第21話「サイタマ県央サイタマスーパースクールVS西部西南部サイタマスーパースクール」

 目的を持って過ごす時間は、本当に早い。授業のほかに昼休みや放課後もサイタマバーチャルバトルの練習に充てて、俺たちのチームワークは上がっていった。


 刀香先生の計らいで、隣のクラスで最も仮想能力の高い鴻巣操(こうのすみさお)・桶川紅美(おけがわあけみ)・北本土真子(きたもととまこ)という女生徒を相手にした実戦練習もさせてもらって、だいぶサイタマバーチャルバトルというものが肌でわかってきた。


 そして、ついにサイタマ新都心にあるサイタマハイパーアリーナでのサイタマバーチャルバトル開催の日がやってきた。

 新人戦といえど、闘う舞台はこれ以上にない大舞台だ。


☆ ☆ ☆


「あなたたちに直接会うのは初めてね」


 サイタマハイパーアリーナの控室で、刀香先生や流香先生に似た眼鏡の女性と向き合う。教頭の桜木弓香先生だ。流香先生たちと似た顔をしているが、眼鏡が特徴的だった。


「これまでずっと刀香と流香に任せてきたけど、今日は私からも一言言わせてもらうわ。……絶対に、勝ちなさい。あなたたちなら絶対に、勝てるから!」


 容貌はクールだが、発せられる言葉は熱かった。


「……与野待人くん、あなたを入学させた判断が間違いじゃなかったって、証明してみせなさい。バトル能力は低くても、あなたが答案に書いた戦術の点数は受験者の中で最も高かったのよ。きっと、三人を勝利に導けるはずだわ」


 そして、弓香先生は、俺に向き合って告げた。そう。電話で俺に入学するかどうか訊ねてきたのは、弓香先生だった。この声と話し方を、決して忘れはしない。


「負けませんよ。勝つために、ここへ来たんですから」

「うんっ、絶対に負けないんだから! あたしたちが一番サイタマを愛しているし、強いもんっ!」

「……県庁所在地を擁する私たちが負けるわけにはいかない」

「ひ、雛子もっ、せいいっぱいがんばりますっ……! みんなで勝ちたいですっ……!」


「ふふ、いい顔ね。うらやましくなるくらい。では、全力かつ冷静沈着にやりなさい。私も会場で見守っているわ」


 弓香先生はわずかに微笑むと、部屋から出ていった。部屋には、俺たちと刀香先生、流香先生が残される。


「まー、硬くならずにやればいいのよ♪ ああんっ、でも、昔を思い出すわねー♪ 武者震いしてきちゃう♪」

「ふむ、今さら私もどうこう言わん。これまで鍛練してきたことを出すだけだ。全力で楽しんでくるがいい!」


 かつてのサイタマ県央サイタマスーパースクールの英雄である桜木三姉妹に背中を押されて、俺たちはいよいよ戦いの舞台に上がる――。


☆ ☆ ☆


「それではぁーー! これからぁーーー! サイタマ! バーチャルバトルをぉぉっ! 開始、いたしまぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーすっ!」


 サイタマハイパーアリーナに蝶ネクタイ姿の司会の絶叫が響く。


 それを待ってましたとばかりに、アリーナ全体を揺るがすほどの大歓声が観客席から起こった。


 観客席は、地上四階部分まであって、円状になっていて、その中央一階部分に、俺たちサイタマ県央サイタマスーパースクールのメンバーと、南部南西部サイタマスーパースクールのメンバーが整列している。


 俺たちは、すでに仮想武装を終えた姿だ。


 バトルフィールドの展開はまだだが、まずは客に俺たちに仮想武装姿を見せることに意味がある。バトルは、ショーでもあるのだから。

 司会は大きく息を吸うと、特徴のある節回しでメンバー紹介を始める。


「そぉれではぁぁーーーーーーーーー! メンバー紹介をいたしまーーーーーーーすっ! サイタマ県央サイタマスーパースクゥーールッ! バトラァーーーーーーーーーーーー! オオミヤァーーーーーーーーーーーーーーー! ミヤァーーーーーーーーーーーーーーー!」


