第19話「部室ゲット~ミヌマ田んぼ~」
「郷土愛好部の創部届通ったわよ♪」
昼休み。保健室に行くと、流香先生から満面の笑みで告げられた。
「やったぁ! 流香先生大好きっ!」
大宮が流香先生に勢いよく抱きついた。
「おほほほほっ♪ 流香たんの拳を持ってすれば、反対する体育教師の三人や四人、造作もないことだわ♪」
平和的な解決をしたのかどうか疑わしいが……。まぁ、冗談ととっておこう。体育教師って具体的なところが信憑性ありそうなんだが。
「というわけで、最後の空き部室を力づくで強奪したから、放課後にでも行ってみなさいな♪ 茶道部が畳替えるらしいから、古い畳ももらえるわよ♪」
どう見ても武力で奪ったみたいだが、大丈夫なのだろうか。まぁ、深く考えるのはやめておこう。なにかあったら、流香先生という最強の顧問がいるわけだし。
「これが鍵ね♪ 場所は、部室棟三階の一番南端♪」
ちなみに、部室棟はH字型の校舎の東側(特別教室棟)に並行する形で建てられている。これで、俺たち郷土愛好部の部室が確保できたわけだ。
「あと、これっ♪ 部費ね♪ 部屋を改造するのに使うのもいいし、親睦を深めるのに使うのもいいし、自由に使いなさいな♪」
流香先生は、札束で厚みを増した封筒を俺に手渡した。
「というか、部費までいきなりもらえるんですか?」
「もちのろんよっ♪ 抵抗する校長や教育主任とその一派五人や六人、黙らせるのは赤子の手をひねるより簡単なことだわ♪」
……さすがにそれはまずいんじゃなかろうか。
「ま、冗談だけどね♪ さすがに流香たんも校長をしばき倒さないわよー♪ ……合法的かつギリギリの手段で部費を増額しただけで♪」
やはり、深い話を聞いておくのはやめておこう。
「世の中には知らないでいい話もたくさんあるのよ♪ それじゃ、大宮っち、与野っち、浦和っち、雛子ちゃん……大いに部活動で青春をしなさい♪ もちろん、サイタマスーパーバトルも優勝しなさいよ♪」
まぁ、部費にはあまり手をつけないようにしよう……。そもそも、他の体育会系や文科系の部活と違って、必要な備品などがない。基本的に散策してサイタマグルメを食べる程度なので、あまり金がかからないからな。
文芸部のような部誌を作るのと違って、壁新聞なら印刷費用もほとんどかからないし。郷土愛好部は、かなりリーズナブルな部活だ。
「あー、放課後が楽しみっ!」
「ほんと、楽しみですねっ……!」
「……いろいろと改造したい」
やはり、居場所ができるというのはいいことだ。おそらくマイホームを持ったときの気持ちと似ているだろう。
☆ ☆ ☆
そして、待ちに待った放課後――。俺たち四人は、帰りのホームルームが終わるや、部室に直行した。
「ここが部室かぁ! うん、テンション上がってくるよね、やっぱりっ!」
すでに、ドアの上には真新しい『郷土愛好部』のプレートがつけられている。ちなみに、隣は文芸部だ。大宮が鍵を開けて、ドアを開ける。
中は、がらんとしていた。しかし、ちゃんと掃除されていたのか、塵ひとつ落ちていない。部屋の隅にはコンセントがあり、天井近くにはクーラーも設置してある。
「とりあえず、茶道部に行って古畳をもらってくるか。このままじゃ座ることもできないしな……」
「そだねっ、まずは畳を敷いて、そのあとはテーブルも調達できればいいなぁ。あとは、本棚とか冷蔵庫とか」
「さすがに畳以外は買うしかないのかもな……」
できれば、いわくつきの部費は使いたくなかったが……。
「あ、そうそう♪ 流香たんが前に使ってたミニ冷蔵庫と本棚とテーブルとPCなら融通してあげられるわよんっ♪」
ぬっ、と俺の左肩に突然流香先生の顔が現れる。
「うぉわぁぁぁっ!? ゆ、流香先生っ!?」
「与野っち、リアクションいいねー♪ 驚かし甲斐があるわー♪」
「音もなく忍び寄っていきなり肩から顔を出さないでくださいっ!」
「まー、流香たんほどの達人になると、これぐらい造作もないことなのよっ♪ ……で、使う? 私のお古で申し訳ないけど」
「もちろんですっ! ありがとーございますっ、流香先生っ!」
「いいってことよ、大宮っち♪ なにせ流香たんも昼寝に使わせてもらうんだしねー♪ あ、主に使うのは授業中だから、昼休みと放課後はあんたたちが自由に使ってももちろん大丈夫だからね♪」
ともかく、家具を揃えられるのはありがたい。さすがに畳以外のものは他の部が余ってるわけないし、買うとなるとけっこうな額が飛ぶ。
「ま、とりあえず畳をもらってきなさいな♪ 茶道部との話はついてるから♪ 場所は一階の右端ね♪」
俺たちは荷物を置くと、茶道部の部室に向かった。
ちょうど畳替えを開始した茶道部の人たちに話して、古畳をそのまま三階に運ぶことになった。
「よし、二人一組で運ぼう。けっこう畳って重いからな……というか、流香先生にも手伝ってもらうか。力あり余ってそうだし」
大宮や浦和はともかく、小学生サイズの雛子ちゃんに向く作業じゃない。
「はーい、呼ばれて飛び出て流香たん登場ー♪ 力仕事はお手の物よー♪」
俺たちが二人一組で運ぼうとした畳を、流香先生は一人で三枚、背負うようにして階段を上っていった。男として自分の非力さを情けなく感じなくもないが、あの人は別格だ。
