第10話「ディープなサイタマクイズ」

☆ ☆ ☆


 日曜日になった。結局、雛子ちゃんは登校しなかった。

 入学式にもいなかったらしいから、七日連続休みだ。これ以上となると、クラスメイトと馴染むのも大変だろうし、学業にも支障が出てくるだろう。


 というわけで、今日も地元のヨノホンマチ駅から電車を乗り継いでオオミヤ駅へやってきた。

 ここからトーブ・ノダ線という私鉄に乗って、イワツキ駅で下車。

 そこから雛子ちゃんの家へ歩いて行くことになる。


 ちなみにオオミヤ駅はかなり大きな規模で、駅ビルと一体化している。

 服やアクセサリー、レストラン、本屋など多種多様な店が入っており、外に出るまでもなくショッピングと食事を楽しむことができる。


 あとは、オオミヤ駅の西口にはオタク系ショップが集まるビルがふたつ並んでいて、そこだけリトルアキハバラみたい様相を呈している。


「あ、来た来た。遅いっ! 女子である私たちを待たせるって、どういうことよっ!」


 切符売場の反対側のところに、大宮と浦和が立っていた。制服姿だ。

 一応、ちゃんとした格好のほうがいいだろうという俺の意見が通って、制服で行くことになったのだ。浦和もちゃんと来てくれたようでよかった。


「ちょっとトイレが混んでてな。でも、待ち合わせの時間の五分前だろ」

「十分前行動が基本でしょ!」

「というか、入学早々遅刻しそうになってた大宮が言うなって感じだが」

「あ、あれはいいのっ!」


 まぁ、これ以上あの時の話を蒸し返すと墓穴を掘ることになるからやめておこう。こんなところで暴れられたら困る。


 すでに二人は切符を買っていたので、俺も券売機でイワツキ駅までの切符を購入する。

 普段、そっち方面に行くことがないので路線図には見慣れない駅名が並んでいた。


「それじゃ、行くわよっ!」


 大宮は出かけることが楽しいのか、ウキウキしているのが丸わかりだった。

 目的を考えると、俺はとても浮ついた気分になれないのだが……。


「…………」


 浦和は相変わらずの無表情で、なにを考えているのかわからない。一週間経っても、特に親交が深まったというわけではない。

 大宮が適当に絡んで、浦和が一言二言返すぐらいだ。

 サイタマバーチャルバトルの授業はあれからもあったが、主に基礎練習だったので、大宮と浦和が戦う機会はなかった。ちなみに、俺の仮想能力は相変わらずショボイままだ。


 プラットフォームには、すでに電車が停車してドアを開いていた。トーブ・ノダ線はオオミヤ駅が始発なのだ。終着駅は「カシワ」となっている。これはサイタマ県の都市ではなくて、チバ県のシティだ。


「それじゃ、乗ろっか」


 プラットフォームの真ん中あたりまで進んだところで、大宮はドアから電車内に入る。俺と浦和も続いた。空いていた席に座った大宮に続いて、俺たちも座る。


 ……って、流れで座ってしまったが、大宮と浦和に挟まれる席になってしまった! 両隣に女子というのはプレッシャーを感じる。しかし、離れた席に座ると話がしづらいし、向かいの席だと、間に人に立たれたら会話なんてできない。


 ……まぁ、いいか。意識しすぎだよな。

 とは言うものの、美少女二人に挟まれている俺は、乗客からチラチラと見られているのだが……。


「ここでサイタマクーイズ!」


 そこで、大宮は謎のテンションでそんなことを言い出した。

 なんだ、なにを考えているんだこいつは? ほかに乗客がいるのに。


「はい、第一問っ! オオミヤ駅からイワツキ駅までの停車駅をすべて答えなさい!」


 俺が困惑している間に、出題されてしまう。乗客たちもちょっと唖然としている。さっきまでは大宮の容姿に目を奪われていた感じだが、もうすでに残念なものを見る目になっている。

