第二話
昨夜の事が気に掛かった私は、早朝に支度をし、書き置きを残して家を出た。
コンビニで適当に時間を潰した後、上司に欠勤する旨の電話を入れた。仮病――とも言い切れないのだが――と偽ったものの、上司からはとても真剣に心配された。一芝居打つ必要もない程度には、私の声色は酷く落ち込んでいた。
喫茶店に入り、軽食を摂りながら考えをまとめる。
昨夜の出来事は一体何だったのだろうか。
部屋の406号室の間取りは1LDK、玄関から直線に廊下が伸び、右手から順にトイレ、洗面所が設えてある。
彼にも確認したが、やはり、掴んだのは私の右足だけだった。彼の居た位置や状況を考えても、嘘を言ってはいないだろう。右方向から左足を掴むには、私に気付かれず、相当な距離を近付かなければならない。仮に後ろから忍び寄り手を伸ばすにしても、玄関のドアは入室後そのまま施錠したので、それこそ不可能だ。
けれど――。
左の踝辺りに触れる。一瞬、感電した様な痛みと痺れがして顔を顰めた。そっと、白のスラックスの裾を捲る。
露出した皮膚に、昨晩までは無かった痣が色濃く浮き出ていた。今朝よりも確実に悪化している。線がはっきりとしたことで、真後ろから掴まれた痕が指の形まで見て取れた――右手だ。
このままでは、駄目な気がする。
一刻も早く何とかしなければいけない。何故か、そんな焦燥に駆られていた。得体の知れない体験をして、神経が過敏になっているからだろうか。
思わず自嘲してしまった。人の事を散々笑いの種にしといて、いざ自分の身に降り掛かれば、こうも情けなくなるものか。
彼はもう出社しているだろうか。携帯電話を取り出し、彼に今晩は外食で済まそうとメッセージを送った。営業時間になれば、不動産仲介業者にできるだけ早く伺いたい旨の連絡を入れよう。
そこまで考えて、私はもう一人、電話を掛ける宛に思い当たった。
届いてから一口も付けていなかった珈琲を飲む。既に冷えて生温くなっていた。
大学の後輩に、そういうの詳しい奴がいたな。
正確には友人の後輩で、直接の面識は数回程度しかなく、ちゃんと話したことすら無い。友人から、その後輩は旅行サークルに入ってはいるが、少し変わった男だと聞いていた。当時は対して興味も無く聞き流していたのだが――。
左足首が脈を打つたび、鈍く痛んだ。
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