第9話「きょうけんぶ! そして、不登校の少女」
翌日。教室にやってくると――。
「ねぇねぇ、郷土愛好部に入らない? 郷土愛好部!」
大宮は、クラスメイトを片っ端から勧誘していた。どうやら名称は『郷土研究部』じゃなくて、『郷土愛好部』になったらしい。
しかし、クラスメイトの反応は微妙だった。
「私、弓道部に入ろうと思ってるから……」「ごめんね、バイトあるし……」「サイタマスーパーバトルの鍛練で忙しくて、そんなもの入ってられるかってのっ!」「私、観光部に入ったから……」
そうか。『観光部』なんてものがあるのか。それなら、普通に観光振興について考えるなら、そちらに入ったほうがいいだろう。
そもそも似たような名前の『郷土研究部』は暴力沙汰を起こしたような危険な部だったわけだし、あまり印象はよくないだろう。もしかすると、内申に響くようなこともあるかもしれない。顧問が元『道場破り部』の流香先生だし……というか、あの人、よく県の観光振興課なんかに入れたな……。まぁ、草創期のサイタマスーパーバトルを盛り上げた功労者ってのもあるんだろうけど……。
「うー……思ったよりも、人集めるのって大変……こ、こうなったら!」
大宮は、俺の斜め前の席で相変わらず人を寄せ付けないオーラを放っている浦和の前へやってくる。……まさか、浦和を勧誘する気か!? いくらなんでも無茶だろっ!
「ねっ、郷土愛好部に――」
「入りません」
短い勧誘文句を口にすることすらできずに、大宮は瞬殺された。……まぁ、浦和を誘おうというそのチャレンジ精神は大したものだと思うが。
「う、うううっ……」
大宮は悔しげに呻くと、ガックリと項垂れて、自分の席へ座り込んだ。
俺は机に入れっぱなしだった部活紹介の小冊子を取り出して、ペラペラとめくってみる。 あー、あったあった、「観光部」。
なになに……部員、80名。OBにはサイタマ県の観光局や大手旅行会社、旅行系出版社に入社したもの多数。旅行エッセイスト、ブロガー、ライターなども輩出。
すごいじゃないか。そりゃあ、よくわからない郷土愛好部なんかよりも、そちらを選ぶのが普通だろう。ここまでしっかりした部だと、郷土研究部がアウトローに走ってしまったのも、わかる気がする。
「……あんたまさか、観光部に入るんじゃないでしょうね?」
大宮が恨めしそうな顔で、こちらを見てくる。
「いや、そんなリア充の巣窟みたいなところに入るわけないだろ」
中学時代はテニス部に入っていたが、うちの学校はなぜかテニス部が一番所属者が多かったからな。リア充では断じてない。適度に運動したい人間にとっては、ちょうどよい部活だったのだ。サッカーや野球やバスケや陸上は、ハードルが高い。テニスは遊びみたいな面も強いしな。オタクも割といたし。
「なによ……観光部なんていって……みんなで旅行してワーキャーしたいだけじゃない……あたしは、サイタマにしか興味ないんだからっ!」
こいつのサイタマ愛の深さはなんなのか……。
「とにかく、ほかのクラスや学年もあたってみて、必ず人を集めてやるんだから……!」
大宮はどうやら折れない心の持ち主のようだ。昨日、浦和に冷たくあしらわれても、平然と今日勧誘したからな。その打たれ強さや粘り強さは、到底俺にはマネできない。
☆ ☆ ☆
そして、次の休み時間――。
「あーん! もうっ、なんでうまくいかないのよー!」
大宮はリアルに地団太を踏みながら悔しがっていた。
こうして本当に地団太を踏む奴を初めて見た。
「授業が終わるとともにものすごい勢いで教室から出ていったが……やっぱりほかのクラスや上級生を勧誘してたのか?」
「そうよっ! 上級生を勧誘しようとしたら、『ま、まさか……あの郷土研究部を復活させる気なの!? あなた、正気!?』とか、『キョウケン部が復活なんて冗談じゃねぇ……また狂った犬(クレイジードッグ)どもに言いがかりをつけられて金をせびり取られるなんて……こ、怖いよ、ママンッ!』とか、すごい拒絶反応でさ……いったい、なにをしたのよ、『郷土研究部』はっ!」
おそらく『狂犬部』だったんだろう。マジでヤバい部だったみたいだな……。
逆に、すでに解散していてよかったのかもしれない。大宮のことだから『郷土研究部』が健在だったら、よく調べもせずに入部していたことだろう。
「うー……まさか、こんなに苦戦するとは思わなかった……」
受験を控える三年が部活に入るわけないし、二年もほとんどがすでに部活に入ってるか帰宅部ライフを満喫してるだろうから、そうそう意味のわからない部活に入るとは思えない。というか、大宮を見て部活に入ろうという男の先輩がいたら、下心がありそうだが。大宮は暴走癖のある地雷女とは言え、容姿はかなりいいからな……。普通に言い寄ってくる先輩もいそうだ。
