第11話「イワツキと岩槻家~姉と妹~」

 イワツキ駅前には、公共施設と店舗の入っている巨大ビルがあるほかに、雛人形の店などがある。『人形の町イワツキ』というだけあって、エリア全体で人形をアピールしていた。


「ちなみに、イワツキはネギもおいしいんだからっ! イワツキネギっていってね、江戸時代から知られた名産品なの! 今、少しずつ昔のイワツキネギを復活させて、B級グルメとか開発しているのよ。あと、B級グルメ選手権といえば『サイタマB級グルメ選手権』で複数回優勝している『豆腐ラーメン』も有名」

「へえ、イワツキもいろいろとあるんだな」


 重要な任務がなければ、グルメを楽しむのもいいかもしれないが。今日は、観光で来ているのではない。


「それじゃ、雛子ちゃんの家へレッツゴー!」


 地図を手に持つ大宮に先導されて、俺たちは雛子ちゃんの家へ向かった。


☆ ☆ ☆


 バスに乗り、『イワツキ城址公園』の近くで下車して、公園内を突っ切る。


「……広いですね」


 浦和が、額の汗を拭いながら、公園を見回した。

 城の建築物は、ほぼ残っていない。あるのは、移築した黒門ぐらいなようだ。


「えっと、公園を突っ切って、こっちかな……?」


 さらに歩くのか……。

 ちょっとげんなりしながらも、大宮に先導されて芝生を移動していった。


 かつては権威の象徴だった城も、今では家族連れが遊ぶただの公園だ。

 地形的には空堀とか残っている。あとは、一番高いところに城跡であることを示す石碑が立っているらしい。

 さらに少し歩いたところで――。


「あ、ここだ……」


 ついに、俺たちは雛子ちゃんの家に辿りついた。表札が『岩槻』となっているし、間違いないだろう。なんだか、えらい豪邸だった。


 立派な門構えに、どこまでも続く板塀。家屋は城郭のように巨大で、屋根瓦も立派だ。重要文化財だと言われても、納得してしまいそうなほど歴史を感じさせる。


 この家へ俺たちのような一介の高校生が入っていくのは、場違い感がありすぎる。刀香先生もとんでもない任務を命じたものだ。呼び鈴を押すのも、勇気がいる。


「たのもーーーーっ!」


 そんな中、大宮は大声で叫んでいた。


「ちょ、ちょっと待て。道場破りに来たんじゃないんだから、もう少しまともな呼びかけ方をしろというか普通にインターホンを使え!」

「でも、こういう豪邸の前に立つと、テンション上がるじゃない!」

「そういう問題かっ! そういうテンションのまま生きてるから、暴走したり池に飛び込んだりすることになるんだろ!?」


 大宮は自由すぎる。だからこそ、あれだけの妄想力を発揮して尋常じゃない仮想武装や仮想魔法を使えるのかもしれないが……。


「ちょっとは一般常識というのをだな……」

「なによ、全裸男っ! そっちのほうが常識ないでしょ!」

「ば、ばかやろうっ、あれは目の前で暴走女がいきなり自爆して溺れ始めたから混乱しただけだ! というか、着衣水泳の危険性舐めんなっ!」


 ……と、門を前にして、俺と大宮が無益な言い争いをしていたところで――。


「あの……うちにご用でしょうか?」


 玄関からではなく、横の通りから日傘を差した着物姿の女性が現れた。年齢は二十代前半か。雛子ちゃんの姉だろうか? かなりの美人だ。


「あっ、俺たちは、その、サイタマスーパースクールサイタマ県央の生徒です……その、雛子さんに渡す教科書とプリントを持ってきました」


 そう。一応、刀香先生からそういうものを託されていた。本来は先生自ら家庭訪問して渡すべきなんじゃないかと思ったが。


「それは、遠いところをありがとうございます。どうぞ、家に上がっていってください。私は雛子の姉の久子(ひさこ)と申します」


 ここで遠慮なく家に上がるのも気が引けるが、雛子ちゃんが学校に来られるようにするためには、直接話したほうがいいだろう。……逆効果になる危険性もあるが。


「雛子ちゃんは、家にいるんですか?」


 大宮が訊ねると、久子さんの表情がわずかに陰りを帯びた。


「はい……。でも、あの子は人見知りが激しくて……昔から人と接するのが苦手で……」


 ううむ……。押しかけたものの、すぐに解決できる問題じゃない気がする。

 そもそも会って話すことができるのだろうか。

 それ以前に、なにを話せばいいのか。それすら俺にはわからない。


 そうなると、結局、押しの強い大宮頼みになってしまう。とにかく大宮を突破口にして、うまくフォローできればいい。浦和は……浦和も人と接するの苦手そうな気もするが、果たしてなにか力になってくれるのかどうか。


 そんなことを考えているうちにワビサビを感じさせる庭園を抜けて、屋敷の中に案内される。そのまま縁側の渡り廊下を進んで、客間へと通される。襖も趣深い墨絵で、額には意味のよくわからない漢文が見事な毛筆で書かれている。


