第18話「大宮VS岩槻。そして、チーム戦メンバー決定」

「……では、これからサイタマスーパーバトルの授業を始める」


 刀香先生の凛とした言葉がバトルフィールドに響き渡る。


 クラスに欠席者はなく、全員参加。雛子ちゃんもちゃんと登校してきた。朝から大宮に抱きつかれたり、浦和に頭を撫でられたり、すごい歓待ぶりだ。

 やっぱり、雛子ちゃんの扱いって、かわいい子猫みたいな感じだ。


 それはさておき。今日が雛子ちゃんの初サイタマスーパーバトルの授業になる。どんな召喚魔法を使うのか楽しみだ。


「よし、それでは岩槻。さっそくだが、仮想武装を見せてもらおう」

「はっ、はいっ……!」


 クラスのみんなの視線が一斉に雛子ちゃんに集まる。その視線を受けて、雛子ちゃんの全身が外からでもハッキリわかるほどにカチコチに固まっていた。


「ほらっ、雛子ちゃんっ、リラックスリラックスーっ!」


 大宮が声をかける。それに雛子ちゃんは頷いた。

 少しは、肩の力が抜けたようだ。


「え、ええとっ……いきますっ……仮想武装っ!」


 掛け声とともに、雛子ちゃんの身体がまばゆい光に包まれる。体操着姿だったものが、着物姿に変化していた。まるで、七五三の女の子みたいだ。そして、手には魔法少女が使うようなステッキが握られていた。


「ふむ、敏捷性はなさそうだが、細かいところまでよく想像できているようだな。よし、次は召喚魔法を使ってみせてくれ」

「は、はいっ……」


 雛子ちゃんはステッキをかざすと、詠唱を始める。それとともに、雛子ちゃんを中心にして、円状の風が吹き始めた。


「仮想魔法……『雛祭り』!」


 雛子ちゃんの掛け声とともに、目の前に雛壇が現れた。


 その雛壇は豪華なことに七段まであって、一段目が男雛、女雛、雪洞(ぼんぼり)。二段目が三人官女(それぞれ手に道具を持っている)。三段目が五人囃子(太鼓や笛を持っている)。四段目が随臣(向かって左の若い武将が右大臣、右の老武将が左大臣。いずれも弓を装備している)。五段目が仕丁(衛士とも呼ばれて、沓台や日よけ傘を持っている)。六段目と七段目には重箱や牛車、駕籠などの黒塗りの高級な道具が並んでいる。仕丁の左右には、右近の橘と左近の桜も飾られている。


 なぜ俺がこれだけ雛壇に詳しいかというと、姉の雛人形に興味を持って、配置や名称を調べたことがあるからだ。


「ふむ、雛人形の召喚獣か。かなり珍しいな。よし、大宮。お前も仮想武装をまとって試しに闘ってみろ」

「えっ、あたしですかっ!?」

「そうだ。お前たちがチーム戦のメンバーを組むのなら、仲間の召喚獣の特徴も知っておいたほうがいいからな」

「わ、わかりましたっ! えっと、『仮想武装』!」


 大宮も掛け声を発して、前回と同様のセーラー服をベースにしたような鎧に身を包む。手には、例の両手剣を装備している。


「よし、サイタマスーパーバトル開始だ! クラスメイトだからといって、手を抜くな!舞台は、『オオミヤ第二公園』とする! フィールドチェンジ!」


 刀香先生の声によって、グラウンドが『オオミヤ第二公園』に変化する。

 このフィールドは初めて見た。


 池のようなものがあるが、『オオミヤ公園』より遥かに小さい。周りには数本木が生えている程度で見晴らしがよい。地面は芝生。そして、周囲は高い土手に囲まれている。


「へぇ、第二公園のほうなんだ。ここって川が増水したときのための遊水池も兼ねている場所よね。ちなみに、市営野球場と、市営プールも併設されてるけど。あとは釣りしている人も多いんだよね」


