かかった。

 唇の柔らかさを感じたまま、ゆっくりと俺の中にある液体を彼女に流し込んでいく。

 美女との口移しにこれ以上ないほど気分が高揚していたが、上下する喉仏をうっとり眺める余裕はあった。

 俺の体はだんだん冷えていく。

 彼女に捨てられる日は近づいている。

 そんなことを俺が考えているとも知らず、彼女は俺を掌で優しく包み込んだ。

 深く考えても仕方ない。

 俺は彼女の手に身を委ねることにする。

 俺の体は彼女の両手にすっぽり収まった。

 彼女の冷えて赤みを帯びた指先を温める。俺にもまだそれくらいはできる。

 俺が冷めてしまわないうちに。

 冷めてしまったら彼女を温めることができなくなる。

 中身が空になってしまったら、ゴミ箱へと放り投げられる。


 ふとコンビニ時代の仲間を思い出した。

 あいつらは誰かに買ってもらえただろうか。

 いつも隣に並んでいたほうじ茶。

 穏やかで物知りなカフェラテ。

 意気軒昂でみんなから好かれていたホットレモネード。

 みんなそれぞれいいところがあって、気のいい奴らだった。

 30分ほどしか経っていないと思うが、コンビニのホットドリンクコーナーが恋しくてしょうがない。

 体内を満たしていた温かい緑茶も残り僅かだ。

 やはりゴミ箱行きとなる時は近いようだ。

 今のうちにしっかりと購入者を見ておこう。

 ぷるぷる光っている唇。

 指通りの良さそうな長い髪。

 綺麗な色形の爪。彼女を舐め回すように見つめた。

 こんな美しい女性に買ってもらえて幸せだった。短い人生の中で最大の自慢だ。

 しかしもう自慢を聞かせる相手はいないのだ。

 そう思うと少し寂しくなった。

 空になった俺たちは、ゴミ箱というところに捨てられる。

 そこに捨てられたら、たちまち意識が途切れるらしい。そうカフェラテが言っていたのを思い出した。

 気持ちのいいものではないが、苦しむこともなく安らかな眠りにつけるというので、その穏やかな終わりを望む者が多いと言う。

 購入者によって捨てられ方は変わるらしい。

 街のゴミ箱に捨てる人もいるし、家に持ち帰りラベルやキャップを取って捨てる人もいる。

 後者は真面目でマメな人なのだろう。

 身包みを剥がされるのは少し恥ずかしいけど、すっきりとした気持ちで終わりを迎えられそうな気がする。

 しかし酷い人間もいると聞いた。

 道端に置き去りにする人や、中身が残ったまま部屋に飾る人のことだ。

 そうなってしまうと、俺たちは誰かに回収されるのを待つしかない。

 長いこと放置されるとやがて土に還るみたいだが、その間ずっと意識は残り続ける。

 そんな過酷な状況に陥ってまで長生きしたいとは思わない。

 やはり空になった時点でゴミ箱に入れられて、穏やかに眠る方が平和的で幸せなのかもしれない。

 俺の中に僅かに残っている緑茶はもうぬるい。

 あと二口くらいで飲み切れるほどしか残っていないが、彼女は俺のプラスチック製の身体を持っていた鞄に入れた。

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