AM 5:45

「足元、気をつけてね」

 おばあちゃんは慣れた足取りで階段を降りていく。後に続けば、生き物の気配がない古びた空気が、Tシャツから出た腕にまとわり付いた。

「扉は閉めて。怖かったら、私の服を掴んでいいから。壁を触っていたら道が分かるわ」

 そう言って、おばあちゃんが左手を上げる。そこには真っ黒なカーテンがかかっていた。奥には何も見えない。おばあちゃんがためらわずに進むから、私も黒へ足を踏み入れた。

 私の背後でカーテンがさらりと落ちた。途端、私は「闇」の本当の意味を知った。

 目を開けているか閉じているかも分からない。止まった空気は何の情報も与えてはくれない。一寸先どころじゃない。360度の闇。今までに経験したことのない不安感に襲われる。

「おばぁ、ちゃん」

 囁くような声も大きく響く。「はぁい」と聞き慣れた声が返ってくる。だけど反響のせいで、おばあちゃんとの距離感は分からない。

 ここで1人にはなりたくない。止まっていれば、上下左右の感覚も曖昧になりそうだった。私は指先を無機質な壁に這わせて、広さも長さも分からない道を恐々進む。


 ガチャン。

 2回、3回と曲がった後、硬いものがぶつかり合う音が闇を揺らした。同時にバクバクと心臓が跳ね回る。

「あった、あった。幸せの鍵。ほら、ハルちゃんも」

 おばあちゃんの嬉しそうな声が響く。ゴールが近いと分かれば、不安は薄れた。壁から手を離すことなく先へ進む。

「あっ」

 壁よりも冷たい金属の質感を指が捉えた。大きな南京錠だった。

 ガチャン。

「え?」

 世界がくるりと回った気がした。バランスを崩して、その場に転んでしまう。膝と手のひらに痛みが走った。周囲が一気に明るくなったせいで、目まで痛い。

「よく来たね」

 男の声が、静寂を穏やかに揺らした。明るさに慣れはじめた目で、なんとか声の主を捉える。そこは床も壁も天井も白一色の、広い部屋。中央にある小さなほこらと鳥居、その側に立つ男だけが色を持っていた。

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