「それではお茶をお持ちいたしますので……」


 久子さんは一礼して、部屋を出ていった。

 残された俺たちは、作戦会議を始める。まずは、大宮が口を開いた。


「ね、どうすればいいと思う?」

「ううむ……難しいな……。別に俺たちはカウンセラーでも専門家でもなんでもないんだからな……」

「だよねっ。だからこそ、できることがあると思うんだけどっ」

「それはなんだ?」

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。やっぱり、待ってちゃだめだと思うの。こっちから雛子ちゃんに会いにいかなきゃ」

「マジで言ってるのか?」

「うん。トイレに行く振りして、部屋を突き止める」


 大宮の暴走癖は相変わらずだ。


「待て、さすがに勝手に家の中を捜し回るのはマズいだろ。久子さんに話して、雛子ちゃんに会わせてもらう方向にすべきだ」


 まずは、正攻法で行くべきだ。勝手に部屋を探し当てた挙句押しかけて話すというのは無茶苦茶すぎる。


「うーん、会えるのかなぁ?」

「いきなり強攻策は自重しろ。ナイーブな問題なんだから」


 本当に、なんというか……重荷だ。ずっと不登校だった雛子ちゃんと話すこと、登校できるようにすること、そんなことが簡単にできるとは思えない。

 刀香先生は、本当になんということを俺たちにやらせているのだろう。責任重大すぎる。そうこうしているうちに、久子さんがお茶とお菓子を持って客間に入ってきた。


「お待たせしてすみません……雛子に皆さんとお話しするように話してみたのですが、人前に出たくないみたいでして……」


 やはり、厳しいか。そりゃ、不登校状態が続いているのに、いきなり見知らぬクラスメイトに押しかけられても困惑するだけだろう。俺が雛子ちゃんだったとしても、断ると思う。やはり、俺たち学生の出る幕じゃない気がする。


 だが、大宮は違った――。


「お願いしますっ! 雛子ちゃんに会わせてください。その……部屋まで行ってお話ししてもいいですか?」


 引き下がらない。それどころか、直接会って話すというプランを捨てていなかった。


「ですが……」

「あたしは、雛子ちゃんと一緒に戦いたいんです! サイタマバーチャルバトルのサイタマスーパースクール対抗戦で勝つためには、雛子ちゃんの力が絶対に必要だし、それに、すごい仮想能力を持っているのに使わないなんてもったいないですっ!」


 それは、そうだ。俺のゴミみたいな仮想能力と違って、才能があるのにそれを使わないのはもったいなさすぎる。サイタマスーパースクールの入学試験を受けたということは、その力を使いたいと思ったからだろう。なら、ここでそのまま不登校を続けたり、退学することになったら、きっと後悔することになる。


「あの、事情はよくわからないですが、ここにいる大宮と浦和はかなりの仮想能力の持ち主です。だから、その、雛子さんときっと通じ合えるものがあると思います」


 俺は、大宮の言葉を継いだ。普通の学校ではないからこそ、サイタマバーチャルバトルというものがあるからこそ、進んでいける人生だってあるはずだ。


 俺は、才能には恵まれなかった。でも、サイタマスーパーバトルは好きだ。雛子ちゃんがすごい仮想能力の持ち主だというのなら、一ファンとしてぜひ見てみたい。バトルフィールドに立つ雛子ちゃんを見てみたい。


 どんな武器を使うのか、どんな魔法を放つのか、どんなバトルを魅せてくれるのか――。ファンとして、ワクワクする気持ちがある。こんなときでも。


「……会わせてほしい」


 そこで、浦和も口を開いた。

 あの浦和が積極的に意思を示したことに、驚いた。


 久子さんは、困惑の色を浮かべていた。まさか、ここまで食い下がられるとは思わなかったのだろう。俺としても、人の家庭の問題に顔を突っ込むのは、いい気分ではない。むしろ、申し訳ない。


 しかし、少しでもキッカケを作りたいと思った。保健室登校だっていい。このまま、ずっと家で過ごすよりは、きっといいはずだ。


 俺たちの意思の強さが伝わったのか、久子さんは黙り込む。

 ……きっと、久子さんだって、このままでいいと思ってはいないはずだ。

 俯いて目を瞑り、黙考する久子さん。


 部屋に、静寂が訪れる。そして、久子さんは目を開ける。先ほどまでの礼儀正しい仮面の表情とは違って、そこにはわずかにすがるような瞳があった。


「……お願いいたします……。姉の私が……逃げていては、いけませんよね……あの子の、ためにも……」


 そう言って、久子さんは少し息を吐いてから、立ち上がった。


「では……ご案内いたします。もし、お見苦しいところをお見せすることになりましたら、申し訳ありません」


 大宮が立ち上がり、浦和も立ち上がり、最後に俺も立ち上がった。

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