後編


 むかしむかしのそのまたむかし。

 あるところに、ゆうかんなおんなのことなきむしのおとこのこがおりました。


 おんなのこはまがったことがだいきらい。

 おとこのこがいじめられていると、いつもおんなのこがたすけてくれました。


 あるときをさかいに、おとこのこへのいじめがなくなります。

 おとこのこはそれはそれはよろこびました。これでやっと、がっこうにこわがることなくかよえるからです。


 ですが、おとこのこはきづいてしまいました。

 いじめのたいしょうが、じぶんからおんなのこへとうつっていることに。

 おんなのこが、てをにぎりしめてくやしさをがまんしていることに。


 そのことに。

 おとこのこは……。



 ※※※



「あー……、ちょっと良いかな」


 前を歩く複数の男たち。

 桃太郎さんが声を掛けたことで、彼らの足が止まります。


「ンだよ、兄ちゃん」

「いま、忙しいんだよ」


 時代遅れの改造学ランを身に纏った彼らは、ガラが悪いだけでなく、喧嘩に明け暮れているのが見て取れる立派な体躯を持っておりました。

 そのなかでもひと際身体のでかい男が桃太郎さんの前に立ちはだかります。その大きさはまさに圧巻の一言です。腕の太さは、女性の腰ほどもあるのではないでしょうか。


「番長! こいつら、童話之高等学校どうわのこうとうがっこうの生徒ですぜ!」

「ちょうど良いや! こいつに道案内させやしょう!!」


 桃太郎さんの制服を童話之高校のものだと気付いた一人が騒げば、つられて他の不良たちも騒ぎ出します。まるで、猿山の猿のようです。おそろしいので口には出せませんが。


「そうかそうか、おい、ちょっと面ぁ貸せや。なぁに、素直に言うことを聞けば痛い目にゃ会わさねえからよ」


 番長と呼ばれた男が下卑た笑いを見せます。

 番長と言うからにはもっと男らしい笑い方をしてほしいものです。絵的にも。


「うちに何のようだ」


「おおぅ……、兄ちゃん。随分と強気じゃねえか。いやいや、嫌いじゃねえよ? うん?」


 桃太郎さんの態度をやせ我慢と捉えたのでしょうか、番長が更に彼を馬鹿にしたように笑います。


「おたくの学校には用はねぇんだけどよ。おたくの風紀委員に、鬼ヶ島おにがしまっつぅ女が居るだろ? お?」


「居るな、確かに」


「そいつがよ! この間俺の舎弟が街で遊んでいるときにイチャモンつけてきやがったらしいんだわ。なぁ!!」


「ああ! こっちはただ遊んでただけだってのによ!」

「ちょぉっと金がねえから貸してくれるか? ってお前らの生徒にお願いしてただけだってのによ!」


「なァ? 可愛い可愛い後輩が馬鹿にされて黙ってられるわけねえだろぉ? じゃあ、きっちり落とし前つけさせてもらおうってそれだけ、の話なんだよ」


 つまり、本日桃太郎さんがすっぽかした会議というのはこのことを話し合う予定だったということでしょう。

 少し前に美宝さんが、童話之高校の生徒がカツアゲされている場面に出くわしてしまい、それを救出した。そして、それをきっかけとして、付近にパトロールを行おうということに繋がったというわけですね。