「大宮美也でぇーーーーーーーーーーーーーーすっ! あたしたち絶対に勝つからぁっ! みんなーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! 応、援っ! よろしくーーーーーーーーーーーー!」


 大宮は手を振り上げ、クルッと一回転しながら観客席にアピールする。


「うおおおおおおおおおおお! 美也ちゃんかわええええええええええええええ!」

「そこらのアイドルなんて目じゃねぇぜええええええええええええええええええ!」


 大宮の言葉に、観客の興奮がさらに高まった。


 この日のために、事前に俺たちのプロモーション映像が作られている。これまでの仮想バトルの練習風景や学生生活での取材を元に作られた動画だが、一週間前に各動画サイトに公開されてから、すでに数百万ヒットを記録している。

 その日からチケットを売り出したわけだが、即完売だったらしい。


 ……にしても、みんなノリがいいな。まぁ、大宮は顔がいいしアイドル性があるから、人気が出るのもわかるが。……なんか、複雑な気分だ。


「続いてぇーーーーー! ウラワァアアアアアアアアァ! アヤノォオ――――――!」


「……浦和文乃。絶対に勝つ」


 浦和は相変わらずマイペースで、ボソリと呟く。


「うおおおおおおおおおおおおお! 罵ってくれぇえええええええええええええ!」

「蔑まれたい! 蔑まれたい!」


 浦和も人気だった。まぁ、濃いファンが多いが……。


「続いてぇーーーー! イワツキィ! ヒナコォ―――――――――――――ーーー!」


「あ、あのっ……岩槻、雛子です……! せ、せいいっぱい、がんばりますのでっ……!……み、みなさんっ、応援っ、お、おねっ、おねがいしますですっ……!」


 雛子ちゃんはおどおどしながら、ぺこりと頭を下げる


「いけない趣味に目覚めちまいそうだあああああああああああああああああああっ!」

「きゃあああああああああああぁあああ! お持ち帰りしたいぃいいいいいいい!」


 雛子ちゃんは男性客のみならず女性客からも人気があるようだった。

 なんか、かなり問題発言が出ている気もするが……。


「最後はぁ、サポータァー! ……ヨノッ、マチトッ」


 なんか俺だけ露骨に司会のテンションが低いんだが。


「与野待人です。がんばります」


「ちくしょおおおおおおおおおおおおおおおおおお! なんであんな冴えない奴が美少女と一緒のチームなんだああああああああああああああああああああああああ!」


 冴えない奴で悪かったな! 自由すぎだろ、観客っ! まぁ、それがサイタマバーチャルバトルだけどさ!


「それではぁ~~! 次に南部、南西部ゥ、サイタマスーパースクールのメンバーを発表いたしまぁーーーーすっ! バトラァ~~~~~~! カァワァグゥチィイイイイイイイイイイイイイイイイイイ! テツジィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!」