 大宮は辺りを見回して、フィールドを確かめる。


「大宮っ、岩槻っ! 今回は、あくまで土手の内側で戦ってもらう! プールや野球場、駐車場、テニスコート、梅林などには入らないように!」

「了解です!」

「は、はいっ……」


 地の利があるのは地元民である大宮なのだろうが遮蔽物がないので、あまり意味はなさそうだ。

 こうなると、真正面から闘うほかない。


「え、えっと……その、お願いしますっ……」

「うんっ、遠慮しないでかかってきていいからねっ!」


 雛子ちゃんがステッキを構えると、雛壇からふわりと男雛と女雛が浮き上がって、雛子ちゃんの両肩に乗った。


「そ、それじゃあ……みんな、お願いしますっ……!」


 雛子ちゃんの声に応えて、雛壇から三人官女以外の全員が雛子ちゃんの前面に浮遊ながら展開した。その数、十体。そして、三人官女と道具、右近の橘、左近の桜が雛子ちゃんを守るように浮かんでいる。


「それじゃあ、みんな……攻撃お願いしますっ……『雛嵐』!」


 雛子ちゃんの言葉に呼応して、最初に空中に展開した雛人形たちが弾丸のような速さで大宮に殺到する――随臣は上空から、五人囃子は真正面から、仕丁は地上から。


「わっ!?」


 大宮はその場から後ろに退いてから、右へ飛んで距離を取る。しかし、雛人形は瞬時に追尾して、襲いかかってくる。


「っ!? なっ、なにこの速さっ!?」


 斜め上から斬り込んできた右大臣をかわし、番傘を槍代わりに真っ直ぐに突っ込んでくる仕丁をかわし、五人囃子の体当たりも寸前でかわす。


 小さな雛人形たちは、まるで地上の獲物に襲いかかる鳥のようなスピードで攻撃をしかけてくる。これをかわし続けるのは、至難の技だ。


「くっ、このっ!」


 大宮が刀を振り回すが、雛人形たちはひらりとかわして空中に退避する。そして、今度は前後左右空中地上真正面、と――あらゆる方向から大宮に一斉に襲いかかった。


「きゃあああああああっ!?」


 縦横無尽に動き回る雛人形に、大宮は一方的に攻撃されていく。セーラー服型の鎧がボロボロになり、体も傷ついていった。

 ひとつひとつのダメージは少ないだろうが、十体に襲いかかられたらたまらない。


「あっ、だ、大丈夫ですかっ……!? こ、攻撃、中止ですっ……!」


 雛子ちゃんの命令を受けた雛人形たちは攻撃をやめて、再び空中に浮遊し始めた。


「はぁ、はぁ……す、すごいねっ! 雛子ちゃんの召喚獣っ!」


 一方的にやられてダメージを受けているにもかかわらず、大宮は声を弾ませていた。


「これなら、本当にサイタマスーパーバトルを制覇できるかもっ!」


 確かに、雛子ちゃんの召喚獣は強力だ。大宮の龍神のような破壊力はないが、相手を足止めして一方的な連続攻撃をできる。これは、かなりのアドバンテージだ。


「ふむ、やはりチーム戦のメンバーは大宮・浦和・岩槻の三人で決定だな」


 あれだけ圧倒的な仮想能力を見せつけられれば、誰も異論はないだろう。そもそも、クラスメイトでまともに仮想能力を発揮できてるのは、数えるほどしかいなかった。


「よし、大宮・浦和・岩槻! お前たちを次のサイタマスーパースクール新人戦の選抜メンバーに任命する! ……あとは、与野っ! お前を、正式に三人のマネージャーに任命する!」


 刀香先生から、仮想フィールド全体に響き渡る声で告げられる。

 三人が選ばれるのは順当だ。で、問題は……。


「マネージャーって、なにをするんですか?」


 すぐ隣に立っている刀香先生に訊ねる。一応、公式バトル動画でマネージャーらしい人間が映っているのを見たことはあるが、詳細は知らない。


「雑用だ。三人が喉が渇いたと言ったらドリンクを渡し、三人が筋肉痛だといったらマッサージをする。とにかく、三人が望むことに全て応えるのがマネージャーの仕事だ。そして、今季からは試合中にフィールド外から三人にアドバイスをすることができるようになった」

