中編
あの
その衝撃的過ぎる事件はあっという間に私立
教師ですら手をあげた暴れん坊が、遂に大人しくなったのだ、と。誰もが耳を疑うその内容に、されども続く内容を耳にした人はみな一様にこう続けるのです。
「さすがは生徒会長だ」
と。
※※※
「まじかよ……」
「あ、八戒! 今日から謹慎解けたんだっけ」
「おう……、そう、なんだけどよぉ……」
悟空さんが平天さんに謝罪した事件から二日経ち、謹慎が解けた八戒さんは目の前の光景が信じられず茫然としてしまっておりました。
無事に戻ってきた友人のことを喜ぶ悟浄さんの声もあまり耳に届いていない御様子。とはいえ、それは仕方のないことでありましょう。
なにせ、
「マジで悟空が掃除してやがる……」
二人の目の前では、悟空さんが校門の掃除を、それもにこやかな笑顔で行っているではありませんか。
そもそも今は登校の時間帯で御座います。掃除時間でさえサボり続けていた悟空さんが学校が始まる前に掃除を行うだなんて、まさに天変地異の前触れ以外の何物でも御座いません。
「今日だけじゃないよ、昨日もだよ」
「ンじゃ、あの噂は本当だったわけだ」
謹慎を受け自宅待機していた八戒さんにまで届く噂。
あの悟空が反省している。ともう一つ。
「生徒会長の犬に成り下がったってのは」
悟空を制したのは、私立童話之高等学校生徒会長
「おぃ、悟空」
「はい! おはようござ、げッ……」
八戒さんが声を掛ければ、振り返った悟空さんはとても人が良さそうな笑顔で元気よく挨拶を返そうとしておりました。相手が八戒さんであると気付くとそれはそれはばつが悪そうな顔になるのでありますが。
そんなことよりも、元気よく挨拶をする悟空さんという摩訶不思議な光景に、八戒さんは馬鹿にすることも茶化すことも出来ません。
「……大丈夫か?」
「何か、あったの……?」
「……放っておいてくれ」
むしろ心配すらしてくれる友人の態度に、悟空さんを目を逸らせてしまいました。そんな悟空さんの態度にますます二人の心配は増すばかりで御座います。
「放っておけって言われてもよぉ」
「こんな悟空を放置出来ないよ……」
「放っておけって言ってんだろうが! こんなところをあの野郎に見られたらっ!」
「あの野郎、とはまさか私のことではないよね」
笛のように綺麗に澄んだ声が聞こえてまいります。誰もが虜になりそうなその声に、八戒さんと悟浄さんは驚き振り向きますが、悟空さんだけは苦虫をかみつぶしたように伏してしまわれました。
どこからか黄色い歓声が聞こえてくるようで御座います。
まだ早朝と言うことで人の流れはまばらなれど、行き交う人々が皆一様に足を止め、たった一人の方へと吸い寄せられるように視線を向けてしまうので御座います。
「まさか。そんなことはないよね。ねえ、悟空?」
誰もが息をのんでしまうほどの絶世の美青年がそこにいらっしゃいました。優しい口元に笑みを携え、小さく手を振れば更に歓声が強まります。
この方こそ、私立童話之高等学校が誇る生徒会長金蟬子三蔵。その人で御座います。
その身に宿す力で風紀委員長となってしまった桃太郎さんとは違い、正式な選挙を経て生徒会長へと成られた三蔵さんを慕う方はそれこそ星の数ほどいらっしゃいます。
悟空さん同様に悪童で知られる八戒さんですら、三蔵さんが目の前に居るとなると借りてきた猫のように大人しくなってしまうのです。そもそも彼が謹慎処分を素直に聞き届けていたのは三蔵さんが関わっていたためでも御座いました。
「…………」
「うん?」
黙り込んでしまった悟空さんの顔を三蔵さんがのぞき込みます。男性としては少し小柄な悟空さんを高身長な三蔵さんがのぞき込むとなると、首をかしげ足を少し曲げる体勢になってしまうわけでありまして、それは端からみればまるで接吻を交わしているかのようでもありました。
と、思った周囲の方が少なくはなかったようでありまして、黄色一色だった歓声に絹を裂く悲鳴が交じってしまっておりました。一部、黄色い歓声が強まったのは置いておくと致しましょう。
「なんでも、ありま……せん」
「それは残念」
悟空さんの頭を優しく撫でる三蔵さんの姿に、悟浄さんは驚きを隠せません。八戒さんに至っては、開いた口が塞がらないどころか顎が外れてしまっているのではないかと心配になってしまうほどで御座いました。
「しっかりと校門の掃除をしておくようにね」
美しい微笑みを携えたまま、三蔵さんは校舎へと身を翻して戻っていってしまいました。身体の動きに合わせて、校則規程通りの長さであるスカートを翻しながら。