「川口鉄志だぜっ! みんな、俺に惚れてヤケドするんじゃねぇぞぉーーーーーーー!」


「きゃあああああああああああああああ! ヤケドしたいぃいいいいいいいいい!」


 川口の容姿は、どこぞのビジュアル系バンドのボーカルのようだった。金色のサラサラした髪に、中性的な顔立ち、華奢な身体。

 そして、それにまったく似つかわしくないゴツゴツしたトゲのある鉄球をぶら下げたチェーンを握っている。服装は、黒づくめだ。


「続いてぇーーーーーーー! トダァアアアアアアアアアアアァーーーーーーーーー! ミオーーーーーーーーーーー―――――――――――――――――!」


「ウチが戸田澪だぁっ! ダサイタマシティなんかにゃ負けねぇよぉっ!」


 続いて、競泳水着型のアーマーに身を包む日焼けした筋肉質な美少女が現れた。

 手にはボートを漕ぐときに使う大型の櫂みたいなブレードを両手に装備している。


「ちょ、ダサイタマって言ったなぁあああああああああ!」


 大宮が戸田の発言にブチ切れた。


 サイタマシティ民にとって、ダサイタマは禁句のひとつだ。それは、県民全体にとっても言ってはいけない言葉のはずなのだが……。


「へんっ、悔しかったら、サイタマ都民であるアタシたちより早くトウキョウに着いてみろってんだ!」


 戸田は、胸を反らして言い放つ。


 サイタマシティからトウキョウに働きに行く人間はいるが、南部南西部エリアは特にその割合が多い。そして、サイタマに住みながらトウキョウで働き、サイタマへの郷土愛が低い人たちはサイタマ都民と呼ばれたりする。

 ……まぁ、そこに住む人々が全員、郷土愛が低いわけではないが。でも、サイタマよりもトウキョウにシンパシーを感じる人間が南部南西部に多いのは事実だ。


「早くも舌戦が繰り広げられておりますがぁーーーーー! まだまだメンバー紹介を続けさせていただきまーーーーーーすっ! 続いてぇーーーーーーーーーーーーー! アサカァアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー! リクゥーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 司会がうまくフォローを入れながら、進行を続ける。そこはプロだった。


「自分は朝霞りくでアリマスッ! 陸上自衛隊の駐屯地が地元にありながらセーラー服を着るような不届き者は必ずや撃滅するでアリマスっ!」


 そして、陸上自衛隊員かと思うような迷彩柄の装備をした女の子が大宮を挑発する。ヘルメットもしっかり装着されており、手には銃を持っている。


「なっ!? い、いいでしょっ!? セーラー服好きなんだから! 第一、オオミヤ駐屯地って化学兵器関係の部隊もあるから、それに合わせたらガスマスクとかになっちゃうじゃないっ! べ、別に、オオミヤに自衛隊の駐屯地があることを忘れてたわけじゃないんだからねっ!」


 大宮にとってセーラー服を着ていることを指摘されるのは痛いところだったのか、うろたえていた。


 ……まぁ、オオミヤは鉄道の街であったりするし、盆栽だってあるし、競輪だのサッカーだの特色がありすぎるから、全部を入れるのは不可能ではある。


「最後にぃーーーーー! サポータァ! ニイザァーーーーーーーーーーーーーーーー! シンペェーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーイッ!」


 そして、俺の目の前に現れたのは眼鏡の似合う執事姿の美青年だった。パッと見、身長が高くて大学生ぐらいに見える。


「新座新平と申します。どうぞ、よろしくお願いいたします」


 手を差し出して握手を求めてくる。しかも、爽やかな笑みを浮かべながら。


「あ、ああ。よろしくお願いします」

「ふふ、どうぞ、お手柔らかにお願いいたしますね?」


 俺の手を握ると、新座はさらに爽やかなイケメンスマイルを浮かべた。

 眼鏡と白い歯がキラーンと輝いた。


 ……なんだかよくわからないが、背中がゾクッとした。なんだこの悪寒は……。

 そもそも、なぜ執事姿なのかわからない。大宮のセーラー服みたいに、趣味だろうか。ちなみに、俺はなんの変哲もない学生服姿だ。無個性だが、裏方なので俺は目立つ必要はない。


「ではぁーーーーーーーーーーーー! メンバー紹介も終わりましてぇ~~~~~~!」

いよいよぉーーーーーーー! バトル! 開始とっ! なりますぅ~~~~~~~!」


 司会の言葉に合わせて、徐々にアリーナ内の照明が消されて、暗くなっていく。


「……フィールドはぁーーーーー……『オオミヤ公園』っ! それではぁ~~~~~~!サイタマ県央サイタマスーパースクール対ぃぃぃ! 西部西南部サイタマスーパースクールのぉぉ! サイタマバーチャルバトルッ! 開始でございまぁああああああああすっ!」


 完全に暗くなった視界の中、司会の声だけが響き――次に明るくなったときには、仮想空間『オオミヤ公園』の景色が広がっていた。


 ……いよいよ、サイタマバーチャルバトルの開始だ!

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