 さすがは暴走地雷女だ。


「ほら、答えなさいよ。答えなかったらグランド三週! 間違っただけなら、グラウンド一周で勘弁してあげるから!」


 刀香先生といい、大宮といい、なぜみんな俺を走らせたがるのか。


「ほら、3,2,1……」


 カウントし始める大宮。くそっ、乗客からなんとも言えない視線が向けられているが、ここは答えるしかない。さっき、よく路線図を見ておくんだった。


「えっと、オオミヤ、オオミヤ公園、イワツキ?」


 明らかに少ない気がするが、無回答よりマシだ。三周より一周を選ぶ。


「ブーッ! 不正解っ! 浦和っちは?」


 俺だけなく、浦和にも答えさせる気らしい。


「……オオミヤ・キタオオミヤ・オオミヤ公園・オオワダ・イワツキ」


 浦和はすらすらと答えた。これは正解か?


「ブーッ! ひとつ足らないんだなー、これが!」

「というか、こんなもの普段乗らない俺たちにわかるかっ!」

「あたしもトーブ・ノダ線は滅多に乗らないんだけどね。正解は……! オオミヤ・キタオオミヤ・オオミヤ公園・オオワダ・ナナサト・イワツキ!」


 ナナサトってのが抜けてたのか。というか、難易度高すぎだろっ! 鉄道オタクなら楽勝なんだろうが、俺たちは普通の高校生だ。


「オオミヤは鉄道の街だからね~。いろいろな線が通るターミナル駅だし、新幹線も止まるし、鉄道関係の大きな工場もあるし、ヒガシオオミヤには大規模な操車場があるし、オオナリには鉄道博物館だってあるし! 一応、サイタマ県内の駅は全部頭に入ってるわよ! ま、あたしは鉄オタってほどの知識はないけどね」


 それは十分、オタクだと思うんだが……。俺なんか普段使うサイキョウ線ぐらいしか覚えていない。それすらちょっと危ういぐらいだ。


「そういえば、浦和っちは、地元はウラワ?」

「……そう」

「となると、ケイヒントウホク線だっけか?」

「……ウツノミヤ線とタカサキ線も通っている」


 便利でよさそうだな。こっちはサイキョウ線だけだ。まぁ、アキハバラなんかに行く場合はアカバネ駅(都内の駅だが)で乗り換えればいいんだけど……。ちなみにサイタマの植民地とも呼ばれているイケブクロにはサイキョウ線一本で行くことができる。

 そうこうしているうちに、発車時刻になってドアが閉まり、電車が動き始める。


「イワツキまで十五分ぐらいあるからね。まだまだクイズ出すから!」


 大宮はやる気満々だ。まるで水を得た魚状態だった。

 そんなにサイタマトークができることが嬉しいのだろうか。


「サイタマクイズ第二問っ! 次の人物のうち、オオミヤに滞在して小説を書いたことがある人物は誰でしょう? 1、太宰治 2、芥川龍之介 3、直木三十五」


 なにっ!? そんな文学者がいたのかっ!? ちなみに、直木三十五って、直木賞の由来となった人物なのに、けっこう知られてないよな。ちなみに、直木三十一も直木三十二も直木三十三も同一人物だ。年齢に合わせてペンネームをかえていったが、色々あって直木三十五に落ち着いた。……と、どうでもいい雑学は知っている俺だが、このクイズの答えはわからない。


「ヒント。戦後間もない頃の話」

「……太宰治」


 浦和が答えた。


「ピンポーン♪ 正解!」


 まぁ、残り二人は戦後まで生きてないからな……大ヒントだったな。


「というか、太宰治がオオミヤで小説を書いていたことがあったなんてな……まったく、知らなかったわ」

「ちなみに、『人間失格』の終盤部分とあとがきを執筆したみたい!」


 太宰の代表作じゃないか。意外なところで、オオミヤと太宰治に繋がりがあったんだな……ちょっと勉強になった。


「へへっ、あとはオオミヤ公園には正岡子規も夏目漱石も来たことがあるんだよ! 森鴎外の作品にもオオミヤ公園出てきたりするし、昔はもっと風光明美で旅館もあって、いいところだったみたい! ま、今のオオミヤ公園も好きだけどね、あたしは!」