「アドバイス……ですか?」

「ああ。バトルフィールド外だからこそ、見えるものがある。適確な状況判断をして、三人を勝利に導く。責任は重大だ」


 刀香先生は、遠慮なくプレッシャーを与えてくる。しかし、実際に戦う三人に比べれば、そんなものを重荷に感じていてはだめだろう。しかし、まさか……俺がその重要な役割を負うことになるとは。


「……では、残りは基礎練習に移る! それぞれ鍛錬を怠らず、二学期には大宮たちを脅かすような仮想能力をつけろ!」


 刀香先生はクラスメイトに発破をかけるのも忘れない。あまり俺たちを特別扱いという感じになるのも、よくないからな。もっとも、それだけ大宮・浦和・雛子ちゃんの仮想能力はズバ抜けているのだが。


 一度仮想空間が切り替えられて、大宮と雛子ちゃんの戦闘がリセットされる。そして、新たに練習用のフィールド(野球のグラウンドのような一般的なもの)になって、クラス全員が改めて仮想武装を纏った。


 俺は傍らにいた浦和とともに、先ほどの戦闘の影響で離れたところにいる大宮と雛子ちゃんのところに向かった。


「これで、正式にチームになったわけだな」

「うんっ、みんながんばろうねっ!」

「……よろしく」

「ひ、雛子……みなさんの足を引っ張らないように、がんばりますっ……!」


 これだけのメンバーが揃うとは、今年のサイタマ県央サイタマスーパースクールはすごい。

 これなら、優勝間違いなしだと思うのだが。


 でも、流香先生情報によると、別のサイタマスーパースクールにも有望な新入生が入ったみたいだし、そうは簡単にいかないだろうか。


「ともかく最初だし、手を合わせて気合入れよっ!」


 大宮が右手を突き出した。


「え、ええと……こ、こうですかっ?」


 雛子ちゃんが大宮の手の甲に手の平を重ね合わせる。続いて、浦和が無言で同様に手を重ねた。


「ほら、あんたも」

「あ、ああ。俺もか」


 最後に、俺は女の子たちの手に自分の手の平を重ね合わせた。直接的に触れるのは、浦和の手の甲だが。


「それじゃ、行くよっ! あたしたちでサイタマ県央サイタマスーパースクールの黄金時代築くんだからね! ファイトォー! オーッ!」

「オ、オー……?」

「…………オー」

「……え? これって、最後にオーとかって言うのか?


 こんな体育会系みたいな儀式をやったことはなかったので、適当なリアクションが取れなかった。


「あんっ、ノリ悪すぎっ! あんた、マネージャーでしょ!?」


 とはいっても、大宮の暴走をいつもフォローしきれるわけでもない。雛子ちゃんと浦和も微妙に遅れてたし。


「はい、もう一回やり直し! あたしが『ファイトォ―!』っていったら、『オー!』って言って、気合を入れるの!」


 まぁ、そういう儀式みたいなのをやることで、絆が深まることになるかもしれない。息が合わないと、チームワークも生まれないだろうし。


「はい、もう一回行くわよっ!」


 大宮が手の平を突き出し、雛子ちゃん、浦和、俺の順で手の平を重ね合わせていく。


「いい? これから、みんなで協力して勝ち抜いて、絶対にサイタマスーパースクールの頂点に立つんだからねっ! ファイトォー!」

「「「「オーーーーーッ!」」」」


 今度こそ、四人の声が揃った。

 手の平が合わさり、声が合わさり、心も合わさった――気がする。


 ……ちょっと体育会系っぽくて恥ずかしかったが。でも、悪い気持ちじゃない。これで、正式に四人と仲間になれたような気がした。儀式みたいなのも、けっこう大事なのかもしれない。


 その後は、基礎練習。大宮と浦和が組み手をしたり、雛子ちゃんが再び雛人形を呼び出して、空中を縦横無尽に駆けさせたり。それぞれ鍛錬に余念がない。


「ちょっと、俺も魔法を使ってみるか……ファイヤーボール!」


 そして、俺はというと――。


 ボトッ……ゴロゴロゴロ…………。


 相変わらずの、ファイヤーボーリングだった……。

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