まぁ、昨日の蹴りでもわかるように格闘能力も高いから大丈夫だろうが。……って、なんで俺がそんなことを心配する必要がある。関係ないじゃないか。
別にこいつがほかの男とくっつこうがどうしようが、ぜんっぜん、俺の気にすることじゃない。
「はー……仕方ないから、変態と浦和っちとこの欠席してる子を部員にして、創部届け出すかぁ……」
「ちょっと待て。百歩譲って、俺を幽霊部員として書くのはいいとしてもだ。きっぱり断ってる浦和と、欠席してる奴を勝手に部員にするのはマズいだろ」
前の席は、今日も休みだ。早く登校してきて、俺の話し相手になってほしいところなのだが。男友達欲しいし。
「えーっと……部長、大宮美也、部員、浦和文乃、部員、岩槻雛子(いわつきひなこ)、幽霊部員、与野待人っと……」
「こらっ、勝手に名前を書くな! ……って、岩槻雛子? 誰だそれ? この前の席って、男じゃないのか?」
名前からして女みたいだが。いや、待てよ……小野妹子的な名前の男なのかもしれない。ある意味でキラキラネームよりかわいそうだが。
「刀香先生に聞いたら、うちのクラスは女子のほうが一人多いんだって! でも……なんか中学時代不登校だったらしいから、登校してこないのかもって」
おおう、そんな事情が……。って、刀香先生も個人情報を漏らしていいのだろうか。流香先生といい、そこのところ無頓着すぎる。
「で、このまま登校してこないようならホームルーム長と副ホームルーム長の三人で日曜あたりに雛子ちゃんの家に行って、学校へ来るよう説得するようにって」
「な、なにぃ!? 俺らがそんな重大なことをしないといけないのかっ!? そんな話聞いてないぞ!?」
「さっき上級生の教室から帰ってくるときに刀香先生にばったり会って、言われたばかりだから。与野と浦和にも言っとけって。あっ、断ったら、与野だけグラウンド三十周全力でランニングだって」
ひ、ひどい……。流香先生といい、刀香先生といい、俺に恨みでもあるのか。
「刀香先生の話によると、雛子ちゃん、すっごい仮想能力の持ち主なんだって! だから、どうしても学校に来てほしいらしくて……」
「そうなのか……そう言えば、『試験でとんでもない仮想能力を発揮した女子生徒が三人いる』とか言ってたな。大宮と浦和と、その岩槻って子がそうなのか……?」
俺のような才能のない人間ならともかく、飛びぬけた仮想能力があるのに登校しないなんてもったいない。なにか理由があるのだろうか……。
「そういうわけで、今週学校に来ないようだったら日曜日に雛子ちゃんちに行くからね! 家までの地図もわかってるから!」
「お、おう……」
俺たちが説得しても登校するようになるかわからないが……。そもそも、見知らぬクラスメイトが来ても、向こうは会ってくれるのかどうか。
「浦和っちもいい?」
流香先生みたいなあだ名を付け方ながら、大宮は浦和にも振る。
「……先生の指示なら仕方ない」
積極的にコミュニケーションは取らない浦和だが、言われたことはちゃんとやるタイプのようだった。もっとも、浦和が不登校になっている子を説得している姿なんて想像できないが。
「逆効果にならないといいけどな。というか、俺たちが押しかけたら余計に不登校が悪化するんじゃないか? そもそも、普通は担任が家庭訪問とかするんじゃないか、そういう場合は……」
不登校になるってことは、かなり繊細な性格じゃないかと思う。そこへ繊細さの欠片もない大宮と、人を寄せ付けないオーラを放つ浦和、なんの役にも立たない俺がいったところで、どうにかなるとも思えない。
「刀香先生が『わたしが行くよりも、お前たちが行ったほうがうまくいく。大丈夫だ。きっと岩槻は登校できるようになる。なぜなら、私の直感は当たるからだ』とか言ってたから、たぶん大丈夫っ!」
俺がホームルーム長を断ろうとしたときは理詰めしたくせに、本人は根拠のない直感を盾にするから困る。流香先生といい、強引すぎる。桜木姉妹の血なのだろうか。
「まぁ、今週中に登校してくるかもしれないしな……。それでだめなら日曜に行くだけ行ってみよう」
ちなみに、今日は火曜日だ。そして、土曜は半日授業。それまでに来なかったら、日曜日に行かないといけなくなる。
それにしても……まさか、サイタマスーパースクールに入学して初めての日曜日に女子二人と出かけることになるとは思わなかった。しかも、不登校の女子に会いに行くことになるとは。
「うーん、どんな子なんだろ、雛子ちゃん……名前、すっごくかわいいから、お人形さんみたいにかわいい子なのかなぁ? ね、浦和っちはどう思う?」
「……どうでもいい」
こんなメンバーで、本当に大丈夫なのだろうか……俺も含めて。やっぱり、荷が重いんじゃないかと思いつつ、残りの授業を受けていった。
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