 本当に、こいつはサイタマに詳しいな。ただの暴走地雷女じゃなかったのか……。マジで郷土史に強い。そんなふうに大宮のサイタマトークに圧倒されているうちに、電車はキタオオミヤ駅を過ぎて、オオミヤ公園駅に停車した。


「ちなみにオオミヤ公園の野球場には、伝説のメジャーリーガー、ベーブ・ルースも来て試合してたりね。オオミヤ公園の球場落成の記念試合で!」

「マジでか」

「うん、マジ!」


 サイタマは高校野球が盛んだしプロ野球球団もあるが、そんな大物メジャーリーガーが来たことがあるとは知らなかった。


「それじゃ、サイタマクイズ第三問! サイタマ人の自転車保有数は全国ナンバー1である! って、しまったっ! 答え言っちゃったじゃないっ!?」


 自転車が話題なだけに、暴走しとる……。


「って、サイタマ人ってそんなに自転車持ってたのか……」

「人口が多いのに加えて、東京みたいに駅がいっぱいないからね。あとは、関東平野で道が平坦なのも理由じゃないかなーとあたしは思うなっ。ほかにも川沿いにサイクリングロードもけっこうあるから、サイクリング車とかもけっこう多いよねっ」


 そう言えば、サイタマ新都心で世界的な自転車の大会もやってたな……。


「なんだ、なんもないと思っていたサイタマも、けっこういろいろあるんだな。サイタマもサイタマバーチャルバトルだけじゃないわけだ」

「でしょ? あとはサイタマスーパーバトルでもっとアピールできればいいなって。ほかにもオオミヤの盆栽とか、ウラワの鰻とか、イワツキの雛人形とかいろいろあるし」

「……ウラワを鰻だけだと思われるのは心外」


 そこで、浦和が口を挟んだ。


「……旧ウラワシティエリアは、日本の都市で、最もケーキの消費量が多い街。ウラワは鰻だけじゃない。それに、ウラワはサイタマの学問の中心」

「ウラワって、そんなに甘いものに目がない街だったのか?」

「……データで出ている。それに、ウラワは過去に『カマクラ文士にウラワ画家』って言われたぐらい、芸術家が住んでいた。今もベッショ沼公園には、詩人の立原道造の設計した図面から作られた『ヒヤシンスハウス』が建てられている」


 大宮に対抗するかのように、浦和もウラワのことをアピールする。


「へへっ、やっぱり永遠のライバルよね、オオミヤとウラワはっ!」

「……オオミヤのような商業地区に、文教地区のウラワは負けない」


 もともとサイタマシティは、オオミヤとウラワとヨノが合併してできた。その後、イワツキもくっついて、今の形になっている。人口百三十万を超える巨大都市だ。


 昔から、オオミヤとウラワはそれぞれ文化が違って、対抗意識があった。経済の中心であるオオミヤと、政治と学問の中心であるウラワ。それが合併したのだから、今でもライバル意識がところどころ残っているわけだ。


 ちなみに、ヨノは昔から大宮と浦和に挟まれて苦労している。

 昔は、そこそこ発展してたはずなのだが、どうしても存在感が薄い。


 ちなみに、イワツキは戦国時代から続く城下町だが、城は残っていないし、サイタマと合併してから存在感が薄くなったという話をよく聞く。明治時代は、ウラワとイワツキのどちらに県庁所在地を置くか争ったぐらいなのに。ちなみに、江戸時代はオオミヤもウラワもともに中山道(なかせんどう)の宿場町だ。


「……っと、ディープなサイタマトークをしているうちにそろそろイワツキだぞ?」

「へっ? あ、降りなきゃ」


 電車が停車して、イワツキに到着。

 さて、やるべきことをやらないと。

 雛子ちゃんは、はたしてサイタマスーパースクールへ来てくれるのかどうか。

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