中編
さて、それでは前回伝え忘れておりましたことをこの場をお借りしてご説明する次第に御座います。
それは、どうしてあの
実は簡単なことでありました。
私立
「桃ォォォオオオ!!」
うわ、びっくりしたッ!?
窓ガラスが割れんばかりの大声を発しているのは……、おや、
「あ、ンのぉぉお!!」
「おッ、鬼の字じゃねえか。どうした、そんな血相を」
「ボケぇえええ!!」
「変え、……て」
掃除当番を終えて教室へ戻ってきた猿之介さんが声を掛けたことなど気に留めずに、彼女はまさに鬼の形相で廊下へと飛び出していってしまいました。この事からも分かるように、彼女が叫んでいた場所は桃太郎さんの教室です。
「風紀委員が廊下走るなよ……」
「今のってぇ……、美宝さんだったりぃ……?」
猿之介さんのまさしくな正論に大いに賛同したいところでありますが、同じく別の場所を掃除していた勇子さんがのっそりと教室へと戻ってまいりました。
「したけど……、なんかすんげぇキレてたわ」
「いつものことじゃなぁぃ……」
「それもそうか。ンで? 今日は桃の字の奴なにしでかしたんだ?」
彼らは桃太郎さんの友人です。そのため、分かるのです。どうせ桃太郎さんが悪いということが。これぞまさしく友情ですね。
「多分だけどぉ……、会議をすっぽかしたんじゃなぁい……?」
「……あー」
スマフォを取り出した猿之介さんがメッセージアプリを起動させる。お相手は桃太郎さん……、ではなく。
「あとはがんばれ、と」
桃太郎さんや美宝さんと同じく風紀委員である健太さん。
ちなみに、猿之介さんも勇子さんも風紀委員ではありません。猿之介さんに至っては桃太郎さんとは別の意味で風紀される側ですしね。
「ンじゃ、帰るか」
「パフェ食べにいきましょぉ……」
「見た目と好みが合ってねえの何とかしろよ、いい加減」
※※※
――どこ行ったァァァア!!
「うへぇ……、美宝の奴すんげぇ怒ってる……」
それはそうでしょうとも。
というか、校舎裏の外階段とかまさしくサボり場で何をしているんですか、桃太郎さんは。
「それがさぁ」
あ、私はナレーションですので。
「ああ、ごめんごめん」
桃太郎さんのスマフォが鬼のように鳴り続けております。お相手も鬼なのでしょうけれど。
ミュート状態にしてしまう行動の素早さがあるのならば、普段からもう少し機敏に行動すれば宜しいでしょうに。
「これは、独り言なんだけどね」
どうぞどうぞ。
「美宝ってさ、昔っからああなんだよ」
独り言を話し出す桃太郎さんの横顔は、過去を懐かしむものであり、そして大切な宝物を触っているかのようでありました。
「真面目って言うか、融通か利かないっていうか」
幾分には桃太郎さんがだらしなすぎるのが原因とも思えてなりませんが、確かに美宝さんは所謂固いほうの人間でありましょう。
伊達に鬼の副委員長と呼ばれてはおりません。これは別に名前に鬼の字が入っているからではなく。彼女の風紀に対する心付けに対する……、言ってしまえば悪口でしょうか。
「もう少し肩の力を抜けば良いのにね。俺ほど抜いたら駄目だろうけど」
これまた言葉通り力の抜けきった顔で笑う桃太郎さんを見ていると、ここまで抜いてしまうと人間としてどうかと思わなくもありません。
「今日の会議もさ。最近この辺に他の高校の不良が出歩いているからその取り締まり強化を行おうって内容なわけ。それって俺たちがすることかな? 違うよね、普通警察にお任せして頑張ってちょ! なわけじゃん」
バイブし続けるスマフォを握りしめる桃太郎さん。まるで、何かを待っているかのようでもありました。
「もしもそれで自分が怪我したら、とか考えないんだよなぁ……」
ため息を落とす桃太郎さんは、まるで。
その時でありました。
「もしもしッ」
ディスプレイに映し出される名前を目にした途端、あり得ないほどの速さで桃太郎さんが電話に出たのであります。
『桃太郎くん? 私だけどぉ……』
聞こえてくる鈍く低い声。
「どこだ」
何を見た、とも何があったとも聞かない。
いきなり場所を問い質す桃太郎さんのあまりにもな質問に、電話先の声はむしろ嬉しそうな声色となっていく。
『駅前のパフェ屋さんだよぉ……、十七人くらいだったかなぁ……』
くらい、と着けながらも彼女の示す数は具体的でありました。
『桃の字、聞こえるか? 適当に調べたけど、
『ぐぇ……』
女性を押し退けるように聞こえてくる男性の声。
どうやって調べたかは分かりませんが、次々と桃太郎さんのスマフォに複数のガラの悪そうな男の情報が集まってまいります。
西之埼高校は童話之高等学校の西にある名高い不良高校です。ちなみに、他にも東之埼高校、北之埼高校、南之埼高校とこの辺には全部で五つの高校があったり致します。
「さんきゅ、猿之介、勇子」
『手伝うか?』
『えぇ……、むしろ邪魔じゃなぁい……?』
『お前はパフェ食べたいだけだろうがッ!!』
電話から聞こえてくる友のじゃれ合う声に桃太郎さんが笑います。それはそれはとても楽しそうに。
「大丈夫だ。ありがとうな」
『ン、なら良い』
『また明日ねぇ……』
切れたスマフォを操作して、桃太郎さんが別の方へと連絡を取ろうとすれば、ワンコールもしない間にわんっ! と元気よく返事がありました。
『桃太郎さぁぁん!?』
訂正。わんっ! ではなく、元気よくもありませんでした。今にも泣きそうな情けない声です。
『どこに居るんですかァ!? 美宝さんがそれはもう怒って怒って……、大変なんですよぉぉ!!』
彼の背後から、委員長!? 委員長とつながったのか!? と、他の委員会の方々の叫び声が聞こえてまいります。それはもう恐ろしいことになっているのでしょう。桃太郎さんのせいで。
「ちょっと今から用事が出来てな」
『嘘でしょ!?』
「少しで良いから、美宝の奴を学校に留めておいてくれるか」
『む、無理ですよ!? そんな! そろそろ美宝さん外にまで探しにいきそうな勢いで! というか、あの状態の美宝さんを僕なんかが止められるわけが!?』
健太さんには酷ですが、情けない声を電話で聞いてしまえばそれも無理だと思えてなりません。そもそもが、あの鬼状態になってしまった美宝さんを止められるなんて。それはもう災害を人の力で食い止めろというようなものであり、
「頼む」
『……わかりました』
耳を疑ってしまいました。
言葉の内容にではありません。言葉の強さにで御座います。
あれほど情けなかった健太さんの声から、頼りなさも臆病さも何もかもが消え去っておりました。そこに籠もるのは覚悟を決めた男の声。
何を差し置いてでも断固としてやり切ってみせるという覚悟の声でありました。
たった一言、
頼むと言われた。それだけだけのことであり。
『必ず全う致します』
彼にとっては、それだけで充分すぎることでありました。
理解出来ることではないでしょう。ですが、そこには確実に何かがあったのです。とはいえ、それを語るのは今回の趣旨では御座いません。
いずれ語る機会を得られればと願いつつも、今は。
悪人退治と、
「行ってくる」
まいりましょう。
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