第655話 ノビノビ出来ず伸びていく

 12月2日水曜日、午前7時31分。


「じゃあいってらっしゃい。夕飯作って待ってるね?」

「ん、さんきゅ。行ってきます」

「うん。今夜から練習も頑張ろうね」

「おうよ」


 そんな言葉を交わしてから、エプロン姿の黒髪美人と優しいキスをして、俺は我が家を後にする。

 そんな幸せなやり取りのおかげで足取りは軽やか……とはいかず、正直ちょっと重たいのは否めない。でも心が元気なおかげだろうか、今日も頑張れそうな気はした。

 え、何で足取りが重いかって?

 そりゃ……ね、うん。

 簡単に言えば、朝から昨日のだいとの約束を果たしたからだ。

 つまりそう、さっき爽やかに行ってきますのキスをしたけど、今日交わしたキスの数は既に軽く二桁いってるわけなのだ。

 つーかそれ以上のことを致してるからね、もう既に。

 まさかまさかの二夜連続からの二朝連続とは、本当にもう我ながら恐れ入るって感じだけど、朝目覚めたら……っていう男のロマンから始まって、そのままにゃんにゃんタイムが始まった。

 しかも俺が襲わないなら自分から、みたいな感じで、それはもう積極的なだいの姿が現れて、何というか文字通り搾り取られた、って表現が適切な時間を過ごしたってわけである。

 ……夏前までは純潔の乙女だったのに。本当もう信じられない成長だ。

 でもほんと、あの二山は凶器よな。揺れてよし触ってよし挟まれてよしとちょっとチート級に万能過ぎる。昨日の相手とはそこが大きな違い……ってげふんげふん。

 なんて、そんなことを考えてたら地味にまたサイレントに反応しかけた俺の俺を、世界平和を考えることで諫めつつ、俺は約36時間で12回もお仕事してくれて尚戦う気概を失わない相棒に脱帽しながら、今日も今日とて職場へと向かうのだった。







ヴヴッ


 午後0時42分、試験監督を終えて生徒の大半を帰宅させた後、俺は学校近くの職人気質なじいちゃんが夫婦でやってる蕎麦屋に大和と昼休憩でやってきた。そして頼んだ料理を待っていた時、俺の左ポケット内部が振動する。

 誰だろ? それを取り出して確認すると——


レッピー>北条倫『眠い』12:42


 は?

 取り出したスマホの画面を確認すると、やってきてたのはこの一言のメッセージ。

 いや、何だよこれと思っていると——


レッピー>北条倫『既読はえーなー。現代人め』12:42


 と、まさかそんな連投がって感じのメッセージがやってくる。

 こいつ、Talkメッセージアプリ上でも変わんねーな。

 そんなことを思いつつ——


北条倫>レッピー『今昼休みなだけだからな?12:43

北条倫>レッピー『人をずっとスマホ見てる奴みたいに言うなっ』12:43


 俺はこれ以上好き勝手言わせないために早速返事を送ってやった。

 そんなやりとりに——


「当ててやろう。そのメッセージ、だい以外の女だろ?」

「え!?」


 正面に座る男前が、謎のドヤ顔と共にまさかなことを言ってきて、俺はシンプルに驚いた。

 そのドヤ顔は割とかなり腹立たしい雰囲気を醸し出していたが、でも対面に座ってんだから俺のスマホに映るメッセージが見えるはずがない。なのになぜ分かる? そんな疑問を俺が目で訴えると——


「驚いたか? 顔だよ顔。倫はだいに返信する時、そんなダルそうな顔はしない。でもダルそうだけど、どこかちょっと楽しそうな感じになるとしたら、それは相手が女だから。男の本能だよな。あ、大丈夫大丈夫。だいには言わねーから。で、どうよ?」


 大和はその表情を無駄に片目だけを開いたなんちゃってウインク付きのドヤ顔に変化させてくれ、まさかさっき以上に鬱陶しい表情があったとはと俺を驚かせつつ、俺の声無き質問に答えてくれた……のだが——


