西遊記
前編
むかしむかしあるところに、
なんて言葉で始まるわけでは御座いませんが、この日本のどこかにしっかりちゃっかりぽっきりと存在しております私立
なんと恐ろしいことでしょう!
この学校には……、三馬鹿が存在しているのです!!
「シンプルに悪口かよ!?」
ナレーションに突っ込まないでください。
「せめてもうちょっと捻れよ!!」
はいはい、分かりました。分かりましたとも。
きちんと紹介致しますからそんな恨みがましい目をしないでおくんなまし。
まったく……。ええ、ごほん。
改めまして。
さきほどから味方の声もお構いなしにサッカーコートを駆ける少年が一人。まるで身体の一部のようにボールを操り、敵を全く寄せ付けようとは致しません。一人、また一人と抜いていき、遂には五人抜きを行いゴールを決めてしまいました。
「うぃっはーッ!!」
短く揃えられた金髪のスポーツ刈と生傷絶えない身体から、見るからにわんぱく盛りと云った具合で御座いましょう。
ゴールを決めた歓喜の踊りを披露する彼こそ、私立童話之高等学校に住まう三馬鹿の一柱。もとい、
「美猴!!」
「見たっしょ! いまの見たっしょ! 五人抜きとかマジパねえっしょ!! やっぱ俺様てんさィギィ!?」
――ゴンッ!
悟空さんの頭上に輝く一番星。
サッカー部部長
「~~ッ!? ……ァにすんだァ!!」
「チームプレーを守れと何回言えば理解するんだ、このドマヌケがァ!!」
「ゴール決めたんだから良いじゃねえかッ!!」
「一年坊主が生意気言ってんじゃねえ!」
「その一年坊に誰も敵わねえくせに偉そう言ってんじゃねえよ!!」
悟空さんの運動神経はすさまじく、入学一か月も経たない内に、我が校のエースストライカーの座を我が物にしようとなさっておられました。ですが、そこに問題も御座います。さきほど見られたように、悟空さんにチームプレーという概念は御座いません。ただ、我が道を行く彼のやり方に部長が御怒りになってしまうのは分かるというもの。
「だから! 俺にボールくれるだけで良いんだって! そっからは全部俺が点入れてやっからよ!!」
「生意気言ってんじゃねえよ! そんな甘いもんじゃねえんだよ、高校のサッカーってのはな!!」
「それはそれは驚きですわ!! この一か月でその甘々な俺を止められる奴がここにゃ居なかったもので知りもしませんでしたァ!!」
「こんの……ッ!!」
「まぁまぁ、部長落ち着きなさって」
再び拳を振り上げた平天さんを宥めるのは、二年生にして副部長を務める
「悟空もあんまり我儘言うもんやないって。あんたの実力はよぉ分かるけど、サッカーはチームでするもんじゃってな」
「へんッ! やってらんねえ!! 下手くそと練習しても下手くそが移っちまわァ!!」
「ぁあ、悟空っ!」
「放っとけ、あんなマヌケ!!」
練習着を地面に叩きつけ、上半身裸のままで悟空さんがコートを後にします。他の部員の皆さまも平天さんほどではないにせよ、あそこまで馬鹿にされて良い気分なはずもなく誰一人として悟空さんを追いかける人は居ないのでありましたとさ。
※※※
「ぶっしゃっしゃ! それで逃げて来たってか! 馬っ鹿でねぇの!」
「逃げてねえよ!! 俺があいつらを捨ててきたんだよ!!」
コートをあとにした悟空さんが訪れたのは、部室が立ち並ぶ部室棟の裏手で御座います。どうしても雰囲気が暗くなるその場所に屯うのは言ってしまえばお世辞にも柄の良い方々ではありません。
「同じことだろ? どっちにしろ、またお前はぼっちってわけだ」
「ばッ!! …………」
黙ってしまった悟空さんを、一人の男子生徒がまた大きく笑います。声だけではなく、口も、そしてその肉体も大きい方で御座います。横にも。
彼の名前は、
「……お前だって謹慎中のくせに」
「まさか見つかっちまうとはなぁ」
先日、女子更衣室の盗撮騒ぎの犯人として謹慎処分を言い渡されておりました。本日は、謹慎中の課題を提出しに来ていたところを悟空さんに捕まってしまったようです。
「お前だって馬鹿じゃね、っくしょん!!」
「そりゃそんな恰好じゃぁな」
「おーぃ、悟空ー!」
暖かくなってきたとはいえ、まだまだ季節は春で御座います。上半身裸でいればそれはくしゃみの一つも出てきてしまうもの。
そんなおりに、まさしくグッドタイミングで届く一人の男性の声。
「体操服持ってこいって今度は何をしでかしたんだよー」
近づいてくるのは、一言で言えば毛むくじゃらの怪物で御座いましょうか。天然パーマでくるくるふわふわな大量の毛に包まれたおそらく人間が、体操服を手にして走ってくるではありませんか。
練習着を脱ぎ捨ててしまい、悟空さんの着替えは鍵のかかった部室に置かれたままで御座います。だからこそ、御友人に頼んだのでしょうが。
「うっせぇ! ていうか、走って転けるなよ!」
「そんな馬鹿じゃな、あッ!」
「「あ」」
――ずさァァァ
一昔前のコメディー番組でもあそこまで美しく転倒することはなかったことでしょう。受け身を取ることも出来ずに、体操服を所持した男性が転けてしまいました。
「……うあぁ!?」
体操服さんのご冥福をお祈りいたします。
「だから言ったじゃねえか!?」
「ご、ごごごめん!?」
「ぶっしゃっしゃ!」
勢いよく地面にこすりつけられてしまった体操服は、運悪く小石が転がっていたこともあってボロボロの布へと変わり果ててしまっておりました。
これでは、着ることが出来ません。まだバスタオルを巻いているほうがマシというもので御座います。
「なんてことしてくれたんだよぉ!!」
「言うても、あの体操服お前のじゃねえんだろ?」
他人のものを無理やり持ってこさせておいて怒るとは、さすがの悟空さんで御座います。
そして、まさにいま不運に見舞われてしまった男子生徒こそ、三馬鹿最後の一柱
そのため、悟浄さんを避ける者は数多く結局としてそんなことを気にしないある意味では大物な悟空さんと八戒さんと仲良くなったというわけで御座います。
「だァ! くっそ……、仕方ねえ、おい、脱げ悟浄」
「い、嫌に決まってるじゃないか!」
「悟空……、女にモテないからって男に走るとは……、ふがッ!?」
「どつき飛ばすぞ」
「手ぇ出してから言ってんじゃねえぞ、ごらァ!!」
部室棟裏で行われる醜い喧嘩は、騒ぎを聞きつけた教師陣が飛んでくるまで続くので御座いましたとさ。
これが、私立童話之高等学校が抱える悩みの種のひとつである三馬鹿なので御座います。特に、リーダー格の悟空さんだけはどうにもこうにも手に負えず、教師ですら手をお上げになってしまうほどなのでありました。
だからで御座いましょう。
「ほら、どうしたんだい、悟空」
彼らのことを知っている人たちは目を疑いました。まさに当事者である平天さんに至っては、開いた口が塞がらず、両足もガクガクと震えてしまっておりました。
「約束しただろう?」
傍若無人が服を着て歩いていると言われるほどの悟空さんが、
「~~……ッッ!」
「悟空?」
まさか、
「すいま……ッ! せん、でした……ッ!!」
人に頭を下げるだなんて。
誰が想像したでありましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます