桃太郎

前編


 むかしむかしあるところに、

 なんて言葉で始まるわけでは御座いませんが、この日本のどこかにしっかりちゃっかりぽっきりと存在しております私立童話之高等学校どうわのこうとうがっこう


 なんと恐ろしいことでしょう!

 この学校には……、鬼が存在しているのです!!


「誰が鬼よッ!!」


 ナレーションに突っ込まないでください。


「自己紹介もぶっ飛ばして鬼扱いされて黙っていられるわけないでしょうが! だいたいあたしは!」


 はいはい、分かりました。分かりましたとも。

 きちんと紹介いたしますからそれ以上興奮しないでおくんなまし。


 まったく……。ええ、ごほん。

 改めまして。

 さきほどから他人様の家の前で騒ぎ立てている少女が一人。朝っぱらだというのに周囲の迷惑お構いなしに騒ぐその姿はまさに鬼と、あ、はいはい。ちゃんと説明しますから睨まないで。


「いい加減出てきなさい! 桃!!」


 スカートの短さには女子高生の誇りと信念が詰まっているのでしょうか。タイツを装備した健康的な足が麗しい。

 若干野性味こそ溢れていても、キリリと凛々しい釣り目な瞳と叫ぶ大口から見える八重歯がチャームポイントな美少女こそ、私立童話之高等学校に住まう鬼。もとい、風紀委員会鬼の副委員長鬼ヶ島おにがしま美宝みほその人である。


「遅刻するでしょうが!!」


 風紀委員会に属するものがスカートを短くして良いのかどうかと論争はあるだろうが、見た目が良いのだから良いではないだろうか。あと、小癪にも彼女は校則ギリギリを攻めているので実際にも問題がなかったりする。


「出てこないって言うならァ!」


「ふわぁ~……」


 人間の頭ほどもある庭石を持ち上げた彼女が、手にした凶器を振り下ろす寸前で目の前の扉からやる気など母親の腹にすべて置いてきましたと言わんばかりの適当そうな男が顔を出す。

 良かったね、扉さん。


「おはようさん……、相変わらず朝からテンションたっかいなぁ……」


「あんたねぇ……! 毎度毎度何回言えば覚えるつもりよ……!!」


 ぴょろるりょ~んと跳ねた寝癖を直す気などあるはずもなく、むしろ制服のネクタイを付けているだけで大喝采を受けそうなほどなこの男こそ。


「朝はしっかり仕度して時間に余裕を持って行動しなさい!」


「だってさぁ」


 名を、吉備津きびつの桃太郎ももたろう

 天下無双の昼行灯にして、


「だってじゃない!!」


 そして……、


としての自覚を持てって言っているのよ!!」


 世も末とはまさにこのことであろうか。


 どうしてこの風紀を取り締まるどころか取り締まられる側の人間にしか見えない男が風紀委員長の看板を背負っているかというと、そこにはのっぴきならない理由があるのだが。


「だいたい毎日毎日起こしに来てもらって恥ずかしいとは思わないわけ!?」


「思わないかなぁ」


「思いなさいよ!」


「いやー、ありがとうありがとう。さすがは美宝は頼りになるなぁ」


「そッ! んなこと言われも別に嬉しくもなにももにょもにょ……」


 そんなことより、御二人さんや。


「何かな」


「何よ!」


 遅刻しますよ。


「走るわよ!!」


「頑張れ!」


「あんたもよ!!」


 本日一番の元気な声を出した桃太郎さんの尻を、美宝さんが華麗なフォームで蹴り飛ばすので御座いましたとさ。



 ※※※



「大丈夫かよ、桃の字」


「…………、……」


「何て?」


 なんとか遅刻せずに済んだものの、自身の机にたどり着くと同時に精魂尽き果てた桃太郎さんに集まるのは二人の男子生徒。

 桃太郎さんの前の机に偉そうに直接座り、彼のことを桃の字と呼ぶヤンキー風な男の名前は、楽々森ささもり猿之介さるのすけ。左耳にはピアス、首にはジャラジャラと鎖のアクセサリー、極めつけには染め上げた金髪とまさにな見た目の割に頭脳明晰という少し残念かつムカつく男である。