「すげぇ」

「だろ?」

「キモい」

「えぇっ!?」


 ドヤり、ドヤらー、ドヤりすと。

 俺の「すげぇ」の直後はまさに究極のドヤりレベルの表情をした大和が、その後の俺の言葉でしょんぼりすとな様子へ急転直下。

 でも……これはキモい。キモすぎる。キモりすと。

 いや、たしかによく分かったなとは思ったけど、それ以上に大和が俺のことをそこまで見てることがキモかった。


「俺のこと見過ぎでキモい」

「いやいや、それくらい倫が分かりやすいんだって」


 そして俺がガチめにドン引きした目線を大和に送ると、分かりやすく大和が弁明する。

 でも俺としてはそんな表情に出してるつもりはないんだが……と、そんなことを思いながら、あ、と思い出し、しょげる大和を無視してさっきから継続して振動していたスマホに久々に目を落とすと——


レッピー>北条倫『いつヤる?』12:46

「は!?」


 我が目を疑うメッセージが目に入り、俺は思わず声を大にして驚いた。

 その声に店主のじいちゃんや周りのお客さんの視線が集まり、俺は顔を赤くしながらしゅんと背中を丸めたが……。

 え? レッピーの奴これマジ!? ヤるって、え、インターバル早くない!? そんなことあいつこんな簡単に言ってくんの!? どうなってんの!?


「おいどうした?」


 と、脳内でこそあど言葉を連発させて驚く俺に、大和が当然の如く聞いてきたけれど——


「え、いや、なんでもない……あ」

「ん?」


 ハッと俺は気がついた。

 そう、今見たのは、最後にやってきたメッセージ。

 でも、振動は割とずっと続いてた。

 それが何を示すのか?

 そう、つまり今のメッセージよりも、前のメッセージがあるわけだ。

 俺は慌てた己を恥じながら、人差し指を画面の上にスワイプさせてメッセージを見返すと——


レッピー>北条倫『変態のくせに』12:43

レッピー>北条倫『まぁ一番の変態はだいだけどな』12:44

レッピー>北条倫『つまり昨日一番清純だったのはアタシ。オーライ?』12:44

レッピー>北条倫『おいてめー無視すんな』12:45

レッピー>北条倫『まぁいいや。本題だけど』12:45

レッピー>北条倫『そろそろガチ練習やらなきゃじゃん?』12:45

レッピー>北条倫『言い出しっぺだからそこら辺は声かけるけど』12:46

レッピー>北条倫『いつヤる?』12:46


 とまぁ、そういう流れのメッセージだったわけである!

 ……って割とこれもけっこう人に見られたらヤバめなメッセージなってるけど、とりあえずこれはそう。LAの話だったというわけです。

 最後の「や」がカタカナなのはおそらくレッピーのボケだろう。

 いやぁ、焦って損したね!


北条倫>レッピー『変な聞き方すんな!&人を変態言うな!w』12:47

北条倫>レッピー『とりあえず今夜から毎日基本的に集まれたら集まろう』12:47

レッピー>北条倫『変態から毎晩集まろうって言われると集団Pのお誘いみたいだな』12:47

北条倫>レッピー『やめい!!!!!』12:47

レッピー>北条倫『まぁいいや。あいしーあいしー』12:48

レッピー>北条倫『それで声かけっわ』12:48

レッピー>北条倫『勝負下着持参ってのも言っとくな!』12:48

レッピー>北条倫『じゃ、またお前がだいに会わない日あったら飯いこーぜ』12:48

レッピー>北条倫『アタシ的には月曜がいいから、8日行けたらで』12:49

レッピー>北条倫『Hasta la vista, baby♡』12:49

北条倫>レッピー『連投が過ぎる!!』12:50


 そして俺がツッコミと返事を送ったら来るわ来るわの怒涛のメッセージラッシュがやってきて、その連続振動に俺は完全に呆気に取られた。

 もちろん俺も途中途中で返信しようと思ったけど、レッピーからのメッセージが多過ぎて、それを都度直していたらこれである。

 そしてひと段落したところで俺もようやくって感じにまとめての返事をしたわけだが、なんという自由人か。もうレッピーからの既読が付かないってわけですよ。

 何あいつ。旋風つむじかぜか何かなの?