伝え忘れておりましたが、絶世の美青年にしか見えない三蔵さんは、学生証にも記載されている立派な女生徒なので御座いましたとさ。
※※※
なにがあったと事情を聞き出そうとする八戒さんと悟浄さんから悟空さんは逃げ出し続けます。
それでいて、授業時間になると教室に必ず戻り、一切サボることなく授業を受けるのであります。普段であれば、サボるかサボらないにしてもほとんど寝てしまっている授業のなかで、昼休みまでの四限を全て真面目に悟空さんは受けきりました。
学生として当たり前といえば当たり前ではある光景に、担当した教師一同涙したとかしなかったとか。
昼休みに入り、再びやってきた二人の友人から逃げ出した悟空さんがやって来た場所、それは。
「いらっしゃい」
三蔵さんが待つ生徒会室なので御座います。
一般的な学校がどうかは分かりませんが、私立童話之高等学校生徒会室はまるで企業の社長室のような機能を果たしております。事実、この部屋以上の設備が整えられているのは理事長室だけであることからも窺えることでしょう。
それほどの設備が必要になるほど生徒会が決める役割はとても大きいのです。生徒の自立心を養おうと創始者が決定されたとのことでは御座いますが、何分大昔のことであり定かではありません。分かっていることは、生徒会に譲渡された決定権が一般の学校のそれとは遙かに異なっているということで御座いましょう。
「おい! 生徒会長が声を掛けてくださったのだぞ!」
「よしなさい」
悟空さんが生徒会室に飛び込んだ時、部屋に居たのは三蔵さんともう一人。生徒会庶務であり、三蔵同様に三年生である
三蔵さんへ挨拶を返さない悟空さんの態度に声を荒げるほど、白竜さんは三蔵さんに首ったけなので御座います。
「怒るようなことじゃないよ。とはいえ、私も悟空の声が聞きたいのだが、挨拶を返してはくれないのかい」
「…………」
「悟空?」
「お邪魔、いたします……ッ」
「はい、いらっしゃい」
悟空さんの言葉に満足した三蔵さんは、いつもの優しい菩薩の如き笑みを浮かべなさいます。白竜さんに至っては、それだけで虜になってしまうほど。仕事しなくて良いのでしょうか。
「さて。少し悟空と話がしたいのでね。悪いけれど、白竜は席を外してもらえるかな」
「なッ!?」
急転直下。
三蔵さんの言葉に、白竜さんは顔を真っ青にしてしまいます。
「こんな輩と三蔵様を二人っきりになど出来ようはずがありません!」
「白竜」
「ッ」
「席を外してもらえるかな」
変わらないはずの三蔵さんの笑顔に恐ろしい圧力のようなものを感じます。あれだけ納得いかないと態度で示していた白竜さんが大人しく引き下がるほど。
「……なにか御座いましたらお呼びください」
「さて」
白竜さんが出て行ったことを確認し、菩薩な笑みを浮かべたままの三蔵さんがゆっくりと悟空さんへ近づかれます。
そっと、彼女の白魚のような手が悟空さんの頬を撫でる。嫌悪感を隠そうとされない悟空さんでは御座いますが、その手を振り払うことは致しません。
少しずつ、少しずつ。
頬を撫でる手が、その指が、悟空さんの肌を伝う。まったく手入れのされていない彼の唇へ指がかかり、
「こんなシチュエーションが好きそうだよね」
「ごふっ」
「学校を裏から牛耳る大企業の息子にして生徒会長が弱みを握られて副会長に下克上に会う話とかはどうだい! それとも君としては素直に会長×副会長のほうを推すかな!」
突如として意味不明な言葉を列挙される三蔵さんに、悟空さんはまるで子ウサギのように顔を手で覆ってやめろ、やめろ。と小さく呟き続けるのでした。
「やはり同好の士というものは素晴らしいとは思わないか! 私と君をつなぎ合わせてくれた存在が居るというのなら私はその方に感謝を捧げようじゃないか!」
「居たとすれば、そいつは魑魅魍魎の類いだ……ッ」
対照的なほど二人のテンションは大きくかけ離れております。ここまで落ち込む悟空さんも珍しくは御座いますが、なによりもここまでテンションの高い三蔵さんのほうが比べようがないほど珍しいもので御座いましょう。
まるで夢見る乙女のように、初めて自身の足で立ち上がった少女のように、姉を氷の呪縛から振りほどいた妹のように、三蔵さんは生徒会室でその身を躍らせるのでありました。
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