「……一人の時に危ないことすんなってあれほど……」


「ぁあ!? なんか言ったかァ!!」


 困ったように頭をかく桃太郎さんの態度が気に障ったのか、それとも自分の言うことに従う素振りを見せないのが苛立ったのか。

 ともあれ、番長は桃太郎さんの胸倉を掴み上げてしまいます。


「分かるかぁ!? その女のせいで俺の可愛い後輩が大怪我負ったんだ! ただ遊んでただけだってのによォ!!」


「その女が少し前に怪我してたことがあったんだけど」


 そういえば、先週くらいに美宝さんが頬に絆創膏を付けていたことがあったような。

 あの時は転けただけだと笑っておりましたけど。


「一発しか殴れてねえんだよ! 割りに合わねえだろうが!!」


「そうか」


 今更ですけど、尺の関係もありますのでこの辺で説明しちゃいましょうか。

 どうして、吉備津きびつの桃太郎ももたろうさんが私立童話之高等学校風紀委員長を務めているのか。


 それは、至極単純な理由であり、


 私立童話之高等学校風紀委員に於いて、委員長を務める条件はただ一つ、


「そうか。じゃねぇんだよォォオ!!」


 ――がしッ


「……え?」


 誰よりも、


「ぅぎゃァァアアアア!?」


 強いこと。


 殴りかかった番長の拳を桃太郎さんが受け止め握りしめる。それだけで、いままでの威張り散らして態度から想像出来ないほど情けない悲鳴をあげて番長が暴れ出します。


「風紀とか、正義とかはどうでも良くてさ」


 これは御伽噺では御座いません。

 小さい子どもに読み聞かせる話でなければ、誰もが真似をしようと思える道徳のお話でも御座いません。


「あいつをどうこうしようって言うなら」


 ここに居るのは鬼で御座います。

 好きな女性を守るために、道徳も倫理も踏みにじったまさしく。


「全員殺す」


 鬼で御座いましょう。



 ※※※



「もォォォォォォ……」


「うん?」


「もぉぉおおお!!」


「ゲフォドリュボォ!?」


 生クリームイチゴバナナパフェを美味しそうに食べていらっしゃった桃太郎さんが宙を舞います。それはもう軽やかに。一回転、二回転…………、五回転を越えたァ!!


「あでぼっしゃァ!!」


 ぶざまに地面にめり込む愚かな男の末路で御座いました。あ、パフェはしっかりと確保しております。勇子さんが。


「さすがは鬼の字、ナイス飛び蹴り」


「10点満点だねぇ……」


 猿之介さんによる拍手喝采が贈られるなか、その彼女といえば、幻覚で鬼の角が見えてしまいそうなほど怒りを顕にしておられました。


「見つけたわよォ……! どこでサボってんのかと思えば、あんたぁぁああ!!」


「も、桃太郎さァァァん!!」


 美宝さんが飛び込んできた方角から聞こえる情けない声は、まさしく健太さんのものでありました。

 電話の時の覚悟はどこへやら、普段通りの子犬の如き小ささのまま涙交じりで登場する彼のなんと可愛らしいことでしょう。


「な、にしてんだよ、健太ァ!!」


「で、ですけど桃太郎さんがメールでもう大丈夫だって仰るからぁ……!」


 自分のことは棚に上げ、美宝さんを抑えていなかった健太さんに怒る桃太郎さんですが、もう大丈夫だと御自身で言ったのであればそれは健太さんに非はないというもの。


「さァ!! 帰って会議するわよ! みんなが待ってるんだから!!」


「えぇええええ!! もう良いじゃん! みんなだってもう帰ってるって!!」


「それが、美宝さんが怖いのでまだ残っているらしくて……」


「帰れよ!?」


「誰が怖いですって!?」


「ごめんなさい!!」


 首根っこを掴まれて引きずられてしまえば、桃太郎さんに成す術は御座いません。藻掻いても暴れても美宝さんの拘束から逃れることは出来ないので御座います。


「さ、猿之介! 勇子!」


 頼りになる二人の友の名を情けない呼ぶ桃太郎さんに、


「頑張れ」


「残りは食べておくねぇ……」


「ちきしょぉぉぉおお!!」


 助けなどありはずがないのでありましたとさ。


 めでたし、めでたし。



 ※※※



 ところで、思ったのですが。


「うん?」


 普段から真面目に取り組む姿勢を見せれば、もっと彼女に怒られることもないのでは?


「……」


 桃太郎さん?


「めんどくさいことは、めんどくさいし……」


 あ、そこは素なんですね。

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