「吐きそう、だって」


 ぼそぼそ呟く桃太郎さんの声を拾う小柄の男の名前は、犬飼いぬかい健太けんた。身体が小さいだけでなく、顔もまた童顔なため彼が一人で歩くと中学生どころか小学生と間違われてしまうこともある。


「相変わらず桃の字は朝が弱いなァ」


「桃太郎さん、桃太郎さん。それでしたら明日から一緒に早起きして散歩しませんかッ」


 彼のことを思っての健太さんの提案ではあるようだが、当の本人からすれば死刑執行人のように見えているのでしょうか。

 おぞましいものを見る瞳で見られてしまい、しょぼくれる健太さんを猿之介さんが指指して大笑いする。


「ところで……」


 どれだけしょぼくれようが、桃太郎さんに軽く頭を撫でられるだけで機嫌が復活する健太さんもどうかとは思うものの、のっそりと復活を果たした桃太郎さんが教室の様子を一瞥し、


「勇子は?」


 姿が見えないもう一人の友の名前を呼びましたところ。


「ここに居るよぉ……」


 地獄の窯を開けたようなひどく鈍い声が、


「ひぃ!?」


「どぉわァ!?」


 桃太郎さんの足元から聞こえて参りました。


「何してんだ」


「桃太郎くんが驚くかとぉ……」


 のぉっそりと椅子の下から這い出てくる一匹の物の怪。ではなく、女生徒。多分。

 腰を抜かす健太さんや、勢い余って机から落ちる猿之介さんとは違い、桃太郎さんのは反応はとても薄いものでありました。まるで、そこに居るのが分かっていたかのようでもあり、そもそも興味がなかったりするかのようでもある。


「驚いた驚いた」


「優しいねぇ……、でもぉ……、この二人くらい驚いてくれないとねぇ……」


「ばッ! おまッ! 朝から心臓に悪いわ、ボケ!! ン? おい、犬? おい、犬!?」


「わぁ……、綺麗なお花畑だ~」


「そっち行くなァァ!?」


 腰まで届く黒髪は、元は美しいものであったのだろうがあまり手入れがされていないのか、枝毛が目立ってしまっている。前髪もまた長くほぼ完全に顔を隠しきっているその立ち姿はまさに現代に蘇った純和風幽霊ではないでしょうか。

 とはいえ、こんな朝から幽霊が出るはずがありませんし、幽霊が高校の制服を着こなしているのはおしゃれが過ぎるというもの。

 彼女の名前は、留玉とめたま勇子ゆうこ。彼女もまた、桃太郎さんの友人の一人でありました。

 あ、当然ですが生きている普通の人間ですよ。


「楽しいねぇ……」


「言うてる暇あったら犬を助けるの手伝えやァ!!」


「あ、お婆ちゃんだー」


「お前の婆ちゃんは三年前に死んでんだろうがァァ!! 犬ぅぅ!!」


「今日の放課後は風紀委員会の会議でしたっけぇ」


 臨死体験真っただ中の健太くんを心配しているのが猿之介さんただ一人という悲しすぎる状況に涙が止まりません。なにげに彼は友達想いなのでしょう。まさにヤンキー風にぴったりです。

 そんなことよりも、桃太郎さんは勇子さんに掛けられた言葉の内容のほうが憂鬱なようでありました。


「……めんどくせぇ……」


「駄目ですよぉ……? そんなこと言ってたらまた美宝さんが怒鳴り込んできちゃいますからぁ……」


「隣のクラスだってのに元気なもんだよ……、はぁ……」


 さきほどから美宝さんが出てこないのは、彼女が彼らとクラスが違うからで御座います。きっちり桃太郎さんを彼の教室へ送り届けてから自教室へ向かうあたりがなんとも言えませんね。


「委員長変わってくれよ、勇子なら出来っだろ」


「わたしにはとてもとてもぉ……、桃太郎くんだから出来るお仕事だよぉ……」


「嘘つけ……」


 再び机に突っ伏す彼を、勇子さんはそれはそれは楽しそうに微笑むのでありました。余談ではありますが、彼女の可憐な笑みを偶然目撃してしまったクラスメートは、そのあまりにもな光景に心臓麻痺を起こしたとか起こさなかったとか。


「犬ぅぅ!!」


 あ、まだ還ってきてなかったのですね。

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