一寸法師
前編
むかしむかしあるところに、
なんて言葉で始まるわけでは御座いませんが、この日本のどこかにしっかりちゃっかりぽっきりと存在しております私立
なんと恐ろしいことでしょう!
この学校には……、何でも食べてしまう大食らいのお姫様が存在しているのです!!
「しばくぞ」
ナレーションに突っ込まないでください。
「せやかてもうちょっと紹介の仕方あるやろ」
はいはい、分かりました。分かりましたとも。
きちんと紹介致しますからそれ以上米粒を飛ばさないでおくんなまし。
まったく……。ええ、ごほん。
改めまして。
さきほどから周囲の視線などお構いなしに幸せそうにおむすびをパクつく可憐な少女が一人。もっとも、実はといえば周囲は慣れてしまっておりますのでまったく視線を向けてなど居ないので御座いますが。
立てば芍薬、座れば牡丹、黙っていれば百合の花。
まさしく言動が全てを台無しにする大和撫子で御座います。あぁあぁ……、ほっぺたに米粒なんか付けちゃって。
まだこれがお昼休みであれば可愛いものかも致しませんが、いまは一限と二限の間の小休憩時間で御座います。つまりは、彼女の行いは所謂早弁と言われる類いのものと相成り申す。
そんなおむすび姫こと似非大和撫子な美少女こそ、私立童話之高等学校に住まう大食らい姫。もとい、
彼女が食べる口と手が止まる様子は一切見られません。あまつさえ右手にひとつ、左手にひとつ。つまりは両の手におむすびをひとつずつ持ちましては、右を一口左を一口。
あなたは昔話の食いしん坊な小坊主でありますことか。
「ちょっと京? そろそろ授業始まるわよ」
「もぐ、もぐもぐ。もぐもぐ、もぐ」
「咀嚼音で返事するんじゃないわよ!」
おや。誰かと思えば、前回のヒロイン
「ここがあたしのクラスなんだけど、悪い!?」
悪いとまでは言っておりませんとも。
「ほら、お茶を飲む! 次の授業の準備問題ないんでしょうね!」
「んぐ……、んぐ……、ぷはァ! 問題しかないって意味で言うたら問題ないで」
「あんたまた宿題してこなかったの!?」
「諸行無常……」
おむすびを食べ終えた京さんが合掌すれば、美宝さんの標的は別の方へとシフトチェンジされるので御座います。
「あんたも黙ってないでなんとか言いなさいよ!」
彼女が怒鳴るのは私にではありません。私はただのナレーションでしかありません。
彼女が怒鳴るのは、京さんの隣にずっと立っていた一人の男子生徒。え? どうして今まで説明描写を入れなかったのかって? だって、この人まったくしゃべらないんですもの。
「…………」
「え?」
「…………」
現世に蘇ったぬりかべを彷彿とさせるほどの肉体を持つ男性は別段美宝さんを無視しているわけではありません。何やらもにょもにょと口が動いていることだけは確認が取れるからです。
「ん~……?」
口調はきつくても実は優しい美宝さんが、もにょもにょ動く彼の口元へと耳を近づけていきます。
「ごめん……? あんたが謝ることじゃないでしょうが!!」
ようやく言葉が伝わったことに安堵してしまうのですが、それでもたった三文字を伝えるためだけにどれだけの時間を有すれば良いというのでしょう。
「…………」
「ああ、もう! 別に怒っているわけじゃないわよ! ……調子狂うわねぇ……」
身体が大きいくせに気が小さい。
美宝さんさんに怒鳴られたそれだけでしゅんとしてしまう彼の態度に、美宝さんのほうが困惑してしまいます。
「仕方あらへんよ、一寸やもん」
「あんたは何ちゃっかりまた食べてんのよ!!」
諸悪の根源と申しますか、美宝さんが騒ぐ原因であった京さんは素知らぬ顔でまたおむすびを食べ始めておりました。もはや彼女を止めることは美宝さんほどの御方でも出来そうがありません。
「ところで、美宝ちゃん」
「何よッ」
「チャイム鳴ったで?」
「~~ッ! 覚えてなさいよ!!」
真面目な美宝さんです。チャイムが鳴ってまだ机に戻っていないわけにもいかず、彼女は地団駄を踏みながら自分の机へと戻っていくのでありました。
そんな彼女をけらけらと笑う京さんは、
「あんたもはよぉ、戻りや」
一寸と呼ばれた男子生徒のお尻を一発強く叩くのでした。
※※※
彼の名前は、
一寸(現在で言うと約3センチ)という名前のくせに、身長182センチを誇る立派な男子です。それだけ体躯が良ければ勿論その身に宿すパワーも相当なものがあるので御座いますが、なんとも言えず心が弱い。
さきほど見せたように人前で大きな声を出すことが全く出来ず、自分の主張を言うことも滅多にありません。その上、あがり症も合わさって所属する剣道部では一度も勝利を収めたことがないという徹底ぶり。
京さんとは、幼き頃からの友人であり、所謂幼馴染という存在に御座います。口元へ耳を近づけなくても彼の言葉を理解するのは、両親を除けば彼女ぐらいなものなのです。
それはつまり、彼と会話するにはじっっっっくりと彼の言葉を聞く必要性があるわけで、当然なことでありますが、御友人もいらっしゃらないご様子。
「一寸、茶ぁちょうだい」
「…………」
結局、彼は休み時間の度に京さんの傍へとやってきては、まるで奴隷のように彼女の要望に応え続けるのでありましたとさ。
「…………」
「なんやあんたまで美宝ちゃんみたいなこと言いくさりおってからに」
「…………」
「やかましいわい、そんなんウチの勝手やろうが。それとも何や? ウチに逆らう気か? お前が?」
「…………ッ」
「ふん……ッ! 分かったら黙っとけや、おむすび!」
落ち込んだ様子でおむすびを彼女に差し出す一寸さんには大変恐縮なのですが、彼の台詞が「…………」しか分からないのでどんな会話になっているのかさっぱり……。
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