雛子ちゃんにも無理しない程度に手伝ってもらいながら(雛子ちゃんのフォローで一枚を三人で運ぶことになったりもしたが)、全ての畳を部室に敷き詰めた。
合計、八畳。手前に、靴を脱ぐ場所も確保。とりあえず、俺たちは畳の上に腰を下ろしてみた。
「うん、落ち着くねっ、これぐらいの広さっ」
大宮は足を伸ばして、我が家のようにくつろぐ。
「ほんと、落ち着きますっ……」
雛子ちゃんも大宮の横に並んで、同じようにくつろいだ。
「……窓からはミヌマ田んぼがよく見える」
浦和はトコトコと窓際まで歩くと、外の風景を眺めた。純白のハイソックスが眩しい。
「そうか、この部室棟の向こうは田んぼだったか」
江戸時代に干拓されてできあがったミヌマ田んぼ。そこを部分的に埋め立てて、このサイタマ県央サイタマスーパースクールが作られた。
「まだ田植えの時期に少しだけ早いよな?」
俺も浦和の横に並んで、外の風景を眺める。ところどころ水が入っている箇所と、まだのところがある。
「ここら辺は五月の最初の時期にやるところが多いみたいねー♪ ゴールデンウィークのあたりが人手が集まりやすいってのもあるんだろーけど♪」
流香先生も、窓際にやってくる。
「ここからの眺め、懐かしいなー。十年前と変わらない」
「え、この部室を使ってたんですか?」
「そうよっ。体育会系の奴らに襲撃されにくいように、一番右端の部室を取ったのよ。部室にいるときぐらいゆっくりしたいじゃない? で、ここからの眺め……全ての田んぼに水が入って、苗が整然と並んでいる風景って、かなりいいものなのよ? あとは、八月頃の青々とした稲とかね♪ 田んぼがあると田舎ってバカにするアホもいるけど、田んぼって完成された芸術品だと思うわ♪」
「うんっ、わかりますっ! サイタマ北部エリアのギョウダでやってる田んぼアートとかもいいですけど、高いところから眺める田んぼって、それだけで芸術ですよねっ!」
大宮は田んぼも守備範囲だったのか。
「オオミヤは駅前しか都会じゃないっていう人いるけど、逆にいうとすぐに自然豊かなところに行けるってことだもんっ!」
ヨノの住宅街に住んでいる俺は、田んぼに馴染みがない。今まで田園風景もほとんど見た記憶がない。
「ま、これから毎日田んぼを眺められるんだから、季節の移り変わりの風景を楽しみなさいな♪ ある程度稲が育ってきたときに強い風が吹くとね、まるで海面のように稲穂が波打つの♪ それはもう、芸術よ~♪ まさしく、稲穂の海っ♪ サイタマには海がないってバカにするドアホがいるけど、田んぼがサイタマにとって海みたいなものよ♪ まさしく、緑の海♪」
流香先生も大宮に負けず劣らずサイタマへの愛郷心が強いようだ。
「ま、流香たんは東京の大学に行って、サイタマの魅力を再発見したクチだけどねー♪ サイタマスーパーバトルだけじゃなくて、サイタマにはいいところがあるって♪」
確かに、一度故郷を離れることで、見えてくるというものがあるのかもしれない。ありふれた風景が、本当はとてもいいものだってことに気がつくとか。
「ま、残りの家具は明日軽トラに積んで持ってきて、適当に設置しておくから♪ あとは、サイタマスーパーバトルの練習もしときなさいよっ♪ さっき公式発表があって、あんたたちの対戦校が決まったから♪」
「へっ、もう決まったんですか!?」
「そっ、さっき本決まりよっ♪ 新人戦はすぐだからねー♪ 今期のサイタマスーパースクールチーム対抗戦の初戦は、サイタマ県央サイタマスーパースクール対南部南西部サイタマスーパースクール♪」
南部南西部? いったい、どこらへんだ……?
「えっと、南部のカワグチ・ワラビ・トダと、南西部のニイザ・アサカ・フジミ・フジミノ・ワコウを合わせたエリアの子が通うサイタマスーパースクールですよねっ?」
「おー、さすが大宮っち♪ 大正解♪」
これを全部普通に覚えている大宮のサイタマ知識の深さには脱帽するばかりだ。
「伝統的に、うちと南部南西部……特に、南部の子たちはあまり仲よくないからねー♪ 私の代でも、カワグチの子たちとはよく拳で語り合ったものだわー♪ カワグチはサイタマ県内でサイタマシティの次に人口が多い市だし、トウキョウに隣接しているからねー♪一部の人はトウキョウ人になったような感覚で、サイタマ人を下に見ているから困るわよねー♪ ま、全員がそうってわけじゃないけど♪」
「カワグチなら相手に不足なしっ! 絶対に負けないもんっ!」
「……旧県庁所在のウラワに逆らうとどうなるか、思い知らせる」
「ひ、雛子はそこまでカワグチに印象ないですけどっ、とにかくがんばりますっ」
サイタマスーパーバトルと郷土ナショナリズムというものは、切っても切れないものがある。でも、サッカーとかもそうだろう。地域が応援するチームが、他の地域のチームと闘う。そうすることで、逆に地域内での一体感や連帯感が生まれるものだと思う。もちろん、行き過ぎた相手への批判はよくないが。
「よーし、さっそくサイタマスーパーバトルの練習しよっ!」
すっかり闘志に火が点いた大宮に引っ張られるようにして、俺たちはサイタマスーパーバトル練習場で放課後の自主練習を開始するのだった。
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