 でも、え、これLAの約束とプラスで、来週の予定聞かれてるわけだよな。

 来週の月曜は……おそらくきっと空いてるけど。

 ……でもなぁ。行くべきか行かないべきか、それが問題だ。

 え? 何を迷うのかって? そりゃもちろん、なし崩し的な夜のアレな展開だけど……実際流石に一昨日昨日の二の舞にはならないとは思うんだよね。レッピーなら。

 いや、もちろんなんだかんだあの回数やっちまったって辺りに、俺だけじゃなくレッピーも相性の良さを感じ取ってはいるかもだが、それでもレッピーとはセのつくフレンドではないんだから、ただ飯を食うだけって時もあるはずなのだ。

 むしろ……怖いのはだいに言ったら、って二の舞パターン。正直こっちのがあり得そう。でも言わなきゃ言わないでそれは約束を違えること隠し事になるから、結局それは出来ないわけで。

 ……いや、もういっそだいからの提案を伝えて、レッピーからそれならいいやを引き出すか? 

 ……いやいやいや。それでレッピーが了承したらどうすんだ?

 そうなったらまたあの3……アゲインだぞ? 俺死ぬぞ?

 ……ううむ。この提案は困ったぞ。


 と、俺が誰かさんそっちのけに悩んでいると——


「はいよ、肉そばと天そばお待ち」


 歯切れのいい声と共にいつの間にやら目の前にいい香りを放つ器がやってきて、俺の思考は中座した。

 それと同時に——


「モテる男は大変そうだねぇ」


 自分の方に引き寄せた天そばの上でパキッと割り箸を割りながら、大和が何故か同情するような表情を向けてくる。


「いや、そういう話じゃねぇよ」

「ほんとかー?」


 そんな大和に俺はちょっとムッとしながら否定を返すと、今度は逆に大和がからかうような楽しそうな顔を見せてきた。

 ……何なんだこいつ。俺のどこから色々察してるんだ?

 モテる、と認めるわけではないのだが、実際半分は男女関係って話なわけだから、大和の読みもハズレってわけでもないわけだ。

 ……ならいっそ全部話すか?

 大和なら話を聞いてはくれるだろう。

 いや、でも……もしここで相談するとなると……当然だいの話にも踏み込まざるを得なくなる。

 それは果たして大丈夫なのか?

 ……いやいやいやいや、冷静になれよ俺。

 大丈夫なわけないだろう。

 俺も理解出来てない感覚を大和に伝えられるはずがないし、それにだいですら言ってたじゃないか。俺とレッピーの件は一般論なら浮気だって。

 そりゃそうだよ。あれは完全に黒の犯行なのだよ。

 そんな話を出来るだろうか? いや出来まい。出来るわけがない。

 そういうことだ。


「とりあえず大丈夫だから。ほら、蕎麦伸びんぞ? 食おうぜ」


 ということで俺はパッと大和から目を逸らし、頼んだ蕎麦に目をやりながら、この場を適当に切り抜けようと思ったら——


 ヴヴッ

「ん?」


 あれ、レッピー戻ってきたのか?

 

 伝わった振動音にそう思い、俺はまた机の上に置いたスマホに目を落とすと——


武田亜衣菜>北条倫『りんりーん』12:53


 ぽく

  ぽく

   ぽく

    ちーん

     

      はぁ……。


 午後0時54分。

 1分眺めても待っても、再びスマホは震えない。

 つまりやってきたのはこれだけだ。

 その通知の画面に、俺は一人ため息をつく。

 一人が去ったらもう一人。


北条倫>武田亜衣菜『何?』12:55


 今度は何だと、俺は諦めて返事を